柏の木の言い伝えについて

 誰の仕業か、スミにはすぐに分かったそうです。スミは、子供が産まれるのを機に占うことを完全に辞めていたそうです。でも、それを面白く思わない連中がいたと。

 

 それは、村の人々なんです。スミは方々から頼られて占いをしていた。村はその見返りとして色々な恩恵を受けていたんです。

 

 地元の名手や経済人、県の職員なんかが顧客にいたもんですから、金銭的な援助はもちろんのこと、農産物の買い上げですとか、農地開拓のための整備備品だとか、あらゆることに協力をしてもらっていた。

 

 でも、占いを辞めてしまったら、当然援助は受けられなくなってしまう。スエの親夫婦にも掛け合ったんですけど、親としては娘の幸せを優先したいと言って断られてしまった。

 

 それで、村人達は再び占いをするにはどうしたらいいか、を考えた。そして、占いを辞める原因となった者たちを消す事を思いついたと。

 

 ある日、村人数人がスミが療養していた親夫婦の家に訪れたときのことです。村人達は占いを再開してくれないか、と懇願しに来たのでした。


 しかし──、スミは村人の顔を見るなり狐憑きの状態になって、激しい口調で叫びました。


 『お前達を決して許さん。まもなくこの村には飢饉、飢餓、厄災が訪れるであろう。


 お前達も、お前達の血縁も全て途切れ、この村は終わりを迎えるのだ。


 私はお前達の行く末を最後まで見届けてやろうぞ。


 一人、また一人と苦しみ死んでいく様を楽しみにしておろうぞ。はははははははは!』


 狂ったように呪詛の言葉を吐きながら嗤う女はまさに狂気と言うべきものでした。

 

 スエはその晩、男と娘と住んでいた家の裏手にある、大きな柏の木の下で、首を吊って亡くなりました。その死に様の表情がまた、悍ましい形相をしていたそうです。


 それから、予言通り村では、飢饉、飢餓、そして感染症が立て続けに起き、村に住む人々は次第に減っていったそうです。

 

 スエの予言を呪いと解釈した村人達は、スエが家族と住んでいた家の跡地に祠を建て、崇め鎮めようとしました。


 しかし、そんなことはお構いなしに厄災は続きます。結局、なす術なく村は殆どの人が亡くなり、今ではその土地には外から移り住んだ人しかいないそうです。

 

 さて、それから巷ではこんな噂がされるようになりました。


 スエが首を吊った木で怪異が起きるというのです。スエは占いをする時に鈴を鳴らしながら、相手を見据え、将来を占うと言ったことをしていました。


 そのためか、スエはいつも鈴を持ち歩いていたようです。首を括ったその日も。


 その柏の木から、夜な夜な鈴の音が聞こえるというのです。鈴の音を聞いてしまったものは必ず良くない事が起きる、そう言われるようになりました。

 

 それと同時に、その柏の木には触れてはならない、と言うのです。怪異が起きて人々を惑わす、ということで、市の職員が木を切ろうとしたことがあったそうです。


 ところが、幹を切ろうとすると事故が起き、犠牲者が出る。枝を伐採して持ち出したところ、切った人間、枝を処理した人間が死んでいく。


 立て続けに良くない事が起きるので、市のほうでもお手上げで、結局そのままにすることになったのです。

 

 更に恐ろしいことに。その柏の木からは枝葉一本も持ち帰ってはならない、ということです。そんな噂のある木ですから、面白がって見に来る若者が後を絶たなかったようなんですが。戦利品に、と枝を折って持って帰ったんです。

 

 その若者はすぐに事故で亡くなりました。枝は若者の住んでいた実家に置いてあったみたいなんですが、家に住む人が一人ずつ不幸な目にあっていく。一人死んで終わりじゃないんです。


 最後に残された弟が、この枝を柏の木の根元に返したところ、この不幸は止まったそうです。


 そう、この柏の木からは何も持ち出してはならないんです。持ち出したら戻すまで不幸は続く。

 

 そう、皆さんにもこの柏の木、見て頂こうかなと。写真をお持ちしました。ええ、場所は明かせないのですが、この木を見て頂ければ異様なことが分かるかと思います。

 

 それがこちらになります。ほら、幹がボコボコと異様に膨らんでいますよね。内側から押して無理やり膨らませたような、それでいてこの膨らみのところは裂け、中から樹液が染み出している。まるで血を流してるかのような不気味な木です。

 

 この柏の木は今もまだ甲信越地方のどこかに眠っています。


 皆さんも、この木を見つけたら、絶対に近づかず、触れず、鈴の音が聞こえたらすぐにその場を離れてください。


 私の聞き知ったお話は以上になります。

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