第17話 メインクエスト


「ワレが提案したのだ。ジュリはまだ『獣王』としての器ではない。故にミラ・フィーベル。自身を負かしたキサマに付いて学べと」

「そういう、あれですか……」


 理屈は分かる。

 わたしにとっては、利がある話だ。

 けど問題は、わたしから彼女にしてあげられることがないこと。


「わたしがその、ジュリさんに何かしてあげられることはないですよ?」

「キサマは最強の『魔王』となるのだろう。仲間は必要ではないか?」

「そりゃあ、喉から手が出るほど欲しいですけど。ジュリさんを入れてもまだ二人。まだまだ先の見えない話ですし」


 ウイガルさんは、その巨体をかがめてわたしの目線に合わせる。

 剣呑な表情をしている、ように見える。


「最強の『勇者』――セイン・ヴィグリッドを倒す。そう宣言したのだろう?」

「なんでそれを」

「もう魔族の間では広がっている話だ。キサマを中心に、既に世界は動き出している」

「そんな大げさな……」

「舐めるなよ、ミラ・フィーベル」


 低い声で、わたしを威嚇するように告げられる。


「今のSランク、最高難易度の迷宮ダンジョンのほとんどがブラスと共に迷宮を支配していた連中だ。やつは普段こそふざけているが、仲間に対しは真剣に向き合っていた。故にこそ、仲間に恵まれた。仲間がやつを高め、やつが仲間を高めた。それが最強であった所以だ。そしてキサマは、それを超えるのだろう?」

「…………」

 

 わたしは即答できなかった。

 目指すべき現実を、はっきりと告げられただけで。


「答えられないか。ならなおさら、ジュリをキサマの元に加えろ」

「どういう……」

「仲間の存在がキサマを高める。『魔王』としての自覚を与えるのだ」


 そういう、ものなのだろうか。

 けれど、長年『獣王』として群を牽引してきた『魔王』が言うことだ。

 意味が分からなくても、わたしにとって意味を持つものなのだろう。


「『魔王』を目指すなら、道を造れ。確固とした過程を造り、結果を果たせ。ワレを倒したのだ。そのような態度、許さんぞ」

「は、はい……はいっ!!」

「うむ、それでいい」


 ウイガルさんの含蓄ある言葉は、胸の中で反芻される。

 そうだ。わたしは期待されていて。

 今はその期待が、心地いいと感じている。

 はっきりと、倒すべきライバルができたから。


「ジュリさん。わたしからもお願いします。いつか……じゃなく、必ず近い内にわたしは動くから。その時に、わたしを手伝って欲しい」

「ああ、こっちからも頼むぜ。……あと、ジュリでいい。アタシはテメエの部下なんだから」

「わかったよ、ジュリ。なら一つ、わたしからの命令。ジュリはわたしの仲間だから。部下にはならないで、対等にいこう」

「テメエはアタシなんかと、対等でいいのか?」

「対等がいいんだよ。同じ土俵で、わたしたちは競い合っていくんだから」


 肩を組んで、わたしたちは『勇者』に挑む。

 だがわたしたちは馴れ合う関係ではない。

 その過程で、高め合っていく関係だ。

 

「……そうか。それがテメエの、強さの源泉なのかもな」

「それはどうだろうね?」

「はっきりしねえやつだな。ならしかたねえ、アタシが支えてやるよ」

「うん、頼んだ」

「おう!!」


 ジュリが拳を突き出す。

 これが友好の証ってことか。

 わたしはその拳に、全力で正拳突きをかます。


 そして、その力の反作用がわたしに還元され――


「いったああああ!!!」


 わたしはその痛みで、地面に転げ回る。

 そんなわたしに手を差し伸べながら、呆れるようにジュリは呟いた。


「こんなんで大丈夫かよ……」


 ほんと、ふがいない『魔王』(予定)ですみません……。


 ◇


 夜が来た。

 わたしはドキドキしながらも、モニターの前に座る。


『聞こえる?』

「は、はい! 聞こえます!」

『そんなにかしこまらないでよ』

「そ、そうですよね。うん、そうだね」


 息を吸って吐く。息を吸って吐く。息を吸って吐く。

 ふう……落ち着いてきた。


「フランさんはこういうの慣れてるの?」

『私も初めてよ』

「そ、そっか。わたしも、初めてだから、なんだか嬉しいな」

『そ、そうなのね……』

「……」

『……』


 初めてかあ。

 昔のかわいらしかった妹とか、お父さんとかといっしょにカジュアルなゲームはやったりしたけど。

 友達とやるなんて、テンションがあがっちゃう。


「よし! じゃあ行こうか! どれいく?」

『レイドまで一時間くらいだし、それまでは素材集めとレベリングしましょ』

「どこが効率いいの? わたしいつも東部のサハラ平原でやってるけど」

『そこよりもっと効率いい場所あるわよ? かわりに敵が強いから、死んだらお互いに蘇生しあっていきましょ』


 フランさんは博識だった。

 勉学もトップクラスらしいし(セインより上とのこと)、『勇者』としての責務も果たしている。

 さらに趣味にも時間を割いてるとか、完璧人間じゃん。

 総合的にみたらセインよりすごいんじゃないの?


「あ、ごめん死んだ」

『ちょいまち。これだけ片付けるから』


 つ、つよいよお……。

 フランさんのおかげで、経験値がどんどん入ってくる。

 これキャリーされて――。

 いや、考えるのはやめよう。


「いいコンビだね、わたしたち!」

『…………そうね』


 絶対思ってない!! 

 まあ、楽しいからいいか。


 そんな感じで、雑談を交えながら協力プレイをしていく。

 

「――ってことがあってさあ。今日は大変だったよ」

『貴方、そんな重要なこと私に話していいの?』

「え、なんで?」

『一応私は貴方の敵よ? 迷宮を攻略する側の人間なのよ?』

「た、たしかに……!!」


 思わずコントローラーを手放す。

 そして攻撃を食らい、死亡。

 

『いったん街に戻りましょうか』

「はい……」


 フランさんは空気を読んでそう提案する。

 やさしい、すき……。


『で、実際迷宮攻略はどうするの?』

「できる気がしない……。それに、配信なんてこの前久々に観たけどパフォーマンスがメインになっててそんなの受けるのって思っちゃう」

『それは魔族がふがいない……ごめんなさい、私の悪い癖だわ』

「べつにいいよ。実際魔族側が劣勢になってるのは事実だし」

『そういうんじゃなくて……』


 フランさんは必死にフォローしてくれる。

 けど実際、S級の魔王の上位陣の大半はセインの手垢がついた――敗北した『魔王』だ。

 お父さんが開いた同窓会のとき、顔を合わせたことはある。

 癖はある魔族ばかりだったけど、わたしに優しく接してくれた。

 

 そして、最強の『勇者』には勝てないと――そういいながら談笑していた。


 わたしはそれを傍から見て、分かってしまったのだ。

 もうこの人たちは、諦めてしまったんだと。


「だから、魔族がふがいないっていうのは正しいよ」

『でも、そうだとしても。……貴方は、セイン様に勝ちたいんでしょ?』

「そうだね。勝ちたい。だけどその過程が描けてない。今日、ウイガルさんにそう言われたよ」

『そ、ちなみにセイン様が『勇者』となったとき。最初に挑んだSランクの迷宮、その相手は知ってる?』

「し、しらないけど……」

『その時の相手が――――『竜王』、ガリウス・ドラグーンよ』


 は?

 当時のセインの歳は十一?十二?

 どちらにせよ、最初の最高難易度の相手がトップに次ぐ玉座を守り続けた、ガリウスさん?

 わたしが一度完敗して、頭を下げてまで再戦してやっと勝利をもぎ取った相手。


 そんな……。

 いや、ガリウスさんも油断してたのかもしれない。

 もうリリーちゃんも生まれていた頃だ。

 少女相手に、本気を出せなかったのかもしれない。


 ……違う、そうじゃないでしょ。

 かもしれない、その可能性があったとしても、わたしは観なければいけない。

 確かめることができるのだから。


 ――ぱん。

 わたしは両頬を叩く。

 そんなことでビビってどうする。

 わたしはセインに、勝ってみせると、否定してみせると宣言した。

 その責任は、果たしてやらなきゃならない。


『ちょっ、すごい音したけど大丈夫!?』

「うん、燃料を入れ直しただけ」


 疑問符を浮かべながらも、フランさんは話を戻す。


『けどもし、仮にだけど……。セイン様に一矢報いることができたなら、貴方の名は必ず世界に轟くわ』

「わたしの……名が」

『そう。ミラ・フィーラ……じゃない。ミラ・フィーベルだっけ』

「ああ、うん。フィーラは偽名なんだ、ごめん」


 わたしはフィーベルの名を隠すため、フィーラという名を使っていた。

 使わされていたといったほうがいい。

 そうだな、偽名が通る時点であのクソ親父が学園に干渉してることは明白だったなと今になって思う。


『別にいいわ。で、貴方は――』

「それもなんだけど、あのさ」

『?』

「フランさん。貴方とかじゃなくて、名前で呼んでよ」

『は……い?』


 今度は、フランさんがコントローラーを手放したようだった。

 ゲーム内でのキャラクターが、スティックに合わせてぐるぐる回る。

 それはフランさんの心情を表しているようだった。


 でもこういうのはきっちりしとかないと、後々引きずる気がする。


『「貴方」じゃだめなの?』

「セインは様付けでも名前で呼んでるじゃん」

『それは、最初からそう呼んでたから……』

「ならわたしには、呼んでくれないの?」


 静寂が訪れる。

 レイドボスまで、あと五分と表示される。

 けれど今は、レイドボスより重要なことがある。


『そうよね。わ、わかったわ……』


 でも、と付け加える。


『貴方も、私のことを名前で呼んで』

「え? どういう、ことでしょうか」

『ありのままの名前で、呼んで?』


 消え去るような甘い声が、ヘッドホン越しに耳朶を打つ。

 どきりと、心臓が脈を打つ。


「は、はい……じゃ、じゃあお互いに。名前で、呼びましょうか……」

『うん。と、友達だものね?』


 自覚はないんだろうけど、その猫なで声はやめて欲しい。

 寿命が減るくらい、ドキドキしてしまう。


「ええと、フラ」

『――ミラ?』

「……っ!!!」


 や、やばい。

 その嬌声が、全身に響く。

 

 わたしは大ダメージを食らった。


「さすが、『勇者』だね」

『な、なにが!?』


 名前を呼ぶだけでノックダウンするとこだった。

 強敵だと、改めて認識する。


「次は、わたしのターンだよ」

『ターン制なのがよくわからないけど、頼むわね』


 息を吸って吐く。息を吸って吐く。息を――

 ってこれこの前もやった気がするな。

 

 覚悟を決めろ、ミラ・フィーベル!!


「……(フラン)?」

『聞こえない。もう一回』

 

 くそ雑魚ですみません。

 そうだよね。フランさん……フランは勇気を出してくれたんだ。

 わたしも、応えなければいけない。


「フラン?」

『……っ////』

「フラン……フラン!!」

『わ、わかったって!!』

「あ、ごめん」


 ……。

 お互いに、無言になる。

 恥ずかしいのは、わたしだけじゃないのかな。

 そうであって欲しい。


「あ」


 ――レイドボスが、まもなく出現します。


 そんな空気を読んだのか(読んでない)、ゲーム内で告知が流れる。


「や、やばい。移動間に合わないよ」

『これを使いましょ』

「え、それワープできるやつでしょ? 結構貴重なアイテムなのに、使っていいの?」

『せっかくの記念よ、使っちゃうわ』


 お言葉に甘える。

 フラン……やさしい、すき。


 そうして一日に一度のレイドボスを倒し、報酬を分け合った。

 いったん街に戻ったあと、わたしは告げる。

 決めたのだ、まだ曖昧でも、やってやると。


「フラン、決めたよ。わたしちゃんと、セインに向き合うって」

『いいの? そんなこと言っちゃって』


 少し挑発的に言うフランに、わたしは返す。


「仲間もどうにかする、どうにかなる! わたしは最強の『魔王』になるんだから、仲間も妥協しない」

『いいじゃない。なら私も、ミラの敵になるわよ?』

「いいよ、受けて立つから」


 決意は、固まった。


「じゃあ、続きやろっか。フランっていつまでいける?」

『特に縛りはないわ。勝負する?』

「いいね。なら続きやろっか。今日は寝かさないよ!」


 そうして、わたしたちは夜が明けるまで語り合ったのだ。


 ◇


「それは休日にやることじゃない?」

「ごもっともです……」


 セインの肩を借りてよぼよぼと歩く。


「というか、随分と仲良くなったみたいだね。ちょっと段階飛ばしすぎじゃない?」

「? 仲良くなってほしいって言ってたじゃん」

「そうだけど。いやそうだけど……!!」


 セインが何で息巻いてるのかわからないし、考えるのもしない。

 だって眠くて仕方ないから。

 思考にエネルギーを使う余裕なんて無い。


「「あ」」


 教室の扉をスライドすると、金色の少女と目が合う。

 ヘッドホン越しじゃない、本物の美少女だあ……

 そんな風に、ふわふわしながら思う。


「その、おはよ。あ、セイン様もおはようございます!」

「なんか私、おまけみたいな扱いされてない?」


 ? こいつ何言ってるんだ?


「うん、おはよ。フランは元気だねえ」

「まあ、一夜くらい寝なくても問題ないわ。貴方は……ミラは大丈夫?」

「ギリギリってとこ」

「え? え?」


 何か横でセインがうろたえている気がするが、勘違いだろう。


HRホームルームまで、ちょっと寝かせて……」

「う、うん。少しゆっくりとね?」

「ありがとね、セイン」


 机に突っ伏して、眠気に任せて目を閉じる。


 ――その時だった。


「そういうことだから、あーしと別れて!!」


 教室の外から、そんな声が漏れ響いたのだ。

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