隣に相応しいのは
第12話 方向性の違い
この学校は変だ。敷地は馬鹿デカく、遊園地のアトラクションのように沢山の建物があり、学びたい学業を生徒自身が自由に決められる。
自由をモットーにしているこの学校だが、普通の学校のようにクラス分けされた教室が存在している。出席や日直があるのかと思いきや、みんな自分の席に物を出し入れするだけ。
俺は思った。ロッカーで十分なのでは、と。人によっては使う教材が多い事もあり、保管する場所が必要な事は分かるが、それなら尚更ロッカーが最適だ。ロッカーには鍵がついているし、収納スペースも机と比べて広い。この学校を作った人物は俺と同じ程度か、あるいはそれ以上の馬鹿だ。
「さっきから机をジッと見て、どうしたのさ」
鞄を肩に担いだ水樹が、俺の肩を掴んできた。教室にある時計を見ると、帰り支度をし始めてから、既に十分が経過していた。俺は十分もくだらない考え事をしていたのか。
「悪い、ちょっと考え事してた。帰る準備は出来たか?」
「十分前からね。帰る途中で食材を買っておきたいから、荷物持ちお願いね」
「今日の晩ご飯は?」
「カレー。アンタのにはコロッケのオマケ付き」
「俺を小学生のガキと勘違いしてないか? そんな事で喜ぶに決まってるだろ」
「しかもニンジン抜き」
「本当に俺のママだったりしない?」
「亡くなったお義母さんに悪いから否定しておく」
校舎から出ると、水樹を慕う男女の群衆が俺達を出迎えた。当然俺の事など眼中になく、水樹の邪魔にならないように、人一人分のスペースを空けた距離で水樹に声を掛けていく。
「星野様! 道中危険な輩が現れるかもしれません! 是非とも私にお供の役目を!」
「お姉様! 最近開いた新しい喫茶店にご興味はありませんか? 私共がご馳走させますわ!」
「星野水樹さん! 先日オランダから届いたアクセサリーを持ってきました! 是非、受け取ってください!」
人気者もここまでくると恐ろしく感じるな。これじゃ宗教だ。こんな連中の相手を毎日しているなんて、水樹も大変だな。
「みんな、いつもありがとう。でも、私には先約がいるから」
そう言って、水樹は俺の肩を掴んで引き寄せた。普通こういう時、女が男の腕に絡んでくるものだろ。
何十人もの視線が、俺に集中する。その眼は、水樹を見ていた時の心酔していた様子ではなく、憎き邪悪を見るような殺意が込められている。いっそブーイングが飛んでくれば気が楽なのだが、息をしているのかすら怪しい程に口を閉ざしていて気味が悪い。
「あー、えっと……お疲れさん?」
「フッ……!」
何故だろう、さっきよりも殺意の色が濃くなった気がする。水樹は水樹で、顔を俯かせて肩を震わせているし。俺なりに気遣っただけなのに。
学校から離れ、周囲に誰もいない道まで来ると、突然水樹が俺の背中を強く叩いてきた。
「痛ッ!? ど、どした!?」
「どうしたじゃないよ! さっきのアンタ、あれワザとなの?」
「さっき? あー、お疲れさんって言った事か? あれがどうした?」
「アッハハハ! あ、悪意が無いと知ると、余計、面白ッ―――アハハハ!」
「俺なりに気遣ったんだよ! あいつら、お前を誘う為に出待ちしてたんだろ? なのに無駄骨になってさ。なんだか悪い事したな~と思って」
「そ、そっか! ぜ、善意、なん―――アッハハ!」
「ッ!? いい加減にしろ!!」
初めて、水樹に怒鳴ってしまった。幼少期からの長い付き合いで、俺達は喧嘩をした事がなかった。怒鳴った俺もそうだが、水樹も驚いているようで、見た事もない間抜けな表情を浮かべていた。
「わ、悪い、怒鳴って……だが、いくらなんでも馬鹿にし過ぎだ!」
「別にアンタの事を本気で馬鹿にしてる訳じゃないよ」
「俺じゃない! アイツらの事だ! 俺の言い方が悪かったなら、俺を怒るべきだ! 面白がって笑うのは間違ってる!」
「面白くさせたアンタが悪い。それに前にも言ったけど、私にとって興味のない相手は邪魔でしかない。私の気持ちも考えず、自分勝手な連中ばかり」
「なら、期待させるような言動をするなよ。嫌ならキッパリと断ればいいだろ」
「断ったよ。断った上で、ああなんだ。どんなに酷い事をされても、彼ら彼女らは私に群がってくる。光に寄ってくる鬱陶しい虫だ」
初めて知り合った時から、容赦ない事を言う奴だと知っていた。だが、ここまで他人を下に見ているとは知らなかった。俺まで下に見られている気がして、苛立ちが収まり切らない。
「もう我慢ならん! お前とは絶交……まではいかなくても! もう口も利かん!」
「……ふ~ん」
「飯も自分で用意する! 登下校も別々だ! だが困った事があればすぐ呼べよ! それじゃあな!」
俺は駆け出した。水樹に背を向けて。今すぐ戻って謝りたい気持ちもあるが、謝ったら負けな気がして戻ろうにも戻れない。
水樹は間違っているが、俺も完全に正しいわけじゃない。俺は水樹のように沢山の人に囲まれた経験が無いから、水樹の気持ちを分かってあげられない。少し時間が必要だ。お互いの考えを理解出来る時間が。
考えなしに走って、気付けばアパートから遠く離れた場所まで来てしまった。見知らぬ道で一人立ち尽くしていると、丁度俺が立っていた場所にある電灯の明かりが点いた。
見上げてみると、まだ陽が完全に落ちていないのに、電灯の光には小さな虫が群がっていた。いつもは気持ち悪いと感じる虫の群れが、水樹の言葉を聞いた所為か、憐れに思ってしまう。
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