第4話 狂歌の計画

「それがユー達の挨拶か?」

「は?」


 あばにらの挑発にニット帽の男が少しキレた様子で舌打ちをしながら鎖で繋がれたクナイを手に引き寄せる。赤井芽乃あかい めのが片耳に付けた小型通信機に指を当て、柊狛ひいらぎ こまへと冷静に声を発する。


「柊さん、彼らは?」

『奴らは恐らく鳳会社の派遣団の内の一つだと思う。 気を付けてね二人共、ボクはあばにらっちと芽乃っち達の応援しかできないから』

「うん、ありがとう」


 赤井は元気良く答え、隣であばにらは微笑みながらパーカーのフードを深く被り、その心配を嬉しそうに受け入れる。


「……それじゃあ始めよっか、芽乃さん」


 赤井はその言葉と共に背負っていた黒いダブルガンケースを開け、中からスナイパーライフルの部品を宙に投げると空中で瞬時に組み合わせてライフルを完成させる。


 その時、再びニット帽の男がクナイを投げて来る。赤井はライフルを盾にして攻撃を防ぎ、狭い車両内でスコープも覗かずにノンスコープで敵に標準を合わせ、トリガーを引いた。


 銃が花火のような音を立てて弾丸は放たれたが敵の二人は驚くべき速度でそれを軽々と避けた。


その距離避けるの!?


 赤井は焦りながらもボルトハンドルを引いてリロードしようとしたがすぐに次の危機が迫った。義肢がチェンソーで出来た男が目をギラつかせ、回転する刃を赤井の首へ向けて横に振り下ろしてきた。


 その刃が迫る瞬間、赤井は避けるために動こうとしたが僅かな時間差で行動が遅れてしまった。


 その瞬間、あばにらは瞬時につり革が付けられた鉄棒に掴まり、両足を使ってチェンソー男の首を強く絞めつけた。そして、男の首が折れる音が響くと次第にチェンソー男は動かなくなった。しかし、あばにらの安堵も束の間だった。


 チェンソー男の目が再び彼を捉え、両足を掴まれると一気に投げ飛ばされ、あばにらは壁に激しく衝突した。その衝撃で壁に大きなひびが入るほどの強烈な衝撃だった。


「がッ……!」

「あばにらさん!!」


 赤井は必死にあばにらの無事を確認しようとするがチェンソー男の後ろからニット帽の男が再び現れ、鎖付きクナイを投げてくる。


 赤井はすばやく身を翻してクナイを躱し、続けざまにチェンソー男の刃も避ける。しかし、クナイは列車内の握り棒に当たって跳ね返り、赤井の利き手に深々と突き刺さった。


「うぐっ……!」


 赤井は苦痛に歯を食いしばりながらも冷静に状況を見極めようとする。だが、チェンソー男は高笑いをしながら再びチェンソーを振り下ろしてくる。


「これで終わりだァ!!」


 赤井は咄嗟にもう片方の手で地面に触れ、体勢を低くしながら瞬時に横へ飛び避ける。しかし、ニット帽の男がクナイに繋がれた鎖を引っ張り、赤井の動きを制止させる。


「くっ……!」


 足掻けば足掻く程、クナイが赤井の肉を抉って骨にミシミシと嫌な音を立てて圧力をかけていく。赤井は息を乱し、苦しげな表情で戦況を打開する策を模索する。


(何か……何か方法を考えないとッ……!! あばにらさんが……!)


 頭の中が真っ暗で思考がうまく回らない。親指を噛みながら必死に考える赤井。しかし浮かんだ唯一の方法は、自分があの二人と一緒に列車の外に飛び出すことだった。


 そうすれば、あばにらだけは生き残ると考えた赤井は力を振り絞って利き手に刺さったクナイを無理矢理引き抜いた。


「なんて無茶しやがるあの女ッ!!」

「どの道今なら殺せるでしょ」


 チェンソー男が引き気味に言う中、ニット帽の男が面倒くさそうに呟いて二人は同時に武器を構える。しかし、赤井は持っていたスナイパーライフルを投げ捨て、二人に向かって突進した。だが、赤井の力だけでは二人を車両の外に押し出すことはできず、壁に追いやるのが精一杯だった。


「何をする女!?」

「血迷ったな……」


 ニット帽の男が冷徹な笑みを浮かべながら赤井の背中にクナイを突き刺そうとしたその瞬間――。


ゴォッ!!

「「!!?」」


 重い音と共に列車の壁が破壊され、チェンソー男とニット帽の男が外へと弾き出されたのだ。赤井は破壊された車両から落ちそうになったが誰かに後ろから服を掴まれ、ギリギリのところで引き戻された。


 その勢いで尻もちをついた赤井は痛みを感じながらも、目の前に差し出された手を見上げた。顔に少々傷があるあばにらが優しく手を差し伸べてくれていたのだ。


「あばにらさん、無事でよかった……」

「それはこっちの台詞だよ芽乃さん」


 赤井は安堵の表情を浮かべ、あばにらの手を握りしめた。起き上がったと同時に狛の無線が入った。


『良かった二人共、無事だね』

「うん、これもあばにらさんのお陰だよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 薄暗い地下駐車場の出口へ向かう狂歌きょうか。しかし、静寂を破るように後方からバイクのエンジン音が響き渡る。振り返ると赤と黒の配色が施されたスーパースポーツバイクが猛スピードで近づいてくる。


 そのライダーが片手に持った拳銃を狂歌に向け、引き金を引いた。


 バンッ!と銃声が駐車場内に反響し、弾丸は狂歌の頭を狙って真っ直ぐ飛んでいく。しかし、狂歌はポケットから髪留めを瞬時に取り出し、その髪留めで弾丸を勢いよく弾き返した。跳ね返った弾丸は近くに停めてあった車のフロントガラスに当たり、ガラスは粉々に砕け散った。髪留めもその衝撃で使い物にならなくなり、狂歌は無造作にそれを投げ捨てる。


 バイクのライダーはその場にバイクを停め、ヘルメットを外す。現れたのは華奢な体つきにネイビー色のスクールセーターと市松模様のスカートを身に纏った女性。狂歌はその姿を見て驚愕する。


 ポニーテールの黒髪が揺れ、その顔が露わになる――彼女は野々宮可憐ののみや かれんだった。


 狂歌の脳裏には、カクヨムのグループで何度も顔を合わせていた彼女の姿が蘇る。なぜ彼女がここに現れたのか。驚きで立ち止まる中、野々宮は静かに真剣な顔で狂歌に視線を向けていた。


 野々宮は狂歌に真剣な眼差しを向けたまま、冷静な口調で問いかけた。


「どうして貴方達がと手を組んでいるんです? 狂歌さん」


 その言葉には一切の感情が見えず、彼女の表情から放たれる圧力に狂歌は思わず冷汗をかいた。彼女の目には揺るぎない決意が宿っている。


 狂歌は苦笑いを浮かべながらヘラヘラとした態度で応じた。


「まさか君に気付かれてしまうなんてね、僕も驚きだよ」


 彼の細めていた瞳が徐々に開き、その内に潜む冷徹な輝きを見せる。


参ったな、彼女はカクヨム界だけじゃなくて世界中で有名な暗殺者。 【紫電組しでんぐみ】の女幹部でもある人にここまで追い詰められるとはね……


 狂歌の心の中で焦りが募る。しかし、外見は冷静を装い続けて彼の視線が徐々に冷たく変わっていく。


「貴方、言ってましたよね。 カクヨム界のみんなは僕の大切な家族だって」


 野々宮の問いかけに狂歌は軽く耳を触りながら真剣な眼差しを彼女に向けた。


「言ってたね、そんなこと」


 彼の声にはどこか虚無感が漂い、二人の間に張り詰めた緊張が走る。野々宮の目からは未だ揺るがない覚悟が感じられる中、狂歌は内心の葛藤を隠しながらもその場をどう切り抜けるべきか考えていた。


「貴方は一体何を考えてるの?」


 野々宮の問いに狂歌は淡々とした口調で答えた。


「僕の役目は――」


 その言葉が彼女の耳に届いた瞬間、野々宮の表情が固まった。彼の発言は衝撃的で予想もしないものであった。


「死ぬよ……例え貴方がどんなに強くても……」


 狂歌の言葉に込められた覚悟は明白だった。だが、彼は続ける。


「それでもやらないといつまでも世界は歪んだままなんだ。 大切な物は全部守る、それが僕の我儘だから」


 決意を聞いた野々宮は拳銃を足のレッグホルスターにしまい、バイクの座席部分を開いてグラップルガンと特殊な刀を取り出した。彼女はグラップルガンをベルトに引っ掛けて鞘のない刀のスイッチを押すと、刃に電撃が走り始めた。


「貴方が自分を犠牲にして行くなら、野々宮さんは全力で止めるだけだから」


 彼女の言葉に狂歌は冷たく笑いながら応じる。


「出来んの? 君如きに」


 そして、二人の間に静寂が流れる。次の瞬間、ガキンッッ!!という金属が激しくぶつかり合う音が響き渡った。


 狂歌のブラックサバイバルナイフと野々宮の電撃を帯びた刃が激しくぶつかり合い、火花が薄暗い地下駐車場を照らしたのだった。



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