第三話 渡辺風花はフラペチーノが飲みたい ⑩
「い、いや、待って渡辺さん。これはデートとかじゃないんだ。俺、小滝さんが園芸部の新入部員だなんて知らなくて……!」
「いいの。分かってる。ムーンバックスでの撮影講習は、大木くんが三年の先輩にしてもらった体験入部の時の、思い出の活動だもんね。だからきっと、仮入部したいって言ってきた泉美ちゃんに、同じことしてあげようとしたんだよね」
「何それ! センパイ、このこと風花ちゃんに話してたの⁉」
「渡辺さん、覚えててくれたんだ……」
泉美は焦燥で行人とエルフの渡辺の間で視線を往復させ、行人は安堵の溜め息を吐く。
「泉美ちゃん……泉美ちゃんが私のことを心配して、先走っちゃったのは、怒ったりしないよ。怒ったりしないけど、でも……でも……」
そのとき、絶対零度のエルフの渡辺の瞳が、こらえきれない感情に潤んだ。
「私だって……まだ、大木くんと、ぐすっ……ムンバ、行ったことないのに、泉美ちゃんだけ、大木くんと、写真のこと……ぐすっ」
少しずつ涙声になっていくエルフの渡辺の様子に、いよいよ周囲のざわめきが大きくなる。
「ちょっと、もしかしてあの男の浮気?」
「あのギャルが、あっちの地味な子から略奪したのかしら」
「うわあマジの修羅場かぁ」
そして今更になって行人は気づく。
行人の目にはエルフの渡辺も小滝泉美も方向性が違う圧倒的美少女にしか見えないが、自分以外の人間の目に映る渡辺風花は、泉美に比して明らかに地味で素朴な外見に見えていることに。
「せ、センパイっ!」
その時、泉美が心底焦った顔と声で叫んだ。
「えっ⁉」
「い、今すぐ風花ちゃんにブロッサムホワイトフラペチーノ買ってきて! お金は後で私が出すから! 早く! 駆け足! 早くっ‼」
「あ、ああ、分かった!」
その声に押されて行人は慌ててカウンターへと走り、それを見送った泉美は、心底申し訳なさそうな顔で風花に近づく。
「ごめん、ごめんって風花ちゃん。風花ちゃんに悲しい思いさせるつもりは全然なくて! た、ただ、たださ、分かるでしょ! どうしてもその、風花ちゃんに近づく男子がどんな人間なのか、確かめたいって思って、それで何も知らない風で、ね?」
「泉美ちゃんだけ……ズルい……大木くんと……ムンバデート……」
「ごめんってごめんって! だって風花ちゃんってばセンパイのこと全然話してくれないんだもん! 心配になるじゃん! 正直この前の昼休みも私の印象いまいちだったしさ! だからつい一人で色々確かめたくて……!」
「お、お待たせ! 空いてたからすぐ作ってもらえうわあっ⁉」
そこにブロッサムホワイトフラペチーノを握りしめた行人が戻ってきたので、泉美はそれをエルフの渡辺の手に押し付けると、行人を引っ張って耳打ちした。
「最後の写真を撮った経緯は絶対内緒にして! 私もSNSから消すから!」
「え? え? 何で⁉」
「いいから! 空気読んで! 怒らせると風花ちゃん本当に怖い……」
泉美としては、自分が魅力的に撮影された写真がエルフの渡辺の目に触れることは好ましくないと考えたのだが、
「泉美ちゃん、何……最後の写真って……」
エルフの渡辺は、長い耳をぴくぴくと動かしながら、離れた場所にいる泉美の耳打ちもしっかりと聞き取っていた。
エルフの耳が良いのは、どうやら本当のことらしい。
「そ……………………――――のことは、ほら、学校に戻ってから、ね? 風花ちゃんもセンパイも! とりあえずガッコ戻ろう! ほら! 行こう!」
冷や汗を流して観念した様子の泉美は、小さく両手を上げると行人とエルフの渡辺の背を押してざわめくテラス席から強引に連れ出した。
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