第二話 渡辺風花はそわそわしている ⑥

「ん、美味しい。大木くんは、それって購買のパンなの?」

「まぁ、そうです」



 行人も袋からパンを取り出して机の上に出すのだが、カレーパン、焼きそばパン、シュガーラスクにコーヒー牛乳のパックだけ出すと、完全に見劣りする。



「そうなんだ。私全然購買使ったことなくて。そうだ、大木くんも唐揚げ、食べる?」

「だ、大丈夫。ありがとう」



 見ているだけでお腹いっぱいになりそうな食事風景に眩暈がしてきそうだ。



「ん? んん?」



 いや、実際に少し、視界が歪んでいるように見えるような気がする。



「ふぉれべね、かういんうぃひははっはんはれぼ」


「え?」


「もぐもぐくぉれからんもわらひをもべるいいあもぐもぐひゃいんおおううもりまの?」


「えっと、あー……うん。こうして普段の姿がカメラに映るんであれば……きっと俺はまだ、撮りたい……んだと思う」



 何かが少し歪む視界を振り払いながら、行人は口いっぱいに唐揚げを頬張る渡辺風花の発する音に、シリアスな顔で答えた。

 すると渡辺風花は前髪に隠れがちな目を大きく見開いてから、口の中にあるものを落ち着いて咀嚼し呑み込んだ。



「お行儀悪いことした私も私だけど……よく分かったね、今の」

「渡辺さんの声に対する解像度には自信があるんだ」

「へぐうっ?」



 行人の答えに、渡辺風花は唐揚げを喉に詰まらせたような音を喉奥で立てる。



「ざっくりだけど今のは『それでね、確認したかったんだけど、もぐもぐ、これからも私をモデルにしたもぐもぐ写真を撮るつもりなの?』って言ったんだよね」

「……です。もぐもぐまで含めて百点です」

「よし!」

「何がよし! なの! も~……恥ずかしいなぁ……あ!」



 喋りながらこの量を食べているのに、渡辺風花のボディからあの重低音が再び響いてきた。

 腹の音だ。

 渡辺風花は顔を真っ赤にしてお腹を押さえるが、その姿を見る行人の表情は真剣だった。



「でも、今みたいな『無理』をしないで、その姿、維持できるの?」

「え? あ……!」



 眩暈かと思った視界のブレは眩暈ではなかった。

 一度は額と指の接触で『渡辺風花』の姿に戻ったその輪郭が、データが破損した動画のようにブレて欠けて歪み始めたのだ。

 そして積み上げたドミノブロックが崩れるように渡辺風花の姿が掻き消え、薄いガラスが割れるような音とともに、再びそこにはエルフの渡辺が姿を現した。



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