第8話



 学園都市【天地】にて発生した突発試合。 

 対戦カードは龍の系譜メテオラ・F・ドラゴニアと序列0位(蔑称)詠坂レンジペア。

 

 学園の生徒には見慣れたマッチングだ。

 

 種族性能の暴力で圧倒する龍姫と、センスはないがアホみたいな魔力量と生命力でひたすらに逃げ回るレンジの、いつも通りの泥仕合。


 害悪使い詠坂レンジがボコボコにされる姿が見れる。


 もはや一つのコンテンツと化した戦いが今回も始まる予定だったのだ。



 本来ならば。



「――――――ふッ!」

 

 ユイの剣撃が繰り出される。

 当然のようにメテオラのがら空きの胴に一撃が入る。

 

 致命傷ではない。


 龍人の肉体強度の前では、せいぜいが肌を浅く傷つける程度だ。


 だが、それでも翻弄されている事実が、メテオラのプライドを大きく傷つける。


「こ、のォ!」


 瞬時にメテオラの姿が消える。


 竜翼による瞬間的な加速だ。

 羽ばたきの断続的な加減速、既存のフットワークを組み合わせた立ち回りは、乱反射が如き立体機動を生み出す。


 初見で見切るのは困難。


 大抵の人間は対応できずに崩される。


 だというのに


「白式・流転」

「………………っ!」


 背後からの奇襲を、背に回した剣で受けられる。


 ユイの足場にビシビシと地面に亀裂が走るが、それだけだ。

 城砕きの一撃は彼女に届くことなく、その威力の大半を地面に流されている。


 先ほどからずっとそうだ。


 当てさえすれば一撃で勝敗を決する自信がある。

 だが、全ての攻撃をいなされ、流され、崩され、そして剣で斬られる。


 魔術も異能も介在しない。

 

 ただ、ひたすらに洗練された純粋な剣技。


「きれい………」

「剣一本で龍姫と渡り合ってる!?」

「すげぇ」


 観客が沸き立つ。


 誰から見てもこの状況は明白だ。




 戦場は無名の少女剣士の独壇場と化していた。

 


□□□ 



「なんだあれ.........」


 異常な光景を遠巻きに眺めている。


 メテオラ・F・ドラゴニアの実力評価はAランク。

 国際規格の評価基準であり、最低でも準英雄クラスの実力ありと称されるランク帯だ。

 

 経験的に言うならスペック上は完全に英雄並のメテオラと戦えている人間が一人。


 思わずユイのステータスをみる。


ユイ

レベル45

攻撃:D

耐久:E

技量:C

敏捷:E

魔力:欠落

スキル:剣術C 魔力感知A



「ん~?」


 別段、おかしいところはない。

 能力構成は技量よりの剣士といったところだろうか。


 気になるのは魔力ステータスがないことくらいかな。

 

 一般人でも魔力があるので最低でもEはあるはずなんだけどな。


 まあ事故とか呪いが原因で魔力を失うことはあるので、すごい珍しい事でもないか。 


「ん?」


 激戦を繰り広げる御影ユイを二度見する。


 あれ、ドラゴン相手に魔力なしで戦ってんの?


 肉体強化もなしに?


 生身の人間の身体能力で?


「………」


 なにそれ怖い。


 どんな鍛錬したらそんなことになるんだよ。

 この能力値でその実力は明らかに尋常じゃないレベルの積み重ねでようやく手が掛かる領域だと思うんですけど。

 

 趣味で毎日、強者を辻斬りしてますとか言われても信じるレベルだ。


 御影ユイ。


 こいつは相当な曲者かもしれない。


 流石は世界連盟。

 ややピーキーな感じはするが、このレベルの人間をさらっと派遣するあたり、人材の層が厚過ぎる。


「よく生きてたな、俺―――ぐおっ!?」


 突如、爆炎を喰らって吹っ飛ばされる。

 何事かと見れば、メテオラが魔力を解放したところだった。


 膨大な魔力が焔に代わり戦場を舐める。


 先ほどのインファイトから打って変わっての強大な魔術行使。


 熱と焔の制圧に、ユイもメテオラから距離を取る。


『______瞬き 紅蓮 この世の終始 真なる祝言は我らのもとに』


 ヤバい、と内心で呟く。


 メテオラが本気を出し始めた。


 純粋な肉体性能で大抵の存在を蹂躙できるのがメテオラ・F・ドラゴニアという存在なのだが、奴の本質は龍である。


 当たり前だが物理のみならず、魔術においても頂点に君臨している。


 紅蓮の炎が舞い、コロシアムの温度が異常な勢いで上昇する。


「莫大な魔力の高精度な炎術変換、これが貴方の真言ブレスですか」

「………ええ、私の真髄。引き出されるとは思いませんでしたわ」


 舞い散る炎がメテオラを遥か頭上へ集束する。


 生み出されるのは単なる火球だ。

 ただし、圧縮と膨張が繰り返された極限の代物だが。


 これを落とすだけで戦場全ては焦土と化す。



 あとには何も残らない。



 メテオラが本気を出すとはそういう事だ。


 彼女にとって戦場とはいつでも焼き払えるだけの盤面に過ぎない。


「うおおおおお!!」


 爆速で穴を掘る。


 コロシアム上で死ぬことはないとはいえ、あの一撃はシャレにならない。


 下手をするとトラウマになる。


「よし、穴に先に入っていいぞ!」


 メテオラが本気を出す前に倒せればよかったが、メテオラの防御を突破できなかった以上は仕方のない事だ。


 本気を引き出すだけでも偉業である。


 メテオラも多少は大人しくなるだろうし、これでいいんじゃないだろうか。

 

「まだです」

「え?」

「彼女の逆鱗を砕けば、それで勝利できます」

「ええ、いやまあそうかもしれんけど」


 逆鱗。


 余りにも有名な龍の弱点だ。

 

 他の鱗に比べて各段に脆く、砕くとメテオラをほぼ無力化できる。

 

「でもそれ、死ぬほど抵抗されるぞ」


 具体的には馬鹿げた密度で展開される火炎魔術を突破したうえで、近付いたメテオラと肉弾戦を制さなければならない。


 俺は一度それをやって殺されかけた。


「先の戦いで位置は概ね把握しました、近付けば砕けます」

「なんでわかるの………?」

 

 メテオラも滅茶苦茶慎重に隠してるんだけどな。


「あとで教えますね」

「まあ、わかるならそれでいいさ。なんかすればいい事ある?」

「三十秒ほど時間を稼いでもらえれば」


 ユイがメテオラの頭上の頭上で輝く火球を指す。

 よくみればサイズが直径20メートルくらいに成長しているし、莫大な熱と魔力で辺りの空間が歪んでいる。


「………………頑張ってみるわ」


 まあ、これはチーム戦だ。


 せめてペアとしての働きくらいはしよう。


「相談は済んだかしら?」

「まあな、今回の戦いは俺たちが貰うぜ」


 突撃を読んでいるのだろう、無数に火球を展開するメテオラに言い放つ。


「随分、やる気ですのね?」

「後輩が勝つって言ってるんだ。ここは先輩として応援しないとな」


 それに、と続ける。


「俺の方も、お前に勝つ方法を思いついた」

「ふ、それは楽しみですわね」


 メテオラが微笑む。


「ミカゲユイ、だったかしら?」

「はい」

「見くびっていたことは謝罪します。しかし、その上で勝つのは私ですわ」

「いいえ、勝つのは私たちです」


 そう来なくては、とメテオラが魔力を巡らせる。


 大気そのものが脈打つかのような魔力の胎動。


 もはや彼女に慢心はない。

 ただその彼我の実力に確信を持ったうえで圧倒的な敵を討ち倒す、ただそれだけだ。


「それでは御機嫌よう」


 メテオラは謳う。



 それは世界における発熱の顕現。


 

 生命における始まりの一。

 


 赤き龍が司る火の権能、熱の祝福。



 故にその名は――――――


 

灼熱の星唱ファイア・ブレス



 俺は何度見ても馬鹿げた威力だと笑う。

 上空で形成された火球を膨張・圧縮させて対象に撃ち落とすだけの魔術。しかしその威力は英雄たちの奥義にも匹敵するほどの精度を誇る。


 陳腐な表現だが、わかりやすく言えば、こうだ。




 極小の太陽がコロシアムに墜ちてきた。



 

 

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