第一話 渡辺風花は園芸部の部長である ⑩
◇
まるで泥の中にいるような目覚めだった。
昨日の出来事は全て悪い夢だったのではないだろうか。スマートフォンを見ても、渡辺風花からは何のメッセージも入っていなかった。
記憶の通り制服のまま寝てしまっていたので、昨日のことは現実だったのだ。
だが、よくよく考えるとやはりエルフは無い。あり得ない。無い。無い。無い。
そんなことを思いながらシャワーを浴びて予備の制服に着替えたものの、重い気持ちが食欲を失わせ朝食も喉を通らず、日頃から自分で作っている昼食用の弁当も今日は作る気力が湧かず手ぶらで家を出てしまった。
昨日現像した写真を丁寧にOPP袋入れると、亡霊のように生気の無い足取りで家を出て、いつの間にか学校に到着する。
「あ、おい行人、ういーす」
すると昇降口のところで、同じ中学から入学した友人でクラスメイトの
「おお……ああ、哲也か。……はよ」
「何だ、体調悪いのか? 顔色白いぞ?」
顔色が悪いことは自覚しているが、とはいえその理由を説明する気にはならなかった。
クラスメイトの女子に告白したことも、その女子がエルフに変身したことも、他人に話をすればただただ面倒を巻き起こすとしか思えない。
「風邪流行ってるみたいだし気をつけろよ。そういやさっき渡辺さん見たんだけど、渡辺さんもなんか顔色悪かったな」
「え?」
「行人お前、ここんとこ園芸部手伝ってんだろ? もしかして渡辺さんから風邪うつされたんじゃないか?」
「い、いや、そんなことはないと思うけど……」
「風邪うつされるような手伝いしてんのか? ああ?」
「風邪うつされる手伝いってどんなだよ! それより哲也! ちょっと聞きたいんだけど! 渡辺さんどんな様子だった⁉」
「は? いや、だから何だか顔色が悪そうだったって」
「顔色とかそういうことじゃなくて! いや顔色もこの場合重要なんだけど!」
「何なんだよ」
「渡辺さんに何か変なとこなかったか? こう、一目見ただけで明らかに普通じゃない、みたいなさ!」
「そんなこと言われてもな。本当に遠くからちらっと見ただけだし、ちょっと見ただけで変か変じゃないか分かるほどの付き合いないから……どうした、何でそんな急に明るいんだ?」
「い、いや。やっぱり昨日は、俺がどうかしてたんだなって」
「はあ? え? 何だ? 渡辺さんが体調悪いって話で何でお前が元気になるんだ?」
哲也が混乱するのも無理はないが、行人が明るくなるのもまた無理はない。
昨日の渡辺の激変ぶりは、付き合いがあるとかないとか遠目とか近くでとかそういう次元じゃなく、人類であれば一目で気づかなければおかしいレベルの変化だった。
だから哲也の見た渡辺は何の違和感もない姿をしていたと判断するべきだ。
昨日のあれは、過剰な緊張が引き起こした白昼夢だ。幻覚なのだ。
「いや、何でもないんだ! ちょっとな、昨日写真が上手くいかなくてガラにもなく凹んでてさ! コンテストの締め切り近いから、ナーバスになってただけなんだ!」
「ふーん。まあ、いいけど」
不思議そうに眉根を寄せる哲也を置いて、行人は意気揚々と教室に向かう。
昨日のことは無かったことにして、もう一度告白を繰り返してもいいくらいの気持ちで、教室の扉に入った行人は、
「お、おはよう、大木くん」
美貌のエルフが渡辺風花の席に縮こまって座っているのを目にして、
「エルフじゃんっ‼」
『エルフの渡辺』と、彼女をスルーしている哲也と教室のクラスメイトに、全力で突っ込まざるをえなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます