第11話 夢から覚めて
俺が把握している範囲で、金治さんに今回の事件を説明した。夜遅くな事もあって、いつもお茶を淹れてくれる女性が不在のまま、淡々と話がまとまっていく。
そうして、三十分も経たぬ内に俺は解放された。去り際「もう暴力沙汰は起こすなよ」と金治さんが言ってきた。振り返って見ると、金治さんは携帯を両手で持ちながら難しい表情を浮かべていた。
警察の人が家まで送ると提案してくれたが、今回の事件について考えたい事もあり、自分なりに丁重に断った。
ほとんどの建物の明かりが消えていて、物音一つ無い静かな夜。そんな中、俺は歩きながら考えた。もしも、と。
もしも、俺が金田信一に言い返さなかったら。あの日、公園で抵抗せず、大人しくボコられていたら。俺がしてきた事は全て暴力による解決だ。それが手っ取り早く、後腐れなく終われると信じている。
だが、結果はどうだ。関係ない人を巻き込む事態となり、木村さんは乱暴され、二人の家族は殺された。俺と同じように、孤児となった……いや、俺の場合、水樹がいた。信頼出来る幼馴染がいるかどうか、その違いはかなり大きい。俺がもし、金田信一のような犯罪に手を染めても、水樹なら事前に俺を殺してくれる。逆もそうだ。
木村さんと金田信一。二人は今後、どうなるのだろう。ここまで大事になれば、今後の二人の関係性は前以上に亀裂が走り、完全な絶縁状態になってもおかしくない。引き取ってくれる場所や家族がいたとして、二人はこれからも生きてくれるだろうか。木村さんは肉体的にも精神的にもダメージを負った。金田信一は一生消す事の出来ない罪を犯した。
いつもこうだ。俺が誰かに深入りすれば、不幸が訪れる。みんな、良い奴だったのに。俺と仲良くなった所為で。
俺なんか、死んでしまえば。
「どこ行くつもり?」
強く手首を掴まれた。掴んでいる手を目で伝っていくと、水樹がいた。考え事をしている間にアパートに着いていたが、俺は気付かず通り過ぎようとしていたようだ。
「酷い顔……本当に、放っておけないんだから」
水樹は俺の手首を引っ張り、俺の胸に顔を埋めた。服越しでも、水樹の温かい体温が伝わってくる。凍っていた俺の体温が、水樹の温かさで溶かされていくのを感じる。体の奥底から湧き上がってくる安心感に、涙が流れた。
「アンタは昔から変わらず、弱いままね」
「……ごめん」
「謝るくらいなら、強くなりなさい。私が安心出来るくらい。私がアンタを守らなくてもいいと思えるくらい、強く」
その日は酷い夢を見た。死んだはずの両親と妹が、俺を抱きしめてくれる夢。みんな口を揃えて「私はいつまでもアンタを愛している」と連呼する。夢の癖に、妙に現実味のある温かさがあった。その温かさは水樹の温かさだったが、当の本人はその場にいなかった。
目を覚ますと、俺は当然独りだった。夢の中でも、これは夢だと分かってはいたが、いざ目を覚ますとやはり消失感を感じてしまう。
布団から起き上がろうと体を捻ると、目と鼻の先に水樹が座っていた。
「うわぁああぁ!?」
「酷い奴。私がまるで化け物みたいな反応してさ。起きたなら早く朝ご飯食べて。ビックリしたから目覚めは良いでしょ」
自分の左胸に手を当てた。異常なくらい鼓動が動いている。幸いにも、心臓は破裂していないようだ。
水樹が用意してくれた朝飯を食べ、制服に着替えて外に出ると、アパートの前に一台の車が停まっていた。近付いていくと、運転席側からアクビをする金治さんが降りてきた。
「余罪は無いです」
「無免許で車を運転した事を隠していた癖によく言えたな」
「え? なんで分かったんですか!?」
「警察舐めんな。まぁ、お前が派手に暴れてくれたおかげで、今まで闇でヒソヒソやってた連中を一気に逮捕出来たから、大目に見てくれと言っといた。逮捕した全員、普通の生活も出来ない程に虫の息だったぞ」
「俺に感謝してくださいね」
「お前が俺と少年法に感謝するんだよ。ロクに睡眠もとれず、これからまた仕事なんだぞ? あーあ、体が壊れちまうよ」
「ご愁傷様。で? 俺に文句をつける為だけに、今の住所を調べてまで来たんですか?」
「まぁそれもあるが……お前に別れの挨拶をしたいんだとよ」
金治さんが後部座席側のドアを開けると、木村さんが降りてきた。警察が新しい服を用意したようだが、俺が着せた上着を今も着ている。
「相馬君……」
「……眼鏡じゃなくて、コンタクトにしたんだ」
「殴られた時、割られちゃったから……」
開幕一番の失言に、金治さんは頭を抱えていた。俺だって自分自身をぶん殴りたい。
「えっと……アイツ、金田信一は―――」
「ゴホン! 早めに挨拶を終わらせてくれないか? 俺だって暇じゃないん、だ!」
金治さんが睨みをきかせて俺を威圧してきた。もう何も言わないようにしよう。
「相馬君。昨日の……ううん、今までありがとう。実は、初めて相馬君と会った時にアドレスを教えたのは、信一からのお願いだったの。あの動画の事もあって、渡しに行った時、私凄く怯えてた」
「無理もないよ」
「でもね! そこから段々とお話を重ねて、相馬君の優しさに気付いて、居心地の良さを感じて……相馬君といた時間は、私の人生で一番の幸せだった! たった数日の間だったけど、あんな幸せは、もう二度とないと思う。地方にいる祖父母の家に引っ越す事になったけれど。もう、会えないかもしれないけれど。私は、相馬君の事を忘れないから」
木村さんは俺に深々と頭を下げると、車に戻ろうと背を向けた。
「……相馬君。私が相馬君の隣で読んでいた小説、憶えてる?」
「ああ」
「最後、どうなったと思う?」
「……本命の相手と、結ばれた?」
「全員と結ばれたよ。醜くて汚い、酷い終わり方だよね」
そう言い残し、木村さんは車に乗った。車のエンジンが点き、木村さんを乗せた車が俺から離れていく。こういう時、ドラマとかなら必死に追いかけていくのだろう。
でも俺はその場から動く事なく、徐々に見えなくなっていく車を見送った。追いかければ、木村さんが怒りそうな気がして。
「さぁ、私達も学校に行くよ」
「……そうだな。あー、土日を過ごしたはずなのに休んだ気がしないな! 今日は一日中、数学の授業でも受けるか」
「寝るなら別の場所にしときなさい」
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