天界山の旅館コテージ

若福清

第1話 夏の山と誕生日計画

本格的な夏の暑い日差しが下界げかいを照らす、7月下旬。山下やました幸壱こういちは彼女の安立あだち登華とうかに連れられてこの町で1番高い山、“上竜山じょうりゅうさん”を登っていた。


幸壱が登山を始めたのは今年の2月。

暑い夏に登るのは今日が初めてである。


夏の日差しが苦手な幸壱は「うがーぁ。うがーぁ」と苦しそうな声を出しながら重たい足を必死に動かす。


そんな彼氏の情けない姿に登華は呆れたため息をこぼす。


「そんなゾンビみたいな声出してないで、ちゃんと山の風を感じなさいよ。」


そう登華が幸壱に声をかける。


「…山の…風?」


そう呟いて立ち止まった幸壱に心地よい風が当たる。


「おぉ。これは気持ちいい~。」


そう幸壱はほほをゆるめる。


「ね?夏でも山は涼しいでしょ?

頂上だともっと気持ちいい風を感じれるわよ。」


そう登華は幸壱に教える。


「マジかよ。早く行こう。」


そう言って幸壱は歩みを早める。


そんな単純な彼氏の姿に登華は“やれやれ”と言った表情を見せる。



「うおぉ~。マジで気持ちいい~。

夏とは思えないほどの涼しさだなぁ。」


そう幸壱は両手を広げて目一杯、風を身体で感じる。


「どう?登る前はグチグチ文句ばっかり言ってたけど、夏の登山も悪くないでしょ?」


そう登華が幸壱の隣に立って話す。


「あぁ。そうだな。」


そう幸壱は目の前に広がる緑の世界を見つめながら答える。


「そうだ。前に言ってた何とかって言う岩はどこにあるの?」


そう登華が思い出した様に尋ねる。


「あぁ。“力の岩”か。こっちだよ。」


そう言うと幸壱は案内する。



「ほ~ぉ。これが神様の力が宿やどっていると言う岩ですかぁ。見た目は普通のちょっと大きい岩って感じだね。」


そう興味津々な様子で登華は力の岩を眺める。


その後、岩に触れようと左手を伸ばす。


「あっ、登華ちょっと待った。」


そう幸壱が登華を止める。


「何よ。バチが当たるって言いたいの?

幸壱君も触ろうとしたけど、バチ当たってないでしょ?」


そう言って登華がほっぺたをふくらませる。


「嫌、そうじゃなくて、腕時計はずした方がいいぞ。」


そう忠告しながら幸壱は登華が左腕に付けている腕時計を指差す。


「なんで?」


そう聞きながら登華は腕時計をはずす。


「前にオレがその岩に触れようとした時、腕時計壊れたから。

多分、神様の力で壊れたんだと思う。」


そう幸壱が説明する。


「へぇ。電波的な何かかな?」


「さぁ?詳しくは分かんねぇや。」


そう幸壱は答える。


「では、私もその神様の力を体験しますかなぁ。」


そうワクワクした様子で言うと登華は力の岩に手を伸ばす。

その手が見えない壁に触れる。


「うわぁお。何か感じた事のない感触だ。」


そう言って登華はすぐに手を引っ込める。


「あんまり、気持ちいい感触ではないだろ?」


そう幸壱が言うと登華はゆっくりと頷く。



「そうだ。もうすぐ、幸壱君の誕生日だね。」


そう近くのベンチに座って登華が言う。


「あぁ。そうだな。」


そう幸壱も登華の隣に腰を落として答える。


「それでね。行きたい所があるんだよ。」


そう登華が話を始める。


「行きたい所?」


そう幸壱は聞き返す。


「うん。“天界山てんかいざん”って言う山。」


「その山には何があるんだ?」


「その山の頂上のコテージはね、旅館みたいになってるんだって。」


「旅館?」


「そう。しかも、露天風呂もあるみたい。」


「へぇ。そいつは凄いなぁ。」


そう幸壱は驚く。


「だから、幸壱君の誕生日の前日にそこに泊まって、2人で誕生日を祝おうよ。

絶対にいい思い出になるよぉ。」


そう登華がニコニコした笑顔で提案ていあんする。


「その山はオレでも登れる山なのか?」


そう幸壱が尋ねる。


「大丈夫だよ。この上竜山よりも高い山だけど、まだ初心者でも登れるレベル3の山だから。」


そう登華が明るい声で答える。


この国には“登山とざん管理かんり団体だんたい”と言う国に認められた組織が作った山のレベルがある。

1~3は登山素人でも登りやすい山。

4~7は登山に慣れた人にオススメの山。

8~10は登山歴が5年以上の人にオススメの山。そして11以上の山に登るにはプロ免許が必要となる。


「高いって、どれぐらい高いの?」


そう少し不安になりながら幸壱は尋ねる。


「923m。この上竜山が792mだから、131m高い感じかな?

そんなに高くないでしょ?」


そう登華が明るい声のまま説明する。


「まぁ、それぐらいなら、何とか大丈夫かな。」


「大丈夫、大丈夫。もっと幸壱君は自分に自信をもっていいよ。」


そう登華は明るさを上げて幸壱を勇気づける。


「よし。行くか。」


そう幸壱が言うと登華は元気よく「おぉー」と右手をげる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る