Column8 「苦渋」と「苦汁」の違い

 今回は、「苦渋」と「苦汁」の使い分けについて取り上げようと思います。


     ☆


 日本語には、「くじゅう」という読みをする熟語が二つあります。「苦渋」と「苦汁」です。これらは、下記のように使われることが多いように思います。


①くじゅうをめる。

②くじゅうを味わう。

(※使い分けの話をするため、あえてひらがなで表記しております)


 二つの例文をよく見てみると、どちらも「味」に関わる言葉です。

 そのため、両方の例文に「苦渋」と「苦汁」を使っても問題なさそうですが、実際には①では「苦汁」を、②には「苦渋」を使います。


①苦汁をめる。

②苦渋を味わう。


 漢字を当てはめるとこんな感じです。

 ①に「苦汁」が使われることも、②に「苦渋」が使われることも、元々決められていることですから、疑問に思うことは何一つないと思います。


 ですが、今回はあえて考えてみましょう。


 何故、「苦渋」と「苦汁」は、「なめる」と「味わう」と使い方が決まっているのか、そして「苦渋をなめる」「苦汁を味わう」ではダメなのか、ということを――。


 まず、それぞれを辞書で調べてみます。今回引いたのは『新明解国語辞典 第八版』です。


**********

【苦汁】『新明解国語辞典 第八版』

 にがい汁。


【苦渋】『新明解国語辞典 第八版』

 にがくてしぶいこと。

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「苦汁」のほうは、「にがい汁」とありますね。

 一方で、「苦渋」は「にがくてしぶいこと」とあります。


 この二つの違いは、「にがい汁」という「汁の味」を示すか、「にがくてしぶい」という味そのもののことを示すかといえそうです。


 よって「苦汁」であれば、「にがい汁」であるので、「苦汁をなめる」と書くことができます。

 当たり前と言えば当たり前ですね。

 しかし、あまりに当たり前のことすぎてよく分からないという方のために、さらにかみ砕いて考えてみようと思います。


「苦汁をなめる」というのは、行動を示しています。

 皆さん、嫌かもしれませんが目の前に、コップに入った苦い汁があると想像してみてください。色もあんまりきれいじゃないかもしれません。黒に近い緑色。薬草が入っているのかもしれませんね。それを口に近づけてみましょう。もしかすると、苦いにおいもしてくるかもしれませんね。でもここでは味を確かめてみなければなりませんので、ちょっと舌を出してなめてみてください。……なめましたか? 苦くて渋い味がしましたか?

 ……と、こうやって考えてみると分かるように、「苦汁をなめる」というのは「汁をなめる」という行動なのです。


 ですから、「苦汁をなめる」は「にがい汁を飲んだとき」のような経験を表すときに使えるのです。「高校野球の地区予選の試合で負けて苦汁をなめた」というと、試合で負けたという辛い経験を示すことができます。


 一方の「苦渋」は、「にがくてしぶい」という味そのもののことです。味これを「苦渋を味わう」とすると、心情を示すものに変化します。味覚のことなのに、感情を表すものになるなんて面白いですよね。

 ですから「苦渋は味わう」というのです。心に浮かび上がったその感情が苦くて渋いため、それを味わうということなのですね。


「苦渋」はほかにも、「苦渋の選択」とか「苦渋の決断をする」などとも使います。

 何か決めなければいけないときに、思い悩む。それが「苦くて渋い味のようである」(もしくは「苦くて渋い味を味わったときの感情のようである」とも捉えられるかもしれません)ため、「苦渋」というんですね。


 以上、「苦汁」と「苦渋」のお話でしたがいかがだったでしょうか。

「苦汁」と「苦渋」をどちらを使えばいいか悩むとき、「苦渋の選択」にならないようこの内容が参考になれば幸いです。

 

 

<掲載元>

◇『NIHONGO ‐Ⅱ‐』2022年10月 Column6

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