道民少年、大阪へ行く・春の巻

ミコト楚良

1  進学

 この春、ぼくは現役で内地の大学に進学する。

「あっちは、4月に桜が咲くのだよね」

 浪人する友人が餞別せんべつに、手のひらに乗るほどの木彫りの熊をくれた。うつぶせに寝そべっている浅い色の木の熊だ。

「このクマを大阪に連れてってくれ。君がクマったときに助けてくれる」

 君の、その顔に似合わない駄洒落癖には中高6年間、困らされたね。


 だけど、ぼくは、来年、東京の大学に再チャレンジすると笑った君が、うらやましい気持ちだった。

 もちろん、大阪の大学も入りたかった大学なんだよ。

 だけど、君と同じ大学に通いたかった。

 道内の桜は本州より、ずっと遅れて咲く。


 大阪に引っ越すと決まってからは、忙しかった。

 どこに住むかも、気持ちが追いついていないのに決断を迫られる感じで、さいわい、大学寮にすべり込めた。けっこう年代物の建物だが、なにしろ、ひと月の寮費が、めちゃ安い。それでいて、食事付き、大学まで徒歩5分。個室に風呂はなく大風呂だが、中高と男子寮に入っていた、ぼくには耐性がある。


「55号室。縁起がよいんでない」

 あてがわれた寮の部屋番号に、母は笑った。

「昔、コント55号という、お笑いコンビがいたんだよ」

 父は、その場にまったく必要ないことを、ふと思い出す人である。


 入学式を見届けて北海道に帰って行く両親を見送ると、ぼくは少し感傷的になった。

 だけど、それに浸っている暇はない。怒涛どとうのように、新しい生活は押し寄せてくる。

 まず、55号室に戻ると、となりの部屋の56号室から男子が出てきた。実は今日、何度か寮内ですれちがっていた。

「どうもどうもどうも」

 顔の面積のわりに眼鏡が小さい男子は、「どうも」を3回も言った。

「新入生ですよね。ぼくもです。石川大地いしかわだいちっ、いいます。石川だけど、茨城いばらき出身」

 ドヤ顔だった。


「よろしくお願いします。山口圭やまぐちけいです。だけど、北海道ほっかいどー出身」

 ぼくも今まで、こすりまくって来た自己紹介を返した。


 なんか、友だちになれそうかい。

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