泥華満来──モブに転生したので作品をグチャグチャにしてでも死の運命が決まってる推しを救う話
幼縁会
第一章──『人間道再走編』
第1話『喧嘩の売り方・売られ方』
まだ修正が効くという悲鳴と、今すぐに引き返せという断末魔の叫びが鼓膜を揺さぶる。
既に破綻した物語の行きつく先など、最早誰にも──それこそ
一当事者──不遜にも舞台へ上がった名も無き
路地裏。腐臭と饐えた水の臭いが鼻腔をくすぐる薄暗い空間に、けたたましい剣戟の音が響き渡る。
ぶつかり合うは二つ。
一つは一対の包丁。
刀身を赤錆で覆った得物は碌に整備された様子もなく、刃毀れもまた著しい。食材を捌くには度を超えて不適切な刃物であり、刃に精通したものであれば不良品の烙印を押すのに躊躇は無い。
一つは漆黒の枯れ木を連想させる杭。
不格好な痩身に彫られた得物は一応刺突に不自由はないのだろうが、極貧でもなければ好き好んで握るものでもない。長年握り締めた武具ではなく即興で拾い集めた末枝の方が正確であり、喩えるならば村民の反乱で持ち出される代物。
いずれにせよ鎧を穿つには及ばないはずの凶器達が、幾十幾百と刃を重ねる様は幻覚の類さえも疑えよう。
「その身に宿る狂気……いったいどれほどの悪意に濡れれば、ここまで堕ち果てるか」
両の手に杭を握り締めた魔人は鋭利な金の眼差しを対峙する敵へと注ぐ。
鬣の如き白髪を振り乱し、左右に立ち並ぶ壁を自在に飛び回る影を見逃さんと視線を追随させた。
少なくとも敏捷性に限って言えば、眼前の相手は間違いなく自らを凌駕している。元より迫る敵を捻じ伏せる迎撃こそが本分故に苦虫を噛み潰すまでもないが、体躯を見れば全くの無関心ともいかない。
「
「難しいこと分かんないけど、えーと……もしかしてちごってジルのことー?」
深淵より響く声音に応じるは、戦場には場違いな甲高い子供の声。
やや舌足らずな調子で問いかけの意味も把握せず、更には質問を返す始末。三桁を超える数の刃を重ね、蝙蝠を模したマント諸共に背中を抉られなければ魔人も事実を認めることはなかった。
ジルと名乗った声の主は幼いながらもかけられた質問へ答えるべく、頭を捻る。
「死を求めてって言ってもねー、んー……ジルはただしあわせになりたいだけだよ」
「幸せ?」
「そう! ジルはしあわせになりたいんだ。だから……」
実際に刃を重ねる最中でなければ元気良き挨拶の刹那、魔人の背中に怖気が走る。
悍ましいまでの殺気に振り返り、素早く杭を一閃。
大気が張り上げる悲鳴と手に伝わる確かな痺れは、目算通りに敵を捉えた証。
「おじさんはここで死んで!」
切り結ぶは赤錆の目立つ得物を握り締めた幼子。
左右に跳ねた白髪を腰の辺りまで伸ばし、端々が擦れた白のロングワンピースを着用した子供。白磁の肌を覆う黒の手袋に矮躯に似合う細腕は、幾度の防衛線を以ってただの一度も祖国の土を踏ませなかった魔人とぶつかるには不相応この上ない。
が、見開かれた翡翠の瞳と三日月を彷彿とさせる口端、そして右の額に縫いつけられた傷痕を思えば、ある意味では相応なのか。
「我が身も未だ望むものは遥か最果て、ここで朽ちては意味もなしよ!」
「なんか全く分かんない!」
「なれば端的に述べよう。貴様が朽ちよッ!」
互いの裂帛なる気迫が正面から衝突。
周囲に弾ける空気が舗装された赤煉瓦の道を捲り上げ、建物の壁面に数多もの亀裂を走らせる。
そして対峙するは、一組ではない。
「この、殺人鬼如きが!」
細腕を振り上げ、振り下ろされるは鉄槌の拳。
潤沢なる魔力を存分に活かして身体強化を果たした一撃は、正面から防御したとしても得物諸共に人体を粉砕して有り余る破壊力を有する。
直撃さえ許せば。
「こ、のッ……!」
しかして迫る暴力的なまでの圧力を前に、対峙する少年は剣の切先を軸に横へ勢いを逸らし、破壊の奔流を地面へと誘導。大地を震撼させ、揺れ動く衝撃に歯を噛み締める。
追撃として唸り声を上げて放たれる左拳をバックステップで回避するも、叩きつけられる風圧だけでも耐え凌ぐのに魔力を両足へ注がねばならない。
冷や汗の一つも吹き飛ぶ危機の中、何故か苛立ちを露わにしたのは正対する少女であった。
「だァァァッ。このッ。何なのコイツ、見るからに弱いのになんでこんなにッ?!」
「ハァ……ハァ……こちとら、防戦一方なんだが……!」
剣を杖代わりにして息を切らすは、黒髪を乱雑に切り揃えた少年。
王立騎士団指定の青を基調とした制服の上から両手足に白銀の甲冑を纏い、瞳に漆黒を宿した様は王都では珍しい。が、特筆する程ではなく、東洋の国ならば平凡でさえある。
平凡さは戦闘力に関しても同様。
「
ヴェアヴォルフ!」
二つ結びの金髪を揺らして少女が背後へ呼びかけるも、魔人は金の眼差しを注ぐのみで足を動かす様子は皆無。
癇癪声で足止めが叶っている──少年の推しが活躍できていると理解し、口端を俄かに歪めた。
「どうせ原作通りに進んだところで、ジルの死は確実なんだ……だったら、ここらで致命的な路線変更も、アリと割り切るかな……」
か細い声を漏らし、少年は操り人形よろしく立ち上がる。
自力とは思い難い不気味な挙動は見る者に恐怖すら抱かせるものの、少女はサファイアを彷彿とさせる蒼の瞳を鋭くして戦意を一層に滾らせた。
「何を訳分かんないことを。因果操作の魔術でも扱うっての?」
「いやいや……単なる
質問と共に少女を切り伏せんと腰を落として半身の姿勢を取り、片手で握っていた剣に左手を沿える。
確かに少女の視点で見れば、次の手が読めているにも等しい先手打ちは何らかのカラクリを予想するのが自然というもの。だが、彼からすれば幾つかある既知の手札から打ってくる手段を予想しただけの話。
死力を尽くして手札を予想し、博打染みた手段に興じてまで防戦一方というのも滑稽といえば滑稽だが。
自嘲の声を自然と零し、黒髪の奥から少女を睨む。
静かに呼気を、余分な意識と共に吐き出す。
「彼のフラン・ホーエンハイムを相手に、刃を交えるってのも悪くはない……!」
「フン、どうやって私のことを知ったか知らないけどッ」
足裏で地面を踏みつけ、重心を素早く右足へ移して震脚。
身を屈めて突撃するフランは一瞬の内に少年の懐へ飛び込むと、背後へ伸ばした両腕を破城槌の如く振るい、同時に魔力を開放。空間を抉る全霊の一撃は人間一人に放てる領域にあらず、魔人と対峙するジルを以ってしても不可能な対城兵器とすら形容できた。
都合何度目ともなる衝撃が身体を襲う中、少年は持てる魔力を細部にまで行き渡らせて刀身を強化。網目状に張り巡らせた魔力が極光を放ち、虹彩が路地裏を照らし出す。
こと懐にまで接近を許した時点で、軌道を逸らしても魔力伝播を伴う炸裂の余波で地面ごと吹き飛ぶのが目に見えている。同様に空を切らせても破裂した空気が少年の身体を引き裂くのが明白。故に迫る凝縮された破壊を前に、残された手段は正面から受け止めてやり過ごすのみ。
「朔日流剣術が奧伝、大手を振ってまかり通る!」
漆黒の眼光をぎらつかせ、サイク・M・ハイラインは狂暴な笑みで迎え撃つ。
そして同時に振り返った。
何故致命的なまでに原作を歪めるに至ったのか。何故自分はハイライン領の三男として生を受けたのか。
何故、自分は死した後に別人として生き返ったのかを。
次の更新予定
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