第27話 迷宮視察④


「ってことで、あんたも手を貸しなよ。生きたいなら」

「……わたくしが言うのもなんですが、本気ですか?」


 背後にいる――わたしと同じ呪われし血が流れる少女、マナは目を見開く。


 確かに彼女の行いは、許されるものではない。

 けれどわたしは、マナを死なせない。

 セインに、殺させない。


「わたしを、殺したいんでしょ?」

「はい?」


 問い質す彼女に、相応の答えを与えてやる。


「こんなところで終わっていいの?」

「……ふふっ。なるほど! そうきましたか! やはり、お姉様を選んでよかった!」


 良くなんてない。

 彼女には、きっちりと罰を受けてもらう。

 だがこれでも、こいつはわたしと同じ血が流れている。


 大枠で見れば、身内が引き起こした問題だ。

 責任の一端は……全く持ってないが。

 殺して終わりってのはバツが悪い。


「……話は終わったかな」


 対して、セインは冷たく言い放ち立ち上がる。


「「…………!!!」」


 その圧倒的な存在感が、肌をピリリと刺す。


 セインの、拘束が解ける。

 最強の『勇者』が、動き出す――


 血晶アスタリズム――


「え……?」


 パリン。

 赤い塊が、砕ける。


「これで力は使えないみたいだね? 生身なんだ、あまり君に無理をさせたくない」


 …………え。あ、そうか。


 自身の過失に気付いたのは、その瞬間。


 わかっていたつもりだったが、速すぎる。

 映像で観たのと、実際に経験するのではやはり断然違う。


 ただ、もうそんなもんで諦めるわたしじゃないんだよ。


 セインがマナに詰めるのを見越して、わたしはその間に入る。

 セインは咄嗟に、既のところだった矛を収める。


「それは卑怯じゃないかなっ!」

「いいの! どんな手段を使っても、あんたを止める!」


 背後にいるマナに、釘を差しておく。


「わたしから離れないでよ?」

「はいっ! もちろんですお姉様!」


 あざとく両手でハートを作る相手に、わたしは心の底から思う。

 いっぺん死んだほうがいいんじゃないか……。


 まあ、どんなやつだとしても。

 簡単に殺させたりしない

 特に、セインには。


 そう思っていた矢先、光が舞う。

 マナを背後に、至近距離を維持し続ける。

 これだけを今は、意識して――


「失礼するよ」


 ガッと、わたしの手首を掴まれる。

 そしてそのまま、反対方向へと引きずり込む。


「「あ」」

 

 マナとの連結が、途切れる。 

 そして瞬時に、セインは逆方向へと

 こんなっ!!

 こんなので、終わりなの?

 終わらせない。


 本能が瞬時に、最適解をはじき出した。

 血晶――<猛化ゾーン>。

 今回は、正しい名で呼んでやる。

 わたしの力を恥じないと、全力で使うと決めたから。


「終わりだ」


 丁寧な所作で、剣を振り上げる。

 礼式を重んじて、明確に対処しようとするそれは、あんたの欠点だ。


 こちらはその空隙に、雑然な選択を突き通す。


「おらっ!!」


 とはいうが、わたしの蹴撃をセインは軽々と避けてみせる。

 それでいい。

 ちゃんと避けてくれてありがとう。


 だってさ――

 

「え?」


 狙うのはセインではなく、一族の恥マナの方……!


「ええ!?」


 わたしを恨むなよ? 

 マナに向かって言い捨てる。


「せいぜい生きろよ……!」


 ドッ――


「ぐ……ああ……ッ!!」


 衝撃が、マナを大広間へと誘い出す。


命綱オーバーロア……ッ!!」


 彼女は壁に当たる寸前で、その威力を分散させるべく咄嗟に黒い糸を張り巡らせる。

 ぜえぜえと息を荒げながら、彼女は言う。


「人使いが……荒いです……ねえ。お姉様……ったら」


 そして、余った拳の矛先を……セインに向ける。


 セインは一連の行動に戸惑い、ほんの少し反応が遅れる。

 ためらいは、あった。

 けれどここで一線を超えなければ、彼女には届かない……!

 

「……くっ! なんでだよ!!」


 セインはこちらを視認することなくわたしの拳を、剣の腹で受ける。

 ――が、威力を完全には受け流せず背後へ後退する。


 それでも、彼女が膝をつくことはなかった。


「『レイ』じゃないと仕方ないか」


 セインが用いているのは、あくまでただの模擬戦用の真剣。

 輝きを失った、幾度も使い捨てられた一振り。

 むしろまだ、その刃が折れていないのが異常だ。


 静寂の中、セインは静かにこぼす。


「悲しいな。君がわたしに拳を向けるなんて」

「そうだね。さっきまでは迷ってた。けどあんたなら、そうしなきゃ届かないってもうわかったから」


 セインは下を向きながら、淡々と述べる。


「でも無理だったよね。君の攻撃は、私には届かない。次は無い。君はもう、ただみてればいいよ」


 嘲笑を、わたしに浴びせる。

 わたしに嫌われるために、作り出したものだ。

 そんな取り繕った紛い物で、わたしを欺けると思うな。



「一つだけでいい。条件を呑んでくれないかな」

「聞く理由がないけど」

「いや、聞いてもらう。わたしとあんたは同盟を結んでいるんだから」

「…………」


 そう、わたしたちはある同盟を結んだ。

「打倒――セイン・ヴィグリッド同盟」――それをここで持ち出す。


「あんたにわたしが、一撃でも決めたらここは諦めて」

「で……その判断は誰が下すの?」

「それは任せるよ」

「どういうこと?」


 セインは初めて、わたしの方へ向き直る。


「任せるって、そんなの私が圧倒的に優位な立場だけど」


 ガッツリ食らってても、本人が否といえばいいだけ。

 わたしが彼女を、どうしようもなく信頼しているからの条件だ。


「あんたの判断で、決めてほしい」

「…………わかった。もうそれでいいよ」

 

 呆れるように、相槌を打つセイン。

 しかしこれで、勝利条件は二つ。

 一つはマナが地上に逃げ出すこと。

 または、わたしがセインに一発お見舞いする。

 その際、判定は相手に任せる。


 もちろん、これはセインが正念場で嘘を吐けないという性根が前提の条件。


 現実的なのは、マナを地上へと送り出すこと。

 セインにただ一発お見舞いするなど、できる景色ビジョンが浮かばない。

 ただあの一撃が相当にこたえたのか、彼女は立ち上がれないでいた。

 もう、大物ぶっといてあれかよ。

 仕方ないな。


「あははっ」

「……何を、笑っているのかな」

「いや、べつに?」


 自分でもおかしいとは思うよ。

 それでもわたしが望むのは、ハードモードの方。

 セインに一撃、ぶちかますことなのだから。


 彼女は深く深く、ゆっくりと呼吸を整えてわたしへと向き直る。


「"最強の『勇者』"なんて肩書だ。私は、完璧になるために育てられてきた」


 挑戦者であるわたしに対して、審判を下す。


「いくよ」


 目視で確認は難しい。

 まずは覚命オーバーロアで、移動の範囲を制限する。


 これで、ルートを作った。

 攻めてくる地点なら、あらかじめわかる。

 わたしはただ、そこに見えた獲物を、獣人を屠った紅き凶撃をお見舞いするだけ。


 準備は万端、で――


「あ……れ……?」


 瞬間、視界がぐらついて。

 ――ドッ、と胸ぐらを掴まれて、勢いのまま地面に固定された。


「ごめんね」


 何が、足りなかった?

 油断も隙も、全く無かった。

 他の血晶を使わないのは、同時に使うと効力が下がるし時の間の戦闘では使わないのが打倒だと考えたから。


 いや、全部無駄だ、無駄でしか無い。

 全てが、負けていくための工程でしかないのだから。


「じゃあ、私はいくよ」

「ま……て……」


 マナの方をみると、彼女はこの大広間の中心地点から動けないでいた。


「……お、お姉様……っ」


 本当に、終わりだった……。

 わたしにできることは、ただ祈るだけ。


 彼女に向けて、ただ小さく祈る。

 わたしの祈りが、セインの行動を止めることはない。


 ――けれどそれは、たった一人の少女には届いた。


 次の瞬間、迷宮全体に響き渡る衝撃が襲った。

 そして、天井が割れ吹き抜けとなる。


「だれ? おねえさんに、ひどいことする人……」


 顔を出したのは紅の髪を流した、竜人――リリー・ドラグーン。

 彼女は状況をひと目見て、縦に長い瞳孔を開く。

 そして、目一杯叫んだ。


「おねえさんを、いじめるなアアアア!!!」

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