第二話 渡辺風花はそわそわしている ④
「あの、えっと……お、大木く~ん」
これまで迂遠なコンタクトに終始してきたエルフの渡辺が接近してきたので行人はつい身構える。明らかに緊張した面持ちからして、もしかしたら今の今まで行人に声をかける機会をうかがっていたのかもしれない。
小学生でももう少し綺麗に棒読みするだろうわざとらしさで、エルフの渡辺は行人の机の上に戻った写真を覗き込んだ。
「わ、わあ、大木くん、これって、もしかして、昨日の写真ー?」
「あ、う、うん、そうだけど……」
「そ、それで大木くん、今日はどこでどんな写真を撮るのー?」
「えっ?」
「だ、だってまだ、コンクリートに出す写真は撮れてないでしょ?」
「コンクリート?」
「こん、こ、コン、コンサート」
「……コンテスト」
「そう、コンテスト! ええとそれでね、今日の部活はちょっと昨日とは違うことやらなきゃいけなくて、だからもし今日も写真を撮るなら、えっと、その……あのね?」
用意してきたであろうセリフを間違いまくって声が少しずつ小さくなって、恥ずかしそうに少しずつ目が伏せられていった。
「相談したいことがあるので、一緒にお昼……食べませんか」
「あ……うん、分かった」
その瞬間、首に哲也の嫉妬から生まれた怨霊の手が纏わりついたような気がした。
理屈は呑み込めていないことを丸ごと無視して、エルフが間違いなく渡辺風花なのだと仮定した場合、総勢二十名以上いるらしい『隠れ渡辺ファン』の嫉妬と羨望を一身に受ける羽目に陥る。
「それじゃあ園芸部の部室でいい? そこなら、誰も来ないから……」
だから周囲を刺激するような余計な一言を付け加えないでほしい。
多分だが、部活の相談云々は周囲に怪しまれないための方便で、きっと改めて『エルフ』にまつわる色々を話そうということなのだろう。
それなら確かに誰も来ない環境が望ましいのだが、今この状況でそれを言うのは、男子人気を一身に集める女子が特定の男子を誰も来ない部室で一対一になるよう誘っているようにしか見えないのだ。
行人は、隠れ渡辺ファンの怨霊がずっしりと肩にのしかかって来たかのように思えた。
「そ、それじゃお昼、部室でね?」
手を振って自分の席に戻ろうとするエルフの渡辺を、行人は思わず呼び止めた。
「あ、待って。一応これ」
差し出した写真をエルフの渡辺は目で見たものの、受け取ることはしなかった。
「それも、お昼のときでいい?」
「あ、うん……それじゃあ」
頷くエルフの渡辺を見送った行人の肩に、物理的な重さがズシリとかかった。
「ゆーくーとーくーーん?」
そこにのしかかっているのは、そのまま怨霊に身を落としかねない昏い眼光を湛えた哲也だった。
「誰も来ない部室……男女二人……カメラ……行人……お前……」
「な、なんだよ」
「いいショットが撮れたら俺にもお裾分けはあるよなぁ? 俺達友達だもんなぁ?」
「ファンを自称する癖に裏ルートで写真を強請るような下衆を友達にした覚えはない」
「いいじゃねーかよ行人ぉ! そうじゃないと全国の隠れ渡辺ファンが黙ってねぇぞぉ!」
「全校なのか全国なのかはっきりしろ。てかそのまま一生隠れててくれ」
行人は欲望丸出しの哲也の顔にアイアンクローを極めて引きはがす。
「痛……いててて、あれ! お前以外と握力こんな強……いてててて!」
「こっちは、色々マジなんだからさ」
視線の先には、一時間目の授業の用意を始めるエルフの渡辺の姿しか映っていなかった。
この世界の存在とはとても思えないのに、自分と全く同じ教科書と、どこにでも売っているようなノートとペンケースとシャープペンを用意して学校の制服を纏う、渡辺風花を名乗るエルフの姿しか。
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