第2話 出会いと再会


「緊張してきた……」



今日は高校受験の日。憧れの高校を前に緊張して、冬の寒さも手伝って手が震える。すると持っていた受験票が手から落ちて、数歩先まで飛んでいった。


「あ!」急いで駆け寄る。けど私よりも先に、受験票を拾ってくれた人がいた。



「……どうぞ」

「あ、ありがとうございます……っ」



瞬間、雷に打たれたような感覚がした。だって受験票を拾ってくれた、その人は……



「(すごいボサボサの頭……古風な眼鏡もしてるし、背も私よりちょっと高いくらいで……。男の子にしては少し長い髪が、女の子みたい)」



圧倒的に地味な感じ。だけど、これは悪口じゃない。だって、私だって……



「三つ編みにメガネ。そして膝をも隠れる長いスカート丈……」

「え?」

「いえ、何でもないですっ」



まさか私と同じような地味な子が、他にもいるなんて思わなかった。しかも男の子で。



「じゃ、俺はこれで……」

「あ、はい。ありがとうございました!」



ペコリとお辞儀をする。するとメガネがズレてしまい、顔を上げた時にピンとが合わずに視界がボヤける。そんな中で、薄っすら見える、さっきの男の子。前を歩いていたのに、急に止まったかと思えば私の方を振り返って、またペコリとお辞儀をした。



「(随分、律儀な人だなぁ……)」



私と似て、地味な人。

また、会えるかな――?



「(そんなことより、今は試験試験っ!)」



妙な親近感を覚えて、嬉しくなって……今思えば、浮ついた心で試験に臨んだのかもしれない。


だから、撃沈したんだ。


私の試験への手ごたえは散々で、全教科が終わった後、絶望の淵に立たされた。「絶対に不合格だ」と悲しみに暮れ、帰り道の河原で一人反省会をしたのは、今でも鮮明に覚えている。



「う~っ……」



その時の私は、顔を伏せて一人で静かに泣いていた。あたりはだんだんと日が落ち始めて、道を行き交う人の姿も閑散としてきた。私の心にも体にも、次第に暗い影が落ち始める。



「(友達と同じ高校に行きたかった……)」



絶え間ない後悔に襲われていた、その時。ガサッと、私の後ろで草土を踏む音がする。と同時に、いつか聞いた声が響いた。



「……どうしたの」

「え――」



振り返ると、河原風に吹かれて更にボサボサになった髪の男の子――朝、私の受験票を拾ってくれた男の子が、眼鏡の奥から私を覗き見ていた。



「え、と……あの……う〜……っ」



口を開けると泣くしか出来ない私に何かを悟ったのか、男の子は何も言わずに近寄って、私の隣に静かに腰を下ろした。



「……汚れますよ?」

「いいよ……この制服を着るのも、あと少しだし」

「(制服が違う……他校の人だ)」



私の学校とは違う制服。同じ地味同士でも、私とは違う雰囲気――その男の子は、ひどく寡黙だった。



「グス……」

「……」



私が涙を流し、男の子がただそれを黙って聞いている時間。無限に思えた、かけがえのない時間。



「なんでだろう……あなたといると落ち着くの」

「……そう」



そっけない返事も、私の方を一切みないその瞳も……今の私にはひどく心地が良い。すると、私のスマホがブブと鳴った。私の帰りを心配した、お母さんからのメールだった。


帰らなきゃ――そう思った時、また何かを察してくれた男の子は、静かに立ち上がる。私に背を向けているってことは、帰るのかな?


これって、やっぱり慰めてくれたんだよね?見ず知らずの私に。寒い外で、ずっと隣にいてくれた。ただ、黙って――



「あの……ありがとう……っ」

「……うん」



「別に」でも「何のこと?」でもない返事。うん――その二文字に、また私の心が救われる。だけど、思い出す。私の試験は、散々だった事を……。



「またあなたに会いたかったな……私、きっと落ちちゃったから」

「……」



やっと言葉にできるまでに回復した私のメンタル。だけど、少し落ち着いた心臓は、次の男の子の言動によって、あっけなく乱される。



「会えるよ」

「え?」



ギュッ


立ち上がった男の子に、座ったままの私が抱きしめられる。初めは弱い力で。だけど、どんどん力が入っていって……



「次は……同じ高校の制服で会お」

「……うんっ」


「じゃ……また」

「うん、またね……っ!」



「また」――また会った時は、同じ高校の制服を着て、同じ校舎で、同じ勉強を学ぶ。私も、またあなたに会いたい。私と同じ、地味な男の子。だけど本当は、とても優しい、寡黙な子。



「(絶対絶対、受かりますように……っ)」



その日、人生で初めての恋をした。初恋の人は、髪の毛がボサボサな、可愛らしい男の子――





「なーんて、そんな初恋が実在したわけなんです」

「う、ウソでしょ……砂那に限って、そんな話はあるわけ、」

「私に限ってって、そんな失礼な……っ」



時は進み、今日は入学式。私こと倉掛砂那(くらかけ さな)は無事に第一希望の高校に合格していて、今日、憧れの校門を、憧れの制服を着てくぐった。



「そ、それで!その男の子とは、それから会ったの?」

「いや、会ってないよ」


「なんで!?」

「え、だって連絡先なんて交換しなかったし、」


「なんで!?」

「聞かれなかったし、」


「聞けなかっただけかもしれないじゃん!」

「あの子に聞きたい素振りなんて無かったし……」


「それは砂那が気づいてないだけでしょ~」



「はぁ」と盛大にため息をつく女の子――相条しずか(あいじょう しずか)ちゃん。中学校は別だったんだけど、中学の頃に同じ塾に通っていて大の仲良し。



「大体、砂那は鈍感すぎるんだって。あと、自信がなさすぎ。試験だって、砂那が落ちるワケないのに、合格発表の日まで毎日私に電話かけてきてさぁ」

「それはしずかちゃんが頭がいいからだよ!私は全然で……」


「でもこうして合格できたじゃん。砂那はスゴイんだよ、自信もって」

「しずかちゃん……っ!」


「まあ恋愛に関してはからっきしだけどね」

「し、しずかちゃん……」



しずかという名前を持っていながら、全く静かではない私の親友は、とても可愛い。どこかのモデルかな?っていうくらい長い手足は、ほどよく筋肉がついていて綺麗。 ショートの髪の毛も、明るい茶髪が似合ってる。それでいて頭がいいんだから、同じ女子ながら尊敬の念しか浮かばない……。私がしずかちゃんの友達でいいのかな?って疑問に思うくらい。



「じゃあその男の子の事は、何も分かってないわけ?」

「うん、お互い顔しか知らないの」


「そっか……じゃあ全クラス回って探そ!今から!」

「入学式終わったばかりだよっ、また別の日でいいから」


「ちぇ~」



本気で探そうと思っているな、しずかちゃん……。入学式直後で慌ただしいのもあるけど、私の心の準備が出来てないから!今すぐに会ったって、何を話したらいいか分からないよ……。



「でも砂那~この高校は進学校だから、そういう真面目そうな男子は多いよ?」

「うん。でも……姿を見れば、すぐにわかると思う。だって、だいぶ風変わりな雰囲気だったから」


「昔の女学生みたいな恰好で受験した砂那に言われてもねぇ……」

「い、今は少しだけマシだよ!」



私は現在、受験当日よりかはマシな格好をしていて……。


胸まである髪は、黒髪で一つ括り。

ひざ丈ちょうどの長さのスカート。

すっぴん。


トータルで見ると、やっぱり地味で……私は中学から引き続き「地味子」で過ごしている。あ、さすがにメガネは外したけどね。



「(しずかちゃんは、薄く化粧してる。可愛い……)」



そう思った時だった。



「初めましてー!隣の席の、大橋大門(おおはし だいもん)でーす」



私としずかちゃんの間から、ひょっこり顔を出してきたのは、金髪のような明るい茶色の髪が目立つ子。顔がハッキリしていて、雰囲気が爽やかでカッコいい――いわゆるイケメンタイプの男の子。急な出来事にもかかわらず、しずかちゃんはニコッと笑って答える。



「相条しずかでーす。よろしくー」

「倉掛砂那です、よろしくね」



すると大橋くんは「ひゃー可愛い子が揃ってるねぇ」とニヤけた顔を隠そうともせずに、私の隣の席に座った。どうやら私と隣同士らしい。ちなみに、私の反対の隣の席はしずかちゃん。クラスが一緒な上に、席まで隣同士なんて……すごくラッキー!



「よろしくねー!ねね、相条さんと倉掛さんは何中?」

「私は北中、砂那は南中だよ」



しずかちゃんが答えると「別中なのに、もうそんなに仲良くなってんの?すごいね」とキラキラした目で私たちを見つめた。



「塾が一緒だったから――ね、しずかちゃん」

「そーそー。大橋は?何中?」


「うーんと……俺は東中。あのさ、”東中の大門”って聞いたことない?」

「ごめん。ない」



しずかちゃんが速攻で答えると、大橋くんは泣くフリをして「そっかー」と肩を落とした。



「ごめんごめん、変なこと言ったね。俺、東中でサッカー部のエースしてたんだよ~。全国に行った事もあるから、知ってる人は知ってると思って」

「そうなんだ!私もしずかちゃんも、その手の話は疎くって……ごめんね」

「そっか。いや、俺もまだまだって事だね。高校でリベンジしなきゃね!」



頭をポリポリとかく大橋くん。なんか、気さくで話しやすい人だな。



「それで、あのさ……ちょっと聞いていい?」

「なに?」


「相条さんと倉掛さんの、好きな男子のタイプを教えてくれない?」

「……」



今までニコニコ話していたしずかちゃんは、一瞬で冷めた顔をして大橋くんから目を逸らした。大橋くんは焦った様子で「違う違う、真面目に聞いてんの!」と”お願い”のジェスチャーをする。



「真面目にって……好きなタイプ聞くことに真面目も不真面目もあるの?」

「チャラ男ではないと言いたい!」


「会って三分も経たない内に、そういう事を聞いてくる男を、世の中ではチャラ男といいます」

「そんな~」



ガッカリしている大橋くんを見事にスルーして「ね、砂那」と、私に相槌を求めるしずかちゃん。どう返事をしたらいいか困って笑った、その時だった。



「いざと言うときに頼りになるカッコいい人――でしょ」

「へ?」

「好きなタイプ」



私の後ろから声が聞こえる。

振り向くと、そこには、



「久しぶり――倉掛さん」



静かな雰囲気に負けない、整った顔が目立つ、男の人がいた。落ち着いた黒い髪は直毛じゃなくて、柔らかそうな猫っ毛。大きくて切れ長の綺麗な瞳も、透き通るような黒色だった。あと、背が高い。たぶん、クラスで一番。大橋くんもイケメンだけど、この男の人は――また違ったイケメン。カッコイイ……。



「「「「キャー!!」」」」

「(ハッ!)」



女子達の黄色い歓声で、我に返る。しまった、普通に見惚れてた!歓声はどうやら、さっき私に話しかけてきた男の人に注がれているようで……でも、当の本人は寡黙を貫いて、黙ったままだった。ガタンと椅子を引いて、私の後ろの席に座る。う、後ろの人なんだ……っ。



「砂那、知り合い?」



しずかちゃんに肩を叩かれる。私は咄嗟に、首を振ってしまった。すると、否定したのをイケメン君に見られたのか「覚えてないか……」と無表情の顔に影を落とした。



「(ひー!すみません……!)」



焦る私とは反対に、大橋くんがイケメン君を見て「うーん」と唸る。



「なあ、どこかで会ってるか?俺たち」

「……知らないけど」


「いや、でもどこかで見た気がするんだよなぁ」

「(私も大橋くんくらいカスったらいいのに、全然見当つかない……!)」



混沌としてきた空気の中、教室に入ってきた先生が、鶴の一声を発する。



「はーい皆、席に着いてー!」

「(助かった……!)」



と胸を撫で下ろすには早かったらしく、イケメン君は少し腰を上げて、私の方へ体を寄せる。そして、小さい声で私の耳元で囁いた。



「また、あとで話そ」

「!」



悩む大橋くんと、焦る私と、謎のイケメン君と――その様子をしずかちゃんただ一人だけが、ニヤニヤと笑いながら見守っていた。



「(後でって、いつ?話って何!?)」



頭がパニックになって、隣のしずかちゃんに助けを求める。だけどしずかちゃんはガッツポーズをして「ファイト!」と私にエールを送り、「受験の日に助けてくれた初恋の人かもしれないよ~?」と囁いた。



「(そんなわけないよ。あの男の子は、もっと地味だもん……!)」



私と同じ地味な男の子。地味仲間。悪口のように聞こえるけど、悪口じゃない。だって同じ「地味」という事が、私には嬉しい事なんだから。すると教壇の上から、先生が「では今から自己紹介をしましょう」と提案した。



「私は赤塚 海(あかつか うみ)と言います。気軽にうみ先生って呼んでね」

「年齢を聞いてもいいですかー?」

「もちろん秘密でーす。でも、皆とそんなに変わらないかもしれないわよ~?」



明るい先生だ。この先生になら、気軽に色んなことを話せそうだなぁ。いい人そうで良かった。そして――どんどんと進む自己紹介は、ついに、私の後ろのイケメン君の番になった。



「キャー!!」

「カッコイイ!」

「イケメンー!王子ー!!」



ガタッと立ち上がるだけで、女子から割れんばかりの喝さいが響く。大橋くんの時も黄色い声は聞こえたけど、イケメン君の場合は比にならないくらい大きい。女子のみんなが「キャーキャー」言って埒が明かないと踏んだのか、うみ先生が「静かにねー」と笑顔で注意をした。そして静寂に包まれた中――イケメン君は口を開く。



「吾妻 斗希(あがつま とき)……東中出身」



本当に必要な事だけを端的に述べ、すぐに着席するイケメン君。静まり返った教室は、しばらく皆の吐息がだけが聞こえる……はずだったのに。



「あー!!」



大橋くんの大声に、ビックリした皆の背中がピョンと伸びる。「お前、そうだよお前!」当の本人は皆のことなんかお構いなしで、指をさして未だ騒いでいる。その指の先にいるのは……



「誰かと思えば、同じ東中のトキコ!?」

「!」



いきなりそんな事を言われて、後ろの席のイケメン君もとい吾妻くんは、少しだけ反応した。かと思えば、


パシッ


吾妻くんが、なぜか私の手を握る。そして半ば無理やり私を起立させた後、



「先生、倉掛さんが調子悪そうなので……保健室に行きます」

「……へ?」



混乱する私と「砂那!?」とビックリしたしずかちゃんと「待てよトキコちゃんー!」と騒ぐ大橋くんと、


そして――「よろしくね~」とウンウン頷くうみ先生。



「(ど、どうなってんのー!?)」



クラス中を混乱させた吾妻くんは、私を連れてすぐに教室を出た。そして人気のない踊り場まで、一直線に進んでいく。その時もずっと手は繋がれたままで……


ドキン、ドキン


早歩きになっているからか、それとも……私の胸の音は、さっき皆の前で自己紹介をした時よりも激しく、煩く鳴った。

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