疑問符を括り
ふぁっしょん
序
空の色が抜け落ちていくのをみていた。
白と赤が薄らいで、青と黒が滲んでゆくのをみていた。
風よりもずっと冷たいコンクリートを尻に敷いて、てのひらで砂のようなかけらを押しつぶすようにして。
それから、改めて吹いた風に身震いした。
夜風が湿り気を帯びていた。雨が降るのか、曇るのか、しらないけれど。
「おい」
い、の音が掠れるように細い。
視線をこぼすと、見慣れた男が立っている。
先生。
「……そろそろ帰りなさい」
その言葉に、思わず苦笑いが出たから、私は瞬きをすこし、した。
指先に力をいれると、ひどく冷えている。
だから、てのひらで押し出すようにして立ち上がった。
スカートをはたいて、服の端を引くと、制服はきっちりと整ったらしい。
私は屋上階段に歩き出して、歩いて、開かれていた戸の内側に入った。
振り向くと、先生は両手を口のあたりにかざしている。
煙草を吸おうとしているらしかった。
風が強いからだろう、ライターの火を手で覆っている。
そして火が移って、口元が赤く光ったのがみえた。
私は視線を外した。
屋上から階下へとつながる踊り場は、明かりも点いていないから、ひどく暗い。
ただ下の階の照明の白が、伸びているだけだった。
やりたいことがない、とか、やるべきことがない、とか、やるべきではない、とか、そういう言葉を並べているうちに日も月も過ぎて、気が付くとモラトリアム期間は随分と過ぎていた。
そういう具合なのに、積もっていくものをみると、時間ばかりのような気がする。
誰に話すということもないけれど、そう思う。
誰にも話したこともないけれど。
家に帰って、机と、デスクライトと、スケッチブックと、鉛筆を順に握った。
滲んだ線を引くと、霞んだ雲に見える。
陽も月も書かない。空いた隙間が光になるからいらない。
風がゆっくりと流れていくのを、薄く塗りこんだ。
潰れた黒い粒が、塵のようにも、まだらなだけにも思える。
私はそれで満足して、床もフェンスも描きたくなくて、だから輪郭の線だけを引いた。屋上でみた空はこれだけでいい。
ふ、と息を吹きかける。
細かな粉が飛んで散る。
描き終わった絵を改めてみた。
ところどころ白く色が抜け落ちたまっ黒い空に、うす暗い風が吹いている。
そして、筋張った線が、その隙間に落ち込んでいた。
見慣れた具合の、なんだかつまらない、夕暮れの終わりができたから、私はスケッチブックを持ち上げて、前の前の前を捲った。
似たような景色が描かれていた。
その前の前の前の前も、似たような景色が描かれていた。
それから、その前も。
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