最終話 アイスの食べ方


「なぁ、好き」

「お前のこと、いま好きになった」




そんな事を人生で初めて言われて、動揺しないわけが無い。ましてや、絶対に嫌われていると思った坊っちゃまにそう言わるなんて……!



「(こうならないようにしてきたのに!)」



――必要ない物は削ぎ落とすまでです



バイトで恋愛関係とか、そんないざこざにならないように、いらない物は削ぎ落としてきた。それが例え、自分の名前や容姿であっても。


あの日――面接に受かった私は、とある作戦を考えた。



『冷たい印象の名前に、改名しとこ。あとは容姿も限りなく地味にしとこ』



そして面接の日から、私は地味メイド「冬田冷」として、完璧に仕事をこなしてきたのだ。


だが、一体どうして……

坊っちゃまから告白されるという最悪の事態になるの!?



「冷、こっち見ろよ」

「な……!?」



愛の告白が終わっても、私を離さない坊っちゃま。すごい力に即敗北した私は、混乱する頭で次の作戦を練る。



「私は冷ではありません。冷たい愛と書いて冷愛(れあ)です。あなたの愛する“冷”は、もうここにはいません。残念でしたね!」

「じゃあ冷愛、こっち向け」

「はぁ!?」



もはや誰でもいいんかい!


呆れても物も言えなくなり、坊っちゃまを華麗にスルーした。すると目に入るのは、坊っちゃまの朝ごはん。


この部屋には、坊っちゃまと私、そして――溶けかけのアイス。私がアイスに目をやったのを見た坊っちゃまは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「なぁ、冷たいアイスの食い方、知ってるか?」

「!?」



まさか、まさかじゃないけど……

冷たいアイス=冷たい愛す=冷愛(私)

の事じゃないよね!?


だけど、悲しいかな。坊っちゃまは私に顔を近づけ「目を閉じろ」と言う。



「ご、ご冗談はおやめ下さい。坊っちゃま!」



焦る私を見て、坊っちゃまの不敵な笑みは消えなかった。ばかりか、クツクツ笑って強気な態度。



「冷たすぎるアイスはな、熱を与えればいいんだよ。こうやって、溶かすようにな」

「んぅ……っ!?」



抵抗もむなしく、坊っちゃまは私にキスをした。触れた唇は確かに熱くて、溶けそうなほど。



「ぷは!こ、これ以上は怒ります!」



だけど、いくらアイスが怒ろうが怒鳴ろうが。一度でも熱に触れれば、溶けるまでに時間はかからないようで……。



「いいから。黙って俺に食われてろ」

「っ!」



めったに見ない坊っちゃまの真剣な顔に釘付けになり、思わず見入ってしまう。そんな私を見て――坊っちゃまは、満足そうに口角を上げた。



「熱で溶けて食べ頃だな。

堪能させてもらうからな、冷愛」




【 end 】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷たいアイツの食べ方 またり鈴春 @matari39

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ