魔王に転生したけど、初日から勇者が来た件

ヤム

第1話 魔王に転生したら、初日から勇者がきた

「う、うぅ……」


意識がぼんやりと戻ってきた。

ついさっきまで街中を歩いていたはずなのに、なぜか今、冷たい石の感触を感じる。

ゆっくりと目を開けると、そこには豪華なシャンデリアがきらめき、壮麗な大広間が広がっていた。


「……なんだここ?」


俺は頭をかきながら、混乱したまま周囲を見回してみた。

すると、目の前にひざまずく一群の異形の者たちが、自分に向かって敬礼している。


「魔王様!ついに目覚められましたか!」


一番前にいた、筋骨隆々の大男が、涙を浮かべながら叫んだ。


「……ま、魔王様?」


自分を指さし、さらにあたりを見回す。

どうやらこれは夢か、何かのドッキリなのだろうか。

いや、それにしても、あまりにもリアルすぎる。


「そうでございます。数百年の眠りから復活された、我らが偉大なる魔王アークノア様!」


俺の名前は荒久空だぞ?

どういうことだ?




どうやらこの世界では、俺は「アークノア」として復活した魔王らしい。

だが空には覚えがない。

先ほどまで普通の大学生だったはずなのに、どうしてこんなことになっているのか。


(……まさか、転生ってやつか?)


そんな考えが頭をよぎる。

最近よくネット小説などで見かける「異世界転生もの」の設定だ。

もしや自分も、事故に巻き込まれて異世界に転生してしまったのか?


「……えーと、俺が魔王アークノア?」


確認するように尋ねると、異形の者たちは一斉に頭を下げ、全員が一言ずつ「はい!」と答えた。


(やっぱり、俺が魔王で合ってるのか……)


内心どうしたものかと悩んでいると、ひときわ小柄な魔族の少年が、心配そうに尋ねてきた。


「ご気分が優れないのですか、アークノア様。復活直後は、どうしても気分が悪くなると聞きますし、どうぞ無理はなさらないでください」


「……いや、問題ない。それよりも、魔王になったからには色々と……その、指示を出したいところだな」


少し大げさに振る舞いながら言うと、周りの魔族たちは感嘆の声をあげた。

どうやら、彼らは自分を「偉大な存在」として見ているらしい。


(よし、こうなったら魔王ライフを満喫してやるか)


そう決意を固めた空だったが、そんな心の準備が整う間もなく、突然大広間の扉がバンと開かれ、青ざめた魔族の一人が駆け込んできた。


「た、たいへんです!勇者がこちらに向かっています!」


「……は?」


あまりに急な展開に、空は目をぱちくりとさせた。

勇者という言葉に驚きはしたが、正直まだ実感が湧いていない。

しかし、魔族たちは口々に不安の声を漏らし始めた。


「勇者、ですか?」


「そうです!魔王様が復活されたという情報が広まり、勇者が討伐に来ることになったようで……!」


(復活したその日に勇者が来るって、そんなにスピーディに討伐されるもんなのか?)


「い、いいだろう。では迎え撃つか」


虚勢を張り、威厳を保ちながら言ったものの、内心は不安でいっぱいだ。

だが、ここでビビるわけにはいかない。


魔王としての初仕事なのだ。


「アークノア様、どうかご無事で……!」


「大丈夫、俺が魔王アークノアだからな!」


周囲にそう宣言し、城の前で勇者を待つことにした。

だが、その姿を見た魔族たちは「やはりアークノア様は偉大なお方だ」と感激している。


(……おいおい、こうなったらやるしかねぇか)


しばらくすると、遠くから一人の青年が歩いてくるのが見えた。

軽装だが強固にみえる鎧を身にまとい、剣を携えたその姿は、まさに「勇者」といった雰囲気だ。


そんな青年が目の前に来ると、軽く頭を下げた。


「お初にお目にかかります。勇者のカイと申します」


「……あ、ああ、俺は魔王アークノアだ」


二人は少しの間、無言で向き合う。

空は内心でどう切り出すべきか悩んでいたが、相手のほうが先に口を開いた。


「……実は、討伐というより、挨拶に来ただけなんですよ」


「え?」


拍子抜けした答えに、空は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「というのも、私もいきなり『勇者として魔王を倒せ』と言われても困りましてね。

ですので、まずは魔王の方と話をしてみようかと」


なんとも腰の低い勇者である。

空は、なんだか拍子抜けしてしまい、思わず微笑んでしまった。


「そうか、なら俺たち、お互い初仕事ってわけだな」


「そういうことです。せっかくですから、話でもしましょう」


かくして、魔王アークノアと勇者カイは、城の前でゆったりとした時間を過ごすことになった。

勇者と魔王が、穏やかに語り合う姿は、普通であればありえない光景だ。


しばらくして、カイがぽつりと尋ねた。


「ところで、魔王様はなぜ魔王になられたのですか?」


「それはだな……うん、まあ、なんとなくだ」


「……なんとなくですか」


二人の会話を遠巻きに見守っていた魔族たちは、その奇妙な光景に目を丸くしていた。

そして、「魔王様が勇者を味方にしたぞ!」と、誤解をしたまま歓声を上げ始める。


「やはりアークノア様は偉大なお方だ!なんと、勇者さえも従わせてしまった!」


城の中は、歓喜に包まれていたが、当の空は頭を抱えていた。


(……いやいや、どうしてこうなる?)


困惑していても仕方がないので、とりあえず、勇者カイに向き直ると、彼は予想外の行動をとった。


「これからもよろしくお願いします、魔王様」


カイは手を差し出してきたのだ。


(俺は魔王だぞ?そんなに仲良くしちゃダメだと思うけど……)


かといって、ここで敵対しても良いことはない気がする。


「……じゃあ、これからもよろしくな?」


魔王と勇者が握手を交わすという、ありえない光景がそこにあった。そして、その瞬間にまた別の冒険が始まる予感がしてならないアークノアであった。

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