ヒトデナシの宴

千猫菜

柏の木に纏わる怪異について

或る怪談イベントにて

 柏の木に纏わる怪異について

 (城ヶ崎カヨコ 2018年の怪談イベントより)

 

 これは、甲信越地方のある地域に存在している、とある木に纏わる話です。

 その地域にある村で昔あった出来事が関係していまして。

 

 今から七十年以上前ですかね。当時でも凄く田舎だったところで、まあ貧乏な村だったんです。

 

 その村で、所謂豪農というんですかね。村で一番の大きな家があったんですけど。その家では長いこと子供が出来なくって、旦那さんと奥さんはやれ願掛けだとか、地元の神社さんに拝みに行ったりとか、色々していて。

 

 その願いが叶ったのか、ついに娘が産まれたんです。

 ただ、その子ね、産まれた時から視力が殆ど無かったみたいでして。それに気づいた時はその夫婦もショックを受けたみたいですけど、そうは言っても長く子供も居なくて、諦めかけた時に授かった子なので、凄く大切に育てられたみたいなんです。


 家も貧乏な村の中では裕福なほうだったのも幸いして、出来るだけ生活に不便しないような生活が送れてたみたいです。

 

 それで、その娘さん、スミちゃんと言うんですけど、言葉が分かるようになってくる頃にその夫婦はある事に気がついたんです。


 視力が弱い代わりに、なのか分からないんですが、その娘さん、不思議な力があったみたいでして。

 

 それが、その当時でいう神通力というのでしょうか、物事を見通す力、みたいなものを持ってたらしいです。


 最初は、奥さんのほうが出かけた先で落とし物なんかしちゃったとき。出かける前にそれは何処其処に出かけたときに道で落とすと思うから気をつけて、だとか、今日は誰それさんが家を訪ねて来るから久しぶりに会えるよ、とか、そんなことを言って。それが当たるんですよ。

 

 おい、なんでそんなこと分かったんだ、なんて聞くと、本人はよく分かってないみたいなんですけど、見えるんだと。


 それはどういうことだって問いただすと、映像のような、写真のようなイメージが頭の中に浮かぶらしいんです。


 夫婦は娘のことを溺愛してますから、こりゃ凄いってことで、村中に自慢して回ったんです。


 そしたら、村中からやれ私が無くした物はどこいっただとか、俺の畑が荒らされたのはなんでだとか、そんな話をしにやってくる。

 

 まあ子供からしたら大して関係ない悩み相談みたいなものですし、大人達はその後遊んでくれるもんでいちいち答えてたんです。


 そしたら、そのアドバイスがよく当たると。これは面白いとなって。

 

 だんだん大人達もスミという娘を頼るようになっていったみたいです。


 そんなとき、大雨が降って、大規模な土砂崩れが起きたんです。村は、山に面していたもんですから、何軒かの家が土砂崩れに巻き込まれてしまって。


 ただ、この娘のおかげで怪我人は一人も出ませんでした。大雨が降る前の日に、スミちゃんが騒ぎ始めて。必死で訴えるもんだからこれは何かあると。


 話を聞くと、あそことあそことあの家が無くなっちゃうから逃げてって。不思議な力があることは周知の事実だったので、夫婦は村人達に知らせて回って。それで雨が降り始める前に避難できたんです。

 

 そんなことがあってから、村の人たちはよりスミちゃんを神聖視するようになりまして。今年の豊作を占ってもらったり、どこかの家は孕った我が子が元気に産まれてくるか、なんて見てもらったり。

 

 スミが大きくなる頃にはもうはっきりと頼られきりになっていました。ただ、この娘、力が強すぎるせいなのか、不安定になることが多くなってきまして。


 狐憑きみたいな状態になるんです。けたたましく泣き叫んで暴れる。明らかに人以外の言葉で何かを叫ぶ。押さえつけようとしても、凄い力で弾き返されてしまうんです。

 

 大人が数人がかりで押さえつけてなんとか収めるんですが、それでも叫んでいる。押さえている腕に噛み付く。仕方なく奥の部屋に閉じ込めて、狐憑きの状態が収まるのをやり過ごすしかなかったんです。

 

 その頃、娘の神通力の噂は村の外にも伝わっていて。県内の名手だとか、要人なんかも見てほしいと娘の家を訪れるようになっていて。


 わざわざ頼って遠方から来られるもんだから、スミは力を使い続けるしかなくて。それと比例して不安定になることも多くなっていったんです。

 

 そんな時に、ある若い男が訪れるんです。その男はある経営者の次男坊で、父から言われて会社の今後を占ってほしい、そう言われて来たんです。


 占いはつつがなく終わったんですけど。それからも若い男はよく娘に会いにくるようになったんです。


 娘もまた、同年代の男と話す機会もなかったので、二人は次第に仲を深めていった。まあ、恋仲になったんですね。

 

 あれよといううちに話は進み、結婚することになった。夫婦からしたら生まれつき目の悪い娘を貰ってくれる、しかも経営者の息子だというから、断る理由なんて何もない。むしろ、勿体なさすぎるぐらいだ、そう思ってました。

 

 一方の男の家からしても、特殊な神通力を持っている娘を家族に迎え入れるのです。会社を経営する一族にとってこれ程心強いことはない。当然反対する理由もない。


 それで二人は晴れて夫婦になりまして。村の外れに二人で暮らすことになったんです。占いの回数も抑えるようになって、スミはだんだん不安定になることも減ったんです。普通ならこれでめでたしめでたしってことになるところですけど、それが不幸の始まりだったんです。

 

 二人が一緒に暮らしてからすぐ、子供が産まれたんです。元気な男の子で、二人は大層可愛がっていました。


 スミは目が不自由ですからね。子育てで難しいところは男と二人で、この子のために協力していこう、そんな決意をしたそうです。


 幸い、二人とも家柄が裕福だったんで、生活は暫くはなんとかなった。

 

 そんなある日、スミがご近所に用事があって出かけていると、妙に胸騒ぎがする。急いで家に帰ったんです。


 そうしたら、家が燃えているんです。ちらちらと屋根まで赤い炎が登っている。


 幸いなことに雨が降り始めて家を半分ほど燃やしたところで火はすぐに収まったんですが。中に入ってみると、男と赤ん坊が死んでいた。何かで刺されて殺されていたんです。

 

 スミはショックと悲しみと怒りで随分と取り乱していたそうです。大切な子供と愛する夫を一度に奪われてしまったんです。当然ですよね。

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