エルフの渡辺

電撃文庫・電撃の新文芸

第一話 渡辺風花は園芸部の部長である ①

 背筋が綺麗に伸びている。

 大木行人おおきゆくと渡辺風花わたなべふうかに、彼女自身の第一印象を聞かれ、反射的にそう答えていた。



「自分ではそんなに意識したことないけど、お母さんがそういうのに厳しかったからかな」



 行人が都立南板橋みなみいたばし高校の二年生になったばかりの四月。

同級生の渡辺風花との会話が、お互いの第一印象がどうだったかを披露する流れになった。

 忌憚なく日頃から美しく伸びた背筋についてそう告げると、渡辺風花はそのことが自身にとって良い過去ではないというような顔をしたように思う。



「それに今は部活の間、ずっと背中丸まっちゃってるし、姿勢は全然良くなくなっちゃってると思うな」



 そう言って微笑みながら、軍手と学校指定のジャージ、そして汗が光る頬を美しく土に染めて、彼女はまた花壇と植木鉢の整備に取り掛かり、



「大木くん、そんな話の後に背中が丸まってる姿を撮るの?」



 その姿を、大木行人は古いフィルム式一眼レフカメラのファインダーに収めるのだ。



「作業の様子を何枚か試しに撮りたいんだ」



 不満げに疑問を漏らしながらも、渡辺風花は向けられるレンズを拒みはしなかった。



「コンテストに出す写真を撮るなら、せめてもっと可愛い格好をしてるときに撮ってもらえませんか。何もこんな汗かいて土まみれのときじゃなくたって」



 何故なら渡辺風花は、南板橋高校写真部の唯一の部員にして部長である行人が『東京学生ユージュアルライフフォトコンテスト』に応募するための写真のモデルを引き受けてくれているからだ。


 都内在住・在学の高校生までの学生限定のフォトコンテストであり、行人が二年になって初めて応募する本格的なフォトコンテストでもある。


 それに応募したいと思ったとき、行人が思い描いたのは『園芸部の活動に従事する渡辺風花』の姿だった。



「好きなことをやっているときほどその人の魅力が引き出される瞬間って、なかなか無いと思うんだ。そういう意味で、今の渡辺さんは凄く魅力的だと思う」

「みりょ……!」



 春にしては強い日差しの下で、渡辺風花は慌ててレンズから顔を背けてしまう。



「大木くんの第一印象はあれだね。大人しい顔して、結構大胆で物怖じしないよね」



 何か怒らせるようなことを言っただろうか。考えてみれば向こうが綺麗じゃないと思っている姿の方が良いと言ったに等しいわけだから、確かに良い印象ではなかったかもしれない。


 そんなことを思いながらもカメラを構え続けていると、ファインダーの中で渡辺風花が再びこちらを見た。少し、頬を膨らませている。



「もしかして、写真のモデルになった人にみんなにそんなこと言ってない?」



 怒られているのに、つい膨れた顔を撮ってしまい、また睨まれてしまった。

 撮影した写真をすぐに確認できないフィルム式のもどかしさはあるが、良い顔が撮れたような気がする。


 調整のためにレンズの露出を少しいじっていると、更に問いかけられた。



「大木くん。聞いてるの?」

「いや、ごめん、でも、誰にでも言ったりなんかしないよ。そもそもモデルを引き受けてくれたの渡辺さんだけだし、だから渡辺さんにしか言ってない……っていうか……その」

「そ、そうなんだ。そう、なんだ」



 納得してくれたのかは分からないが、少し表情を和らげて作業に戻った。

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