処刑された聖女ですが、皇女に転生してお兄様たちに溺愛されています
sana
第1話 断罪
「──ジュリエット! この偽聖女め!」
偽聖女、と声高になじられて、ジュリエットの紫の瞳に困惑の色が浮かんだ。
「捕らえろ! 大逆を
「え……?」
罵倒の言葉が投げつけられるのと同時に、武装した兵士たちが一斉にジュリエットを取り囲んだ。
疲労困憊していたジュリエットは、軽々と神殿の床に引き倒される。
「──っ!」
白い手袋をはめた男の手が、ジュリエットの頭をつかんで石畳にひざまずかせた。長い髪を乱暴に引っ張られて、ジュリエットは声にならない悲鳴をあげる。
「おまえの企みはすべて露見している! もう言い逃れはできないぞ!」
憎々しげにジュリエットを睨みつける青年の名はナタン・ド・ランスフォール。このコライユ王国唯一の王子であり、王太子でもある。
「ナタン殿下!? これはいったいどういうことですか!?」
「黙れ! 身分卑しい者が軽々しく私の名を呼ぶな!」
ナタンは冷ややかな目つきでジュリエットを見下ろした。
「ジュリエット! おまえは聖女でありながら魔道に堕ちた! 許されざる大罪人だ!」
身に覚えのない罪を突き付けられて、ジュリエットは絶句した。
「そんな……いったい何を言って……?」
手荒に縛りあげられて法衣がはだけ、ジュリエットの肩にある
まるで薔薇の花弁のような形をした赤い痣は、ただの痣ではない。聖女と認められる条件の一つである「
「ふん、白々しい! そんな痣などしょせん偶然か、巧妙に施した偽物なのだろうが!」
ナタンはせせら笑った。
「おかしいとは思っていたのだ。卑しい孤児であったおまえなど、この国の聖女の座にふさわしくないからな! それなのに身の程もわきまえず、次期国王であるこの私を
(わ、私がナタン殿下を誑かそうと? ありえないわ!)
ジュリエットは反論しようとしたが、声が出なかった。鋭い痛みに頭を締めつけられたのだ。
(……うっ……痛い……!)
この頭痛には理由があった。聖女だけが持つ特別な治癒の力を、極限まで使い切ってしまったのだ。
聖女には人々の傷や病を治す特殊な能力があるが、治療行為には反動が伴う。
治癒する怪我が重傷なほど、病人の容態が重篤なほど、より大きな癒しの力が必要になり、その反動は術者に──つまり聖女本人に返ってくるのだ。
昨日ジュリエットは王家に請われて、自身の持てる治癒の力を最大限に開放した。
その結果、翌日になってもまだ回復しきらないほどのめまいや頭痛、疲労感に悩まされて、ろくに動くこともままならずにいた。
そんな不調の中を踏み込んできたのが、この王太子ナタンと兵士たちだったのだ。
(ナタン殿下は私が大逆を
ジュリエットが困惑していると、ナタンは憎悪のこもった口調で
「母上を……この国の王妃を殺害するとは、神をも恐れぬ大罪! ジュリエット、おまえはもはや聖女などではない! 悪辣なる魔女だ!」
(王妃様を殺害!?)
ジュリエットは紫色の目を見開いた。
(王妃様が? 本当に王妃様が亡くなられたの!?)
驚愕するのも無理はない。ジュリエットが昨日、治癒の力をすべて注いだ相手はその王妃だからだ。
王妃は近ごろ、原因不明の体調不良に悩まされていた。王宮には高名な医師が幾人も仕えているが、誰も王妃を治せなかったばかりか、病名さえ判然としなかったらしい。
そこで王太子ナタンはジュリエットを呼びつけ、母上を治療しろと頭ごなしに命じた。
人にものを頼むならもう少し言い方というものがあるのではないのかとは思ったけれど、指摘してもナタンは逆上するだけだ。ジュリエットは黙って従い、臥せる王妃の枕元にひざまずいた。
ジュリエットが与えられる限りの祈りをすべて捧げた時。青白かった王妃の顔には紅の色がさし、枯れたように色あせていた皮膚にはみずみずしい脈動が戻っていた。
昨日の王妃は明らかに回復の兆しが見えていた。
それなのに、たった一日で急変して亡くなるなんて考えられない。
「そんなはずがありません! 私は確かに王妃様を治──」
「この悪女が! おまえが注いだのは治癒の力ではなく、人を殺す魔女の力だったのだな!」
弾劾するナタンの顔は、完全にジュリエットが王妃を殺したのだと信じきっている。
ナタンは腰に
「魔女を連行しろ!」
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