明星の放浪

@aomiya_mizuki

1.放課

いつもなら靡くはずのスカートが今日は夕凪のせいか地面にブリーツが垂れていた。

黄昏れた蒼波はいつものようで鼻につんざめく潮の香りは放課後の坂道を連想させる。放課後というと、私は地元にある公立の高校に在籍している。よほどの成績を取らない限りでは、地元の皆んなはこの高校に修まるのだ。地元といってもこの街は太平洋に面した古臭い田舎にあるため、生徒はさほどいるわけでもなく見知った顔ばかりで学年が構成されている。今歩いているその坂道も既視感のある顔がいくつもあるのだが、肝心なところ私には友達がいない。いないと言えば嘘になるのだが親友と呼べる仲の友達がおらずまるで、はくちょう座のデネブのように独りしきりに輝くのみで感情は曇夜のみのような静けさのような寂しさが圧巻する。そんな静寂とは打って変わって辺りは騒がしい。ただ、騒がしいだけならまだいいのだが、聞きたくもない人の話が勝手に耳に入ってくるのだ。私はそれがとても嫌で、特に下世話な内容が大体を占めるので余計に嫌気がさした。無論、今もそんな雑音でしかない話が周辺にわらわらと繰り広がっていた。周りは今日の七夕の話で持ち切りであった。この街は毎年、7月7日に「天の河祭り」が開催される。祭りは街の皆々が今宵のキャンパスに灯をともしたランタンを飛ばすのだ。1つのランタンを星にたとえ幾千、幾万の天体らがもう一つの天の川を創造するのである。毎年開催されるとともに目の前の明かりが街を照らす光景は言葉で表すことのできないものとなるのだ。今日の群衆はそんな祭りの話で持ち切りであった。「ああ、そうか今日は天の川の日なんだ。」小さい頃はよく、両親と2つ上の姉の4人で行った。ランタンを計4つ飛ばした。思えば、仲の良い家族であったと思う。今では、姉は大学で東京に上京し、父も母も姉と将来の私の学費を稼ぐために昼は仕事をしている。今年は独りで灯を灯すことになるのだろうか。周りは今一緒に登下校をともにしている友達らといくつもの星々を上げるのだろうか。そう思うとなんだかやるせなくなる。そんなにみじめになるなら祭りに行かなかったらいいと思うだろうが、ランタンを飛ばさないという選択肢は私にはなかった。私は1年に1回訪れるこの日が好きで、あの明滅とさせた金砂子の1つを創り上げられる非日常はこの一日しか訪れないのである。しかし、ランタンを飛ばすには会場で一斉に挙げなければならない。桜の並木のある川沿いから飛ばすので学校の同級生等に合わなくてはいけないという気後れする具合である。人とは違うところで星を上げたい。そう思いながら歩いているうちに名案が浮かんだ。そうだ、この街には先程の川から約1キロ離れた先に小高い山がある。そこは立入禁止になっている山で、あそこなら独りでランタンを打ち上げることができるはずだ。そうなるとサッカーボールほどの大きさの明かりを持ち歩かねばならないが、適当に解体して、鞄に詰めて山頂にでもまた組み立てられたらよい。我ながら妙案だと思った。いささか心残りなのが山頂がどういった風貌なのかである。まだ立ち入ったことがないため、山中やその頂きがどういったものなのかが不明であった。が、なにかに駆り立てられたような気がして、造作のないようなことに思えた。若気の至りなのかもしれない。ただ、おおよその好奇心とすこしばかりの勇気とその孤独感が私の胸の内を染めたといって相違なく、動機としては十分であった。そうと決まれば早く家に帰らねばならないと、夕凪は涼風に、特にゆるい追い風に変わり、ブリーツもかすかに前にふわりと浮かんだ。それと同時に周りの木々と周囲の声が共鳴したように揺れたような気がした。今日、目の前に聳えるあの山に登らないといけないという使命感が私を支配したといっても過言でない。



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