第二話 渡辺風花はそわそわしている ②

「どうした行人。頭を抱えて」

「いや、ちょっと自分の置かれている状況に混乱して」


「怖いか。俺達『隠れ渡辺ファン』の存在が」

「マジで怖いよそれは。いや、そうじゃなくて……」


「だったら吐け。どういう経緯で渡辺さんの写真を合法的にこんな撮っていいことになった? ことによったら総勢二十名を超える隠れ渡辺ファンが黙っちゃいないぞ」

「多いのか少ないのか判断に迷う数やめろ。そのことは哲也には前話しただろ? その写真は今度写真部としてコンテスト……に、あ」


「何だよ」

「いや、ちょっと」


 行人は哲也の手から渡辺風花の写真を奪い返し、エルフの渡辺に今のやり取りが聞こえていないかどうか様子を窺う。


 すると向こうは向こうで、膝の上に手を置きながら必死にこちらに顔を向けないようにしながらも瞳の動きを司る外眼筋がいがんきんの全てを総動員してこちらを横目で見ていた。

 その横顔を見ると、特徴的な長い耳と不思議な色の髪がよりはっきりと観察できた。

 そして全力の横目で行人を見ていたエルフの渡辺は、行人と目が合うとさっと目をそらしてしまう。

 その隙を突いて、行人はスマホのカメラを起動してエルフの渡辺に一瞬向ける。



「マジか」



 盗撮を否定した手前あまりいい気分はしなかったが、それでもスマホのカメラに捉えらえられたエルフの渡辺の姿は、画面の中でだけ渡辺風花の姿に戻っていたのだ。

 どんな仕組みなのかは分からない。

 まだエルフ云々を受け入れたわけでもないし、自分の目や脳が異常を起こしたと考える方がまだ現実的だと思っている。


 だがともかくエルフの渡辺の『魔法』とやらを破ったのはどうやら行人の目だけであり、スマホのカメラのレンズにもきちんと『魔法』が効いているらしい。

 ということは、これから先はカメラ越しに見続ければ、とりあえず渡辺風花の姿を捉えることはできるということである。



「いやそれじゃ何も解決しないだろ」

「は?」



 いくらカメラ越しならこれまで通りの姿を見ることができるからと言って、常にカメラ越しに相手を見るわけにもいかない。

 それこそスマホ用VRゴーグルでも常に装着したまま生活しないと、渡辺風花の姿を捉えることはできないということではないか。

 そんなことができる学校は今のところ地球上のどんな文化圏にも存在しまい。


 それでもこの仕様は今後の大きなヒントだ。

 被写体の大きさや距離に応じてレンズを入れ替えるのはカメラの基礎だ。


 あのエルフの渡辺の正体を見極めるためにも。

 そして宙ぶらりんになってしまった渡辺風花への恋を成就させるためにも。

 少なくともスマホ越しにエルフがいつもの渡辺風花に見える、という事象は重要事項として記憶しなければならない。



「だからそれじゃ何も解決しないっ!」



 そこまで考えてから、一体何がどう重要なのか頭の中で整理しきれず再びのセルフ突っ込みが炸裂してしまい、



「おい、本当大丈夫か? 実はマジで具合悪かったりしないか? これ、返すな」



 謎の存在をちらつかせて謎の脅迫をしてきた哲也は、苦悶の表情で頭を抱える行人の様子が思いがけずシリアスだったためか、渡辺風花の写真をそっと行人の机に戻し自分の席に戻って行った。

 すると、行人が一人になるのを見計らったようにエルフの渡辺が意を決して立ち上がり、行人の机の横にやってきた。

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