第9話
太陽が墜ちる。
あらゆるものを灰燼と化さんと、火の脅威がコロシアムに迫る。
戦場全てを焼き払う。
なるほど、攻撃を相手に当てるなら最適解だろう。
まともな発想では躱せるはずもない。できることと言えば、俺のように地中深くに潜り込むか、あるいは防御で凌ぎきるくらいだろか。
だが、今回は地面に潜らない以上、逃げ場はない。
このままいけば、生き残るのは術者本人であるメテオラくらいだろう。
では、どうするべきか。
「よし、『七つの円環 白亜の居城 守護なる焔牙 最後に笑うは孤高の勇盾』」
詠唱による効果補強。
あとは、ありったけの魔力を盾にぶち込む。
折り畳み式。
小振り。
合金製。
平常時はバッグとしても使用可。
携行性に優れること以外は普通のシールドが、大量の魔力で異常な輝きを放つ。
盾の形状を象ったまま魔力が溢れそうになるが、強引にそれを圧縮していく。
そうして濃密な魔力を湛えた盾を、静かに天へとかざす。
「なんだ?」
「初めて見るぞ」
「おい、まさか………」
いわゆる新技お披露目である。
まあ、やってることは魔力を盾状に開放するだけの魔力運用だが。
精度もクソもない。
魔力量だよりの単純防御。
だが、馬鹿げた量の魔力を使えば、それは馬鹿げた効果になる。
『
爆ぜるような勢いで魔力の防壁が展開される。
それはドーム状に拡大し、コロシアムを覆ってなお広がり、遥か頭上より飛来する陽光と―――
――――――激突した。
凄まじい衝撃に、両足が地面に沈む。
圧力に思わず膝を着きそうになる。
焔が魔力の壁を焼く。
太陽が盾を砕き始める
目に見えて押されている。
人と龍の残酷なまでの出力差、故に拮抗には至らない。
だが、確かに致死の紅蓮と防いでいる。
「素晴らしい」
メテオラが微笑む。
だが、所詮は時間稼ぎ。
放っておいてもいずれ崩れる。
故に警戒するべきはレンジではない。
見るべきは、こちらに向けて疾走する剣士をおいて他にない。
「第2ラウンド、というやつですわね?」
「………っ!」
メテオラの指が鳴り、展開した火球がユイに殺到する。
拳ほどの無数の火。
それら一つ一つが生き物のように独自の軌道を描き襲う。
規格外の魔力操作による全方位多重爆撃。
「白式・幻運」
「あら」
だが、当たらない。
独特な加減速を繰り返し、あるいは間隙に身を差し込み、死角から襲う魔弾すらも躱し切り、無才の剣士は火球群の包囲を突破する。
まるで全ての火球の動きを把握しているかのような動きの正体を、龍姫は容易く看破する。
「高精度の魔力感知、ですか」
「はい」
魔力を感じ取るだけの技術。
誰にでも可能なありふれたものを、御影ユイは極めて高精度に研ぎすませている。
「それなら、確かに逆鱗の位置もわかりますわね」
「ええ、確かに貴方の胸元に見えてます」
ユイがメテオラに肉薄する。
互いの喉元に手が届く距離。
それは、もはや魔術ではなく剣士の間合いだ。
逆鱗に向けて斬撃が放たれる。
「触れさせませんわよ」
「………っ!?」
メテオラの拳が斬撃を払い、カウンターで蹴りが放たれる。
ユイが咄嗟に剣で受けるが、身体ごと弾き飛ばされる。
再度構えるが、剣の間合いからは大きく外されてしまった。
「ふ、多少は見れるようになりましたわね?」
「今の、は」
メテオラは力任せの打撃から、打ってかわって舞うような一撃。
積み上げられた術理を感じさせる、合理の動きへと切り替わっている。
「格闘術くらい多少は嗜みましてよ。まあ、今までは使っていませんでしたが」
「………なるほど」
「技によって力を制されるなら、こちらも技を使うだけの事ですわ」
力押しは崩せても、技術があるなら話は変わる。
少なくとも数度の交錯で防御が崩れる程、目の前の相手は甘くない。
チェックメイトです、とメテオラが告げる。
上空を見る。
30秒が経過した。
天を支える巨盾が砕ける。
「ダメかぁ!」
少年が悲鳴を上げる。
防壁が崩れ、太陽が再度墜ちる。
次に阻めるものは何もない。
「貴方は念入りに焼いて差し上げますわ。まあ、ただのニンゲンにしては、なかなか――――――」
「―――
だらり
ユイが異様な前傾で脱力する。
夜に佇む柳を思わせる、緩み切った構え。
無才の剣士はまだ諦めていない。
「いいでしょう、来なさい」
火が墜ちきる前の、破れかぶれの玉砕狙いか。
だが、その程度ならば軽くいなしている間に決着する。コロシアムに立つのはメテオラのみだ。
盤面焼却による完全決着。
すでに、ただの人に打つ手はない。
故に、無才は究極へと踏み入った。
「――――――斬魔」
太陽が斬り裂かれた。
赤を割る銀閃。
極限の焔が霧散する。
「魔術を斬った!?」
「うせやろ」
「剣士ってあんなんできんの!?」
剣士より繰り出されたのは平凡極まる一太刀。
人外の膂力も速度もない、魔術も異能も介在しない、ましてや神の奇跡ですらありえない。
そこに種も仕掛けもなく、一人の人間が辿り着いた努力の結果。
人の最果て。
斯くして、龍は太陽の消失よりも、少女の一刀の輝きに目を奪われた。
その隙はあまりに大きい。
「白式・絶踏」
「――――――っ!?」
メテオラとユイの距離が一足で詰まる。
瞬間移動とすら思える、一瞬の踏み込み。
再度肉薄した剣士が剣を振るう。
メテオラが反射的に防ごうとするがあまりに遅い。
ただの刺突が両手のガードをすり抜ける。
剣が喉元に届く。
りぃん
薄硝子が鳴るような音。
静まり返ったコロシアムに、それは良く響いた。
逆鱗が砕ける。
龍と剣士に会話はない。
はらりと花弁が落ちるかのように、龍姫はただ静かに地に伏した。
***
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