散乱

@suzu_TRPG

散乱

 片鱗 アフターストーリー

 散乱


 六月二十八日、雨。

 昼を過ぎたばかりにしてはあまりにも暗い窓の外。シトシトと風情を醸し出す紫陽花と小汚いオフィスを隔てる窓ガラスに、二人の姿が反射する。

「くみこさ~ん。くーみーこーさ~ん??」

 やけに冷たい声と除湿機の音が室内に響く。声の主は、平凡な女子大生という言葉がびっくりするほどふさわしい、平凡な女子大生。なにか作業をしていたのだろうか、職人が着るような作業着に、耳元の大ぶりなイヤリングが場違いに映える。

「ったく、何で起きないかなぁ……」

 ギラギラと獲物を見定めるようににらみつけるその視線はしかし、目の前で寝こけている女に届くことはない。

「うーん、よし。あれやるか」

 呆れたようにもう一度目の前の女を見やった彼女は、どんよりとした窓の向こうを見つめ、

「あー、すごーい。あんなところにめちゃくちゃなイケメンがー。」

「どこっ!?」

 -こいつを起こすことに成功した。

 革張りのソファーに足を持て余しながらだらしなく夢を見ていた目の前の女は、ずれ落ちかけていたサングラスを放り、長いベージュの髪を撫でつけ、最後に服の皺を整えるまでを恐ろしいスピードでやってのけていそいそと窓際に向かう。

「おはようございまーす。仕事ですよ、役立たずの『ヒモ女』さん。」

「イケメンはどこかなっ?」

 皮肉たっぷりの「ヒモ女さん」発言を華麗にスルーし、百八十センチは超えているであろう長身を屈ませてキョロキョロと外を見渡す彼女。立っていると、そのスタイルの良さが嫌でも目につく。

「いませーん。イケメントラップ連続記録二十八日目でーす。コングラ」

「やったぜ」

「褒めてないんですけど」

 はぁ、とため息をつきながらこの美人、くみこさんを席に促す。

「仕事ねー、仕事。何日ぶり?あ、コーヒー入れたげる」

「二十九日ぶりです。」

「なんとまぁ」

 コーヒーの香りが既に充満する室内。

「ヒモでもたまには仕事しましょうね」

 抽出作業を待つ間に、キッチンから戻ってきた彼女は、艶めく長髪を掻き上げ、格好つけてサングラスをつける。

「あいあいっ。他称『ヒモ女』、自称『名探偵』のくみこちゃんも、たまには名推理かましたりますか。ね、助手クン?」

 助手と呼ばれた彼女は気合いを入れ直すように、手に持った書類を机にトン、と置く。

「頼みますよ……『迷探偵』さん」


 ここは「探偵事務所・ほどき」。町の外れにある、無名の探偵事務所だ。近隣住民でさえほぼ存在を忘れているような小さな事務所に、約一ヶ月ぶりの仕事依頼が舞い込む。その一ヶ月前の衝撃的事件-通称「阿笠クルス事件」-だって、人々は知るよしもないだろう。それはまた別の話。

 ただ、先月のトンデモ事件と比較すると、今回のそれは非常に「しょっぱい」案件だった。

「犬っころの捜索……」

 美人顔を分かりやすくげんなりさせる美人は、できたてのコーヒーを無言ですする。

「はい。依頼人とは既に契約締結を行っています。期限は一週間ですが、できる限り早く……可能なら今日中に見つけたいです」

「んー……んぁ?」

「それでは今からワンちゃんの特徴を説明しますので、裏面をめくってください」

「うん……うん」

 くみこの目は、カフェイン摂取後とは思えない速さで閉じていく。

「まず、飼い主は近隣住民の三十代男性。独身のイケメンで-」

「ほう!」

「-焦げ茶の柴犬赤い首輪ゴン太四歳です!」

「助手クンは……随分と、面白くなったね?」

「特徴、覚えましたか?」

「おかげさまでね」

 くくっと笑うくみこ。憎たらしさなんて吹っ飛ぶようなその愛らしい笑顔に釣られない人などいるはずもなく、助手の口角も心なしか上がる。

「それじゃあ、久々のご依頼です。頑張りましょう!」

「よし、頑張ってこい!」

「あーーーダメだこの人」

 探偵と助手が表に出るまでに、あと十五分ほどの攻防がある。

「やーだやだやだ行きたくないーー!」

「自称『名探偵』はどこ行ったんですか!ほら、名探偵!くみこさん!」

「今は『コーヒーマイスター』だもん!!」

 なお続く二人の騒ぎ声を、雨が密かに吸っていく。


 で。


 ccb<=60【目星】(1D100<60)>92>致命的失敗


「「見つかんねぇ~~」」

 二十時。事務所付近、住宅街。相合い傘状態の探偵と助手は、犬の捜索に励んでいた。

「なんだかジメッとするし……こういう日は人の往来も多くないし……はぁ~」

 励んでいた。

 十四時から始めた捜索は一向に終わる気配を見せず、なんとなく切り上げるタイミングも見失ったままだ。

「良いじゃないですか。梅雨って何だか落ち着くし、湿度がちょうど良いし……」

 助手は、ブロック塀に囲まれた路地を地道に探索しながら返答する。平均的な女性の身長を雨が濡らすことはない。百八十センチの大女が持つ成人男性用の傘が、助手の周りの雨粒を完全に防御している。

「ふうっ、このエリアは調査お終いです。残念ながらいないですね」

 そこまで残念そうなそぶりも見せず、助手はポケットを探る。

「ええっと、地図アプリは……」

「んー。」

「くみこさん。何考えてるんですか」

「んー。」

「全く……ヒモ女さんは傘係一択ってワケですか」

「あ?あー、ごめん。」

 疲れが見え隠れする助手の横で、くみこは上の空だ。

「いやさ、明日の呼び名は『百面相』か『阿笠マニア』かどっちが良いかなと思ってだね」

「明日も心を込めて呼ばせてもらいますよ、ヒモ女さん」

 助手は呆れつつも返答をし、たぷたぷと両手で地図アプリを操作する。

「既に二丁目まで捜索を終えていますから……ゴン太くんがいるのは一丁目という可能性が高いですかね?隣町まで行くというのは非現実的ですし……うーん、でもなぁ」

「お、何かお悩みのようだね」

 目元に皺を寄せる助手に目ざとく反応し、くみこの目が楽しげに光る。

「しっかたないなぁ~。くみこの名推理、出番ですか……」

 くみこはわざとらしく顎を撫で、左手で眼鏡の弦をいじる。


 ccb<=60【目星】(1D100<60)>70>失敗


「私の名推理によると……ずばり、ゴンちゃんは~一丁目にいる!」


「どうも~」

 一瞬の間の後に、悲しすぎる助手の返し。くみこもくみこで、冗談なのか何なのか分からないアホっぷりを露呈する。

「ちょ、助手クン?」

 さすがに心にきたのか、慌てたようにくみこは言葉を重ねる。

「い、一丁目だけだと範囲が広いよね~さすがに。そ、そうだなぁ。一丁目は駅前だから、逆ナンにはさいてき……」

「……」

「っていうのはもちろん冗談で~。そうだっ!お寿司屋さん!ネコはお魚が好物……すなわちそれは、以下の真実を指し示すっ!ゴンちゃんはお寿司屋さんにいる!」

「犬ですよ、このヒモ女!!」

 さすがの助手も無視し続けられず、キッとくみこを睨む。耳元の水晶が大げさに揺れ、光る雨粒を反射する。

「うわ、めっちゃ美人……じゃなくて、喋るとこうなんだもんなぁ……」

「ども♪」

「あー、もういいいか……いや、うーん、でもなぁ」

 助手は、何か腑に落ちないというように首をかしげる。

「助手クン?お悩みは吐き出しちゃった方が良いんじゃないの?」

「あー、実は……」

 助手が再度、くみこの瞳を見つめる。その顔は、非常に困惑しているようだった。

「この状況、ちょっと考えがたいというか……あり得ないんですよ」


 ---


「地図の再確認をしましょう。画面、見えますか」

「うんうん……で、これはどこの地図?」

「ここらしかないでしょう……」

 助手が感じたという「ありえなさ」。その共有と-こちらが本命な気はするが-、腹を満たすため、二人は寿司屋にいた。

 駅前にある有名回転寿司チェーン店の最奥ボックス席。レーンに流れてくる寿司の少なさに、近年のSDGsか、はたまた店員のやる気なさを感じる。二十時半というかき込み時にもかかわらず、店内に人はまばらであり、相談をするには想像以上にうってつけだ。

「今いるのはここです。駅がすぐそこで、一丁目ですね」

 助手は、地図アプリを操作して現在地を示す。青いポイントがついているのは寿司屋が入っている駅前の雑居ビル、これが二人の現在地だ。

「いいですか?我らは……あーいえ、我は六時間にわたる捜索の末、こっから……あーと、ここまでですね」

 助手は、自分のスマホの画面をスクロールして、六丁目から二丁目までを指さす。一丁目の端に存在する、大きめのターミナル駅から西に向かってごちゃっと固まっている町は、一丁目を除いて赤く塗りつぶされている。

「我は六丁目から二丁目までを探し尽くしました。ここまでは大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。もぐもぐ」

 顔面の良さそれだけで真剣な表情を作り出すことに成功しているくみこだが、目の前に積まれた皿を前に説得力が生まれるわけが無い。

「えー、もう大丈夫だとして。これが……ちょっと変なんです」

 誰かに聞かれるような距離に客はいないものの、助手は声を潜める。

「変、ねぇ」

「つまり、ゴン太くんがまだ見つかっていないこと自体、予想外の出来事なんです」

「……もう少し、お聞かせ願おうかな?」

 やけに余裕ぶって、くみこは白い袖を捲り上げる。

「まず、依頼者の家は四丁目。ここら辺です」

 助手が指さすのは、地図のほぼ真ん中。黄色い点で示されているところが依頼者の家だ。縮尺から考えるに、隣町へ入るにはどこを通っても直線距離で数キロメートル、住宅街を抜けていくことを考慮すればもっとかかるだろうことが分かる、住宅街のど真ん中立地だ。

「ゴン太の最終目撃情報は十六時。同じく四丁目です。SNSで得た情報なので、断定はできませんが」

「じゃあ、ゴン太くんは四丁目にいるかもーってこと?」

「四だけではないですが、我は二~六丁目が怪しいと睨んでいました。ここら辺でペットの捜索依頼があった過去全ての場合で-」

「二件だけだけどね」

「-このエリアで発見されています」

 ヒモ女さんの茶々入れは、華麗に無視される。

「繁華街の一丁目や遠すぎる隣町まで雨の中一日で行ってしまうっていうのは、まあ考えられないです。だからこのエリアで雨を凌げる、犬が好きそうな場所の捜索及び聞き込み、SNS調査を行いました」

「でも見つからなかった」

「そうです。加えて、ゴン太くんの性格も考慮するとさらに不可解なんです」

 助手は素早くスマホのタブを切りかえ、ゴン太の写真を見せる。飼い主と寄り添うように写っているいくつかの写真。

「可愛いね」

 くみこは、単純すぎる感想だけ述べて、緑茶に口をつける。

「ゴン太くんは、この家で生まれてからというもの飼い主にべったりな性格だそうです。家にいる間はとても優秀な番犬ですが、知っている顔が一人もいなくなると動けなくなってしまうほど。人見知り極まれりって感じですね。依頼人の奥様も、『隣町はおろか、散歩コースから外れるなんてありえない』とおっしゃっていました」

「えっ、ちょ、奥様?」

 今日イチの大声に、パッシング最中のバイト店員が怪訝そうにこちらを一瞥する。

「あ、ちょ、うるさいですよ!依頼者の男性が独身イケメンで~のくだりは嘘ですし」

「……ぁーー。」

 愛犬を華麗に探し出し、独身イケメン依頼人に感謝されつつ連絡先を交換することが目的であったろう事が再度証明されるヒモ女さん。もとい無かったやる気が、更にそがれている。力が抜けたように、くみこはグデっと机に倒れ込む。

「話を続けますよ。地理条件、性格共に遠出するとは考えがたいゴン太くんが、飼い主さんが見えなくなると動けなくなってしまうほど臆病なワンちゃんが、急にどこかにいなくなるなんて……」

「んー……んー」

 助手の必死な考察を前に、くみこはといえばグデっとしたまま、持っている箸をクルクルと回す。

「ただの犬の捜索じゃない、一気にきな臭い感じが出てきたんです。くみこさん……これ、もしかしてゴン太くんは……誰かに連れ去られたんじゃないですか……って、さすがに行儀が悪いですよ?ねぇ、ヒモ女さん?」

「……」

 意見を求めるように、そして少し得意げにくみこを促す助手。そして、探偵は顔を少し上げる。

 目の前の艶やかな唇がおもむろに開く。


「『誰かに』ではないな」


【SAN値チェック】

 くみこ:1D100=8


 ガチャリ

 言った途端、音を立てて助手の目の前から大雑把に皿と湯飲みがどけられる。華奢な腕で、しかし一瞬で机中央に大きなスペースを作った探偵は、少しのためらいもなくそのスペースに脚を乗せ、目の前の助手に手を伸ばす。

「なっ-」

 完全に机の上に乗り上げた彼女は、そのまま助手の膝の上まで体を滑らせ、狭いスペースに割り込む。

「-んっ、うっ、んん!?」

 次の言葉を発する間もなく、くみこは手のひらと上半身を使って、助手の目を、耳を、鼻と口まで完全に塞ぐ。

「三つで眉毛に水平十一時、同時に〈深淵の息〉」

 唐突な状況に混乱する助手の耳に注がれた言葉は、しかしやけに落ち着いていた。

 楽しい夕食タイムの内に突然、感覚のほとんどを奪われるこの異常事態。普通の人であれば、理解不能の内にパニックになってもおかしくないこの状況にしかし、全てを察した助手は両腕を下に回して、ギラッと光るソレを取り出す。

「いちにぃさんっ」

 息付く間もなくなされるカウントは、瞬きするほどの理不尽な速さで囁かれる。そのウィスパーボイスを脳みそが理解できるわけが無い。

 そう、「普通」の「人」なら。


 <深淵の息>

 コスト:正気度1D6=3 8MP

 PAW=11>10:成功

 期間:1D6=2


 ccb<=40【ナイフ】(1D100<40)>30>成功


「??????????」

 

 瞬きするほどの理不尽な速さで小さなナイフが空を切る、と同時に、探偵の胸元でくぐもった音がかすかに聞こえる。まるで人が理解することを拒むような、少し耳障りなその音と明らかに銃刀法違反なそれの他に、「目に見えて」-助手が今何も見えていないのは置いておいても-変わりは無いかのように見える。

 ただ、明らかに空気が歪んでいる箇所、まるで空気を泥にして強制的に停滞させてしまっているかのような、形容しがたい奇妙な空間に「見えないが明らかに」何かがいる。助手が水平に振ったダガーナイフが、まるで何か肉塊に突き刺さっているかのように、ゴリッとした感覚を伴い、確実に何かが存在している事実を表す。五感をほぼ奪われている彼女の目の目で確実に、何かが窒息して、刺されて、苦しみと痛みでもがいている。

「???……次は」

 十数秒後。助手の口から出る音が、ようやく一般にとって理解を持つ声になる。次の指示を仰ぐそれは、しかし「何か」の処理を終えたことを確信しているようで幾分か緊張が解けているようだ。

「完璧だね。美人の熱烈なハグに値するよ、っくく」

「悔しいけど、超いい匂いですね。あと柔らかい」

 軽口をたたきあいながら、助手はゆっくりとナイフを戻す。それはなぜか、何かにつっかえているように助手の作業を妨げる。彼女はイライラしたように、突き刺さっている何かにグリグリとナイフを押し付けて、もう一度引き抜こうと試みる。

 ぐちゃ、ぐちゃとグロテスクな音を立てそうな動きでナイフを引き抜き背中に戻そうとするのを、いまだ助手とハグ状態の探偵がそっと腕を抑える。

「あー……拭くからいったんナイフ離して」

「自分でできますが」

「こんだけ感覚遮断してあげてるってことはだね」

 ちょっとした押し問答に、しかし体勢的に有利な探偵が勝利し、ナイフはするりと助手の手を抜ける。

「公共の場で発狂したくないでしょ?」

「……拭いてください」

「素直でよろしい」

 十数秒の間の後に助手が目を開け、黒目の収縮もある程度収まってきた頃には、ナイフと探偵は既に元の位置にあり、目の前の良い香りがする美人は既に炙りサーモンに手を伸ばしているところだった。

「助手クンさぁ、あんまり外で『君のそれ』系の話したくないっぽいけどさ」

 適当に醤油をかけて、一口で寿司を飲み込むくみこ。そういえば、ナイフは何で拭いたのだろうか。

「魔力の残量は?」

「体内に約半分。『これ』も満タン入ってないです。最近満月が出ないので」

 助手の耳元で、イヤリングが妖しく揺れ動く。十分だとでも言うように、あるいは寿司の味を堪能するように、くみこはうんうんと頷き、にやりと笑う。

「……『あれ』、気づいてたでしょ」

「なんのことでしょうか」

「ふふっ、消えたワンちゃんと関係あると思って、でも正気を保つために気づかないフリをして、わざわざここまでやって来た……君のお仲間が関与している可能性は?」

「さぁ。私は人間なので」

「っふ、ウケる」

 はは、と二人でニヤけて、助手は何か注文しようとタッチパネルを操作する。

「しっかし、肝心のゴン太君がいないんですよね」

「は~。また振り出しかぁ-」


「えっ、うそ犬じゃん。キモっ」


「「ん?」」

 厨房の奥から声がして、思わず二人して振り返る。回転寿司のレーンの奥。少し見えた厨房のドアから入り込んできているのは、


「「あーー!!」」


 ---


「攫われたというのは……温情でニアピンと言いますか、外れでしたね。惹かれた、とかかな」

「まあまあ」

 時間は既に二十一時過ぎ。根暗そうな店員さんと交渉し、なんとかゴン太くんを確保したあの後。依頼者に連絡を取る慌ただしい時も過ぎ去り、二人は去りゆく一人と一匹の背中を見つめて一息着いていた。止みかけの雨空がじっとりとした空気を嫌が応にも意識させる。さすまでもなくなった大きな傘を畳めば、電灯の弱々しい光のみで照らされた住宅街が見渡せる。それはありきたりでいて、しかしどこか非日常を想像させるような不気味さを漂わせている。おい、待てってゴン太。なんて、楽しそうに先を急かされる飼い主の声が聞こえてくる。

「紫陽花って……こう、夜に見ると不気味ですね」

「そう?……美大生・助手クンの感性かな」

 呼応するように、ワン、ワンと犬の鳴き声が聞こえる。何はともあれ、長い一日が終わる。物語と呼ぶには少し短く、日記に書くには長い、そんな日。どちらにせよ、シメに「一件落着」とでも書いておこうか。

「帰ろっか」

「はい」

 犬の鳴き声が聞こえる。吠える声が聞こえる。

 二人は背を向けて歩き出す。杖代わりにした黒い傘がアスファルトを突けば、泥で汚れた水たまりが不気味に振動する。

 とぉくから、とぉくから。


 それは、唐突に


「ひっ、ぁ、ぁああ゛っ!?あ゛あっ!!あああ゛っ!」


「「っ!?」」

 帰路につく助手と探偵の背中から、こちらまでの距離を軽々超えてつんざくような男の悲鳴が響き、二人の耳に突き刺さる。反射的に合ったお互いの目は、まるで非常事態を知らせるような収縮しきった瞳孔だった。

「っ、何!?って、うわ!」

 振り向いて駆け出そうとするくみこは、雨上がりのアスファルトに脚をとられて転びかける。

「くみこさん!」

 すかさず腕を差し出した助手は、そのまま彼女の手を引っ張り全速力で元来た道を駆け戻る。

「絶対なんかヤバそう!」

「知ってます!!」

 不気味なほど暗く、不明瞭に二人の姿を反射する水たまりをバシャバシャ踏みつけ、ドロ撥ねも厭わず住宅街を走り抜ける。急く体が風を切り、二秒後に濃い色の紫陽花をふるりとふるわす。

「こっちですっ!」

 悲鳴と咆哮が聞こえた曲がり角を曲がれば、暗い水たまりの中にへたり込む、先ほどの依頼者の男性と、その前方で飼い主を守るように吠え立てるゴン太の姿が。

「依頼者さんっ!って、ぅあ、え……?」


 いや、あれは、本当に、水たまり?


「血だまり……」

 くみこはポツンと呟き、ゴン太の前に出る。目を細めた助手がゆっくりと肩を並べて見た先には、


 血まみれの女子高生が、倒れていた。


 ---


【SAN値チェック】

 くみこ:1D6=5

 助手:1D6=1


「なっ-」

 吠えたくる番犬の声に掻き消されながら、助手の驚愕する声が小さく漏れる。彼女はしかし、すぐに口元を引き締めると目の前の女子高生の傍らに跪き、素早い対処を始める。

「-失血ッ、まだいけます。依頼者さん!……は、ダメそう……っ、そこ!そこの人!あなたは110番!そっちの女性は119番!事件ですっ、住所はそこの電柱!」

 助手の膝が、水溜まりで薄まった血で黒く汚れる。通りかかったカップルが、半ばパニック状態でわたわたスマホを取り出すうちに、彼女は包帯を取り出して救命処置を始める。ゴン太の横で腰を抜かし、汚物と血でまみれている依頼者も、今は一旦放置だ。

「あわわ、あわわ。し、心臓マッサージでも……?っわ、」

 一旦放置、その二のくみこさん。依頼者と女子高生、交互に視線を向けながらモタモタしていれば、助手から小さな手帳を投げ渡される。

「ヒモ女さんはこれ!生徒手帳!」

「わっ、」

「住所!走って一分です、家族呼んで!」

「お、りょ、りょー!!」

 往復で三分と少し。すぐに顔面蒼白の両親と女子高生らしき二人がくみこの先導で舞い戻ってきた。同時に、救急車のサイレンが向こうの十字路に光って反射する。手当を既に終えている助手は、大きく手を振って場所を知らせる。赤いサイレンの光がアスファルトを照らすリズムと同期するように、血まみれの少女から抑えきれない出血がドクドクと滲み出る。

「るっ、瑠美!瑠美!?」

「うそ、うぞっ、瑠美!瑠美!るみ゛っ、ぅ゛ぁ、お゛ぁっ!、」

「おおおお母様落ち着いてっ!」

 変わり果て姿でぐったりしている娘-瑠美さんというらしい-を前に、二人目の嘔吐者が出る。あまりにも唐突な状況に仕方の無いことだろう、取り乱した母親を前に、父親が少しだけ気を取り戻して指の先まで真っ青な手で母親の背中をさする。くみこが毛ほどの役にも立っていない。

「瑠美!瑠美っ!?っ、ふざけんなクソ野郎!お前、瑠美をっ!!」

 横を見れば、驚き固まっていた女子高生二人組の片割れが、依頼者男性につかみかかろうとしていた。吐瀉物がはねる彼女の顔は、既に鼻血で汚れている。

「おおおお落ち着いて!犯人じゃない犯人じゃないっ!」

「ヒモ女さんも一旦黙りましょうか?」

 閑静な住宅街に突如現れた地獄絵図。すかさず到着した救急隊員が瑠美さんを救急車に運び込み、テキパキと対処をする。唯一冷静すぎる助手が彼等と話をつけ、結論が出たのか戻ってきたところだった。

「皆さん冷静に!」

 手のひらを打ち鳴らす助手に驚き、ひとまず皆が動きを止める。

「親御さんは付き添い、あなた方お友達と依頼者さんは警察が来るまで待機と結論が出ました。メンタルケアと事情聴取のためです」

 コクコクと涙ながらに頷く女子高生達。より掛かり合いながらなんとか立っているその姿は、何とも悲劇的だ。男性の方も、ハンカチで汚物を拭き終わり正気を取り戻しつつある。ゴン太が傍らでそっと寄り添っている。両親も、既に救急隊員に招かれ救急車内に入り込んでいる。母親の方は過呼吸になってしまったようだが。

 束の間の狂乱状態が一旦落ち着いたように見える。

「あばば、あばば」

「こんの、ヒモ女さん~~??」

 やっぱり落ち着いていないかもしれない。助手は苛立ったようにくみこに近づいて、絶対にわざとグリグリ血まみれの拳を押しつける。

「あなた、探偵ですよね?人が死んでるところ、何回も見てますよね?民間の方がパニックしてるところに乗じてるんじゃないですよ。宥めて、落ち着けて、安心させてくださいよっこのヒモ女さん!!」

「こっ、この服高いの……じゃなくて!ごっ、ごめんなひゃいって、血ぃやめてヌルッとするぅ!?」

「我が手持ちで応急処置している間に、あなたは何か救急隊員の方にお礼を言われるような何かはしましたか!?えー!?」

「有能な助手クンさすがぁ~!?」

 やんややんや。ゴン太がちょっとこちらを見ている。

「あの……探偵さん」

 震え混じりの男性の声がか細く響く。依頼者さんだ。さすがの二人も正気に戻り、バッと彼の方を向く。

「少し、お願い、が……」

 その姿は、成人男性とは思えないほどか弱く、痩せ細った老人のようだった。

「はい。お聞きします」

 くみこを遮り、真面目モードに切り替えた助手が口を開く。

「警察の方に……家に帰りたいとお願いすることは、できませんか……」

「それは……」

 その切実な、しかし弱々しい叫びに、助手は思わず言葉を詰まらせる。男性は、こらえきれずに涙を流す。

「かっ、……家族に、家族に会いたいです」

 瑠美さんと両親を乗せた救急車が遠く走り去る。サイレンが遠く、低くなっていく。

「怖くてっ……今すぐ皆の、顔をっ……うぅ」

 飼い主の気持ちに気づいてか、ゴン太が彼の涙を優しくなめとる。たまらず飼い主は、愛犬の背中に顔を埋める。

「あぁ……」

 助手は納得したように膝をつく。

「捜査において、関係者の精神状態を蔑ろにすることは絶対にありません。事情聴取は明日から、ということは十分可能だと思います。警察の到着次第、すぐに了解してくれますよ」

 くみこも隣に膝をつき、眼鏡を外して柔らかく目を細める。

「ん。家族、帰ろうね」

「ぁ……」

「色々あってびっくりしちゃったよね。でも大丈夫。これからあなたは帰宅して、家族の顔を見て、落ち着いて眠るんだ。皆が温かく受け止めてくれる。家族っていうのはそういうもんだよ、ね」

「世界中どこでも、いつの時代も、ですね。素敵です」

「……っ、はぃ……!」

 彼はコクコクと頷く。女子高生二人も微かな嗚咽と共に涙を流し、静かな時間が少し流れる。


「……くみこさん、」

 一、二分後か。空気を壊さないよう、くみこの耳元で助手が囁き、袖を引っ張る。

「お話が」

「……ちょっと向こう行く?」

 時間は既に二十一時半。住宅街からこぼれる紫陽花をかすって立てる音すら響くような雨上がりの夜に、可能な限り声量を抑えて二人は会話を試みる。

「……悪いお知らせと悪いお知らせがあります。どっちから聞きたいですか?」

「助手クンもジョークとか言うのね……前者で」

 女子高生が鼻をすする音が響き、ぴくりと意識する助手。更に声を潜めるように背を丸めつつ、彼女はこう告げる。

「瑠璃さんは死亡です。あれは助かりません」

「……あぁ」

 紫陽花が雨露を滑らせてうなだれる。

「身体及び性的な暴力の痕跡は見られません。単純に、あの場で、包丁でグサリです。それも長くて鋭利な包丁。刺身包丁のイメージです」

「……犯人は寿司屋の店主だな」

「夕食に引っ張られすぎです、役立たずのヒモ女さん……いえ、実はそれどころではありません」

 助手は、呆れる様子もそこそこに何だか焦っているように見える。

「二つ目の悪いお知らせに移らせてもらいます」

「お、おお?」

 ガバッと探偵の前に突き出されるスマホ。それは、ニュース速報の短い記事だった。場所は、すぐそこの六丁目。ちょうど今日、犬の捜索に通りがかった辺り。

「警察の到着が異常に遅い理由です」

「っ、まじか……」

 探偵が目にしたのは、まさしく推理小説の王道を行く悪夢。

 二つ目の殺人事件だった。


 ---


「ど、どう?辛かったり、苦しかったり、怖かったり、悲しかったりしない?」

「うーん……分かんないなぁ」

「嫌な思いはしてない?痛くない?」

「うーん……分かんないなぁ」


「うーん……分かんないけど」

「そんな思いも、そんな思いじゃない思いも、何にも分かんないなぁ」

「あ、じゃ、じゃあ、良かった、かな」

「だ、だって、辛かったり、苦しかったり、怖かったり、悲しかったり、嫌だったり、痛かったりしてないってことだもんね」

「まぁ……そうかぁ……。そうなのかなぁ……」


「まぁ……いいか……。もう、どうでも良いか……」


 ---


【速報】『六丁目で一家殺害 長女が行方不明』

 六月二十八日午後九時三十分頃、六丁目の一軒家で、住人の組揶茂青波くみやもあおばさん(53)、妻の天音あまねさん(49)、母の学子たかこさん(74)が倒れているところが近隣住民からの通報で発見された。三人は病院へ搬送されたが、まもなく死亡が確認された。現場には血のついた包丁が落ちており、警察は殺人事件と見て捜査を進めている。また、この家に住む長女(17)と連絡がついていない。通報した住人は、事件前に怒鳴り声と悲鳴が断続的に聞こえ、女子高校生らしき人物が走り去ったと話しており、このことから警察は長女が何らかの形で事件に関与していると見て行方を追っている。


 ---


「血のついた包丁、ほぼ同時刻の殺人事件。そして少女が行方不明……」

「この町にギャング集団でも潜入してんのかな~」

「素晴らしい発想力ですね、ヒモ女さん」

 一行は歩いていた。帰路ではなく、仕事に向かうためだ。時間は二十二時過ぎ、長い一日というのは彼女らの予想を上回る形で延長する。まだまだ今日は終わらないというわけだ。

「しっかし、警察さんも腑抜けねぇ」

 くみこはクスクス笑う。

「死体がグロすぎてムリだから民間業者に任せます〜って、っはは」

「人手不足でしょう。瑠美さんの事件の方の事情聴取とメンタルカウンセリングも残っていますからね。そっちは私たちにできることじゃないですし、捜査に協力してこちらが移動してあげましょう」

 振り返れば、女子高生二人と男性がオドオドついてきている。待たされ、警察が来ないと思えば急に歩かされ、彼らも随分不憫だ。ゴン太だけは楽しい夜の散歩延長戦かとシッポをぶん回して喜んでいる。

「ふん、何でも屋じゃないっつーのっ」

 くみこが蹴った小石がカチャカチャ音を立てて水たまりへ飛び込む。跳ねた雫が飛び散った先は、先の雨で未だに湿っているブロック塀と立ち入り禁止のテープ。

 そこは、変わり果てたのであろう組揶茂家だった。見張りの警官が数人とパトカーが数台。深夜ということもあって静かにランプだけ光らせている。

「おじ様方こんばんは〜。あ、そこのお兄さん」

「はっ、えっあ、は、はいっ!」

 明らかにくみこに見とれていた警察官が、明らかに動揺しながら応答する。

「あ、可愛い反応。お姉さんとお寿司食べにいかぐえっ」

「解探偵事務所です。もう一つの事件の目撃者さんを連れてきました。話はついていると思いますので、現場の責任者を呼んでください」

 器用に片手で名刺と許可証を取り出す助手。もう片手で押さえつけているのが誰女さんなのかは明白だ。

「あ、は、はい。でしたら、目撃者の方々はあちらの車に。あなた方は好きに入っていただいて構いません。現場検証も終わってますし……」

 まだちょっとドギマギしているのか、くみこの方ばっか見て警官が答える。

「あの……本当に、いや、少しご遺体に失礼ではあるのですが……あの、凄惨ですよ……?あとお恥ずかしい話、全員戻してしまったので、臭いとかが……」

 懸念はもっともだろう。全員戻しちゃった凄惨な死体を、歳もさほど変わらない花よ蝶よな女性二人組が運びますというのだ。

「ご心配ありがとうございます。安心してください、耐性は人間以上です……あ、並の」

 助手が宥める隙に、くみこはズカズカと敷地内に立ち入る。規制線をくぐって乱れる長髪をすかさずポニーテールに結わえ、前髪をかきあげる彼女に、再び周囲の視線が集まる。

「あ、皆さんどうも~」

 しかし、ここはランウェイではなく、哀しきかな連続殺人事件の現場なのだ。


 で、数分後。

「助手クン、終わったー?」

 手順の確認を終えた助手は、なんかフラフラしてくっちゃべっていた探偵に呼ばれた。裏庭の向こうからひょっこり顔を出すくみこは、なぜか手に梯子を持っている。

「これ何だろうね」

「何って……」


 ccb<=60【目星】(1D100<60)>64>失敗


「梯子でしょうね」

 うろちょろするくみことか、警察とか、色々なものにゲンナリして助手はため息をつく。

「備品置きっぱですか……?天下の警察さんはどれだけ現場を荒らせば気が済むんでしょうかね」

「行方不明の娘ちゃんの部屋にねえ、かかってたの。この娘……闇が深そう」

「はいはい、娘さん怪しい。ナイス推理ですー死体運びますよ」

 二人の体を再び降り始めた小雨が濡らす。この家の紫陽花は、赤紫というより赤く見える。

「警察の方に少し事情を伺いました。現場に落ちていた凶器が刺身包丁らしいんです。そして娘さんのアルバイト先は寿司屋。なんと我らがさっきまでいた寿司屋です。事件前までシフトに入っていたことも確認済み。何を隠そう、我らもその目撃者の一人というわけです」

「え?それじゃもしかして、ゴン太くん見つけたあの子?」

 くみこは、奇妙な偶然に目を丸くする。

「え、それじゃあ瑠美さんの事件の犯人もあの子だとしたら、私の『犯人は寿司屋だっ!』が当たったってコト!?」

「ちょっとムカつくな……。ま、同じ町で同じ殺し方。かなりの確率で彼女が連続殺人犯でしょうね。警察がすぐ捕まえるでしょう」

 二人の脳裏に根暗そうなアルバイト店員の顔が思い出される。

「殺人ピエロっぽさはなかったけどな……。うわ~、でも推理大当たりか~困ったなぁ~~。明日から名刺に『稀代の名探偵』って書かなきゃなぁ!」

 ガチャリ。

 玄関を開けるついでにヒモ女をスルーする助手。運搬用の担架を手際よく室内に運び込む。

「組揶茂ご夫妻はリビング、学子さんは奥の自室です」

 短い廊下を五歩で踏破すれば、テレビだろうか。ありきたりな一軒家に似つかわしい、ニュースの音声が流れているのがわかる。

「とりあえず、我らの仕事は死体運搬です。始めましょう。まずは奥の部屋、開けますよ」

「やだなぁ、血みどろ」

 言いつつも余裕なくみこさん。引き戸が古めかしい音を立てて少しずつ、


 ぐちゃ


 と思えばガタッと噛み合って一気に開く。

『ここからは、スポーツコーナーです!先ほど試合を終えたばかりのパ・リーグ首位-』

「う゛っ……」

 部屋の灯をつけようと壁を探る助手が、おもわず嘔吐く。部屋は暗く、流れている音の正体たる汚いテレビがちょうど良く不気味さを演出しながら光っている。引き戸につっかえていた何かの予想はつきつつも、視界が利かない中であまりにもきついのが、血と汚物の匂いだ。

 そして、カチッと音が鳴り、イライラする間の後に部屋を照らす。

「う゛っわ……」

 先ほどまでの「ありきたりな」一軒家は、目の前の光景をして一瞬で「異常」に塗り替えられる。

 目と鼻の先、わずか一メートル足らずで、グチャグチャ脳みそが飛び出た元頭の肉塊にガリガリの体がくっついたものが、揺り椅子からテレビに向かって倒れていた。


【SAN値チェック】

 くみこ:1D6=1

 助手:1D6=2


 ゴチャゴチャとものであふれかえる、いわゆるな高齢者の部屋。ただし、今の状態は阿鼻叫喚そのものでしかない。先の戸が開いた衝撃で血がはね、髪の毛と固まりかけた血が合わさったものが、あふれ出る血だまりと汚物の中に浮遊する。そこかしこから骨が見え、内臓が見え、破れた血管が見える。頭が原形をとどめていないのは言わずもがな、体も余すところなく踏まれた跡が残っている。シルエットだけ見れば、まるでカエルを潰したようだ。

『さぁ、首位の座逆転となったのでしょうか?早速、今日の試合を振り返ってみましょう!』

 テレビリモコンが床に-正しくは、耳と頬だったであろう塊の中に-何かの弾みだろうか、落ちている。汚らしいオフホワイトのカーペットも、完全に血を吸い込んで元の色が判別できないほどだ。

「この方の死因は刺殺ではありません。暴行による、頭部損傷です」

「あっ、ぶねぇ……。人間だったら吐いてた」

「同感です。いや、これは……」

 言いかけた助手は、濃い血と汚物の匂いに思わずむせる。少しよろけたせいで、警官の戻したであろうものの中に片足を突っ込んでしまう。

「けほっ、げほっ」

「助手クン平気?……あー、戻しちゃった警官にもさすがに同情だな。最前線の軍人でやっとなレベルよ、これは」

 事実は小説よりも奇なり、と。くみこは神妙な面持ちでそう呟き、助手の担架を彼女の手から取る。

「無理そうなら私一人でやるよ」

「問題ないです」

 助手は、少しむっとして顔を上げる。

「なめないでくだざぃっ……ふぅ、匂いがこもっててキツいだけです」

 マスクに手袋、作業着と完全防備をして、二人は作業に取り掛かる。色々と欠損した軽い体を二人で運搬するのはそんなに時間のかかることでもなく、ただ「普通」を演出するテレビの音だけが反響する。頭らしき箇所の血を拭き取り、体とともに担架に乗せようと試みるも、何本かの管と脆い骨のみで繋がった僅かな肉片は、あるものはぶらぶら宙に揺れ、あるものはブルンと床まで落ちて血をまき散らし、そして二人の脚と部屋を汚す。少しの相談の後、とりあえず担架に乗せるのは、今首に繋がっている部分だけで良いかということになった。

 そんなこんなで救急車まで遺体を運んだ後は、バラバラの遺体、実質生ゴミのもろもろを回収することになる。といっても、それらは紛れもないご遺体であるわけで、乱雑に扱うわけにもいかない。毛の長いカーペットやゴミと混ざってしまったものを見分けるのはなかなか面倒なものだ。

「えー、この白い塊は……?」

「これは人体ではありませんね。テーブルの上の薬が落ちたんでしょう」

「おお、良かった〜。じゃあこっちの白いのも薬かね」

「それは眼球と血小板の和え物です」

「ひゃん」

 そんなこんなで作業は続き、十数分後には警察に任せられる程度にまでグロレベルは低下していた。

「ふぅ、これで一人目ですか」

「あ~~疲れた。薬とゴミとゲロが死体とミックスとかトラップすぎでしょマジで」

 一息つく二人。言う割に余裕そうである。まるでホラーゲームのクエストをクリアした時のようだ。

「ミックスジュースが出来上がってなければもっと早く終わったのになぁ」

 くみこは真っ赤になった作業手袋をポイっと捨てて取り替える。

「警察の失態についてはこの際置いておくとして、薬の量と物の散乱状態が異常でしたね。恐らく認知症患者でしょう」

「あーね、うん、気づいてたもん。闇深。」

 ガチャリ。

「やっぱ名探偵としてぇ~」

 ドアを開けるついでのフルシカトその二。助手はなんの躊躇いもなく、組揶茂夫妻が死亡しているリビングへと足を踏み入れる。

 リビングは既に電気がついていた。リビングルームのフリー画像を検索したら出てきそうなレベルで一般的なリビングルーム。ただし、ペンキで塗りつぶしたように床や家具、無残にこぼれる唐揚げや人だったものが一色に染まっている。もちろん、赤に。

「……はぁ」

 思わず助手もため息をこぼす惨状。先ほどが「グロテスク」だとすれば、こちらは「スプラッタ」だ。個室よりずっと広いリビングルームにも関わらず元のフローリングが確認できる面積はよほど少なく、四人が座れるダイニングテーブルの傍、二人が倒れている辺りはもうほとんど血の色以外の色を確認できない。唯一光を反射しているのは、凶器の包丁だ。家庭用とは考えにくい、恐らく業務用の刺身包丁。なるほど、柄の部分に先ほどの寿司屋のロゴが刻印されている。

 それだけ血をまき散らす元、二人の亡骸は、血まみれでかなり分かりにくいもののスプラッタを作り上げるのも納得の惨憺たる惨状を呈していた。


【SAN値チェック】

 助手:1D6=2


「えぇ……」

 匂いのきつさが比較的マシ、というか鼻が慣れてきたのだろう。助手は比較的冷静に現場を観察する。

「刺殺かつ壮絶だとは聞いていましたが……いや、こんなのっ」

 組揶茂奥さんに顔を近づけた助手は思わず後ずさる。

 先ほどの老婆と違って、顔は無事だ。いや顔「だけ」はといった方が正確か。体の方は、全身が刃物で刺されたように穴だらけになっている。首、心臓、腹、とにかくぱっと見で急所だろう箇所はほとんどめった刺しだ。もっとよく見てみれば、手のひら、肺など、一撃では死なないだろうが痛そうな箇所も的確に刺されており、嫌な想像をかき立てる。どこが致死傷であったのか、どの順番で刺されたのか全く分かったものではないが、唯一無傷のその表情が驚き、恐怖、苦痛を残して死後硬直を始めていることから、生者には表現し得ない今際の際の感情を見るものに伝えている。

「容疑者、娘……?いや、これは、家族にすることじゃ、ないっ……」

 彼女の声が震えだす。妻から目をそらすものの、今度は夫が目に飛び込む。穴だらけのその状態は共通しているが、妻と違ってうつ伏せのまま絶命してる。豊かとは言いがたい髪の毛が乱れていること、失禁していること、助けを求めるように腕が前に向いていることから、恐怖のあまり這って逃げようとしてところを馬乗りにされて刺されたのだろうと、嫌でも生々しく想像できる。彼の場合は両耳も刺され、見るだけで痛そうな鋭利な傷口から赤く染まった骨が見えている。表情が見えないことが唯一の救いか。

「くみこさん、娘さんの行方は」

 助手が静かに問う。

「そうだなぁ。女子高生が夜遊びすんならゲーセンとか?」

「っ、よく見てっ!!」

 振り向きざまに探偵の胸ぐらを掴んだ助手は、目をかっぴらいて感情を露わにする。

「あなたなら分かるはずだ。未成年の娘が家族にやることじゃない!だとしたら……もし、無差別快楽殺人犯の仕業だとすれば、彼女の身が危ないっ!」

 助手の腕を振り払おうともせず、彼女は飄々と言葉を紡ぐ。

「殺人ピエロ?私の推理当たりじゃん」

「っ、人命を前にふざけるなっ!!」

 呼吸が荒ぶる。顔が、掴みかかった手が、血で汚れた二人の服がこすれて、お互いを汚す。

「-ふざけるものか」

「っは、」

「人命を前に、私がふざけると思うか」

 ハッと助手が顔を上げてみれば、目を細めたくみこが真っ直ぐ見つめている。

「……ぁ、」

 冷や汗が垂れる。目がそらせなくなる。そして理解する。

(あぁ、この人は、おそらく全てを知っているのだ)

 助手は理解する。知っていて、もう人命がかかっていないことが分かっていて、この地獄の創造者が未成年の少女だということももう確信していて、今私の目の前にいるのだ。まるで、

「……誓って、娘さんは安全なのですね」

「ああ、神に誓おう」

 それを聞いて、助手は静かに手を離す。


【SAN値チェック】

 くみこ:1D6=6


 ところが、

「う゛ッ!?」

「くみこさん!?」

 今度はくみこが咳き込み始める。

「だっ、だいじょう、う゛っ、ごほッ、ごほッ」

「すっ、すみませんっ。我のせいで……」

「はぁっ、はぁっ……あー、助手クンのせいじゃない。平気」


 ccb<=60【目星】(1D100<60)>39>成功


「他に色々、寄ってきててね」

「え?」

 心なしかくみこの顔が優れないように見える。

「あー、いや。……助手クンは、娘ちゃんが犯人だと思う?」

「……あなたはきっと、目星がついているのでしょうが」

 少し言葉に詰まって助手は答える。

「状況証拠はそろっています。凶器、時間帯、近隣住民の証言……。事件発生時に娘さんがここにいたのは確実です。ただ、」

 もう一度死体の方を見やり、助手は続ける。

「ただ、これを見てしまうと……。高校生の女の子が、家族相手にこんなことするとは考えられません。顔面を踏み潰して、痛みを与えてめった刺しにして、馬乗りになって……?」

「うーん、そうね」

 少しの間。

「いや、我は、ただ、そう考えたくないだけですね、きっと」

 少しの間。

「ま、警察がすぐ見つけるっしょ。推理小説と違ってさ」

「そうですね。我らは我らの仕事をしましょう」

 全身が繋がっている分、夫妻の遺体運搬はすぐに終わった。


 二人が再び外へ出たのは、意外と時間がたっていない二十二時台だった。相変わらず頼りない警察官が、未だに女子高生達を宥めるのに苦労している。

「あっ、ちょっと君たち!」

「「ん?」」

 見れば、警官の制止も聞かず、女子高生二人がこちらへ駆け寄ってくる。

「あの、あの!探偵さん!!」

「ん?」

「組揶茂さ……音波です!あのっ、あいつが瑠美をっ!!」

「早くあいつを見つけて、捕まえてっ!」

「君たち!落ち着きなさい!」

 訳も分からずまくし立てられ、ぽかんとするくみこ。追いついた警官が必死に宥める。

「あー……あっははー。助手クンヘルプ」

 ボソッと探偵が囁く。助けを求めていることを周りに気づかれないようにしている辺りこざかしいというか、ヒモ女さんである。

「えぇ……。えっと、音波というのはもしかして」

「あっ、ハイ!この家の行方不明の人!組揶茂音波、私たちと同じクラスです!」

 ああやっぱり、と納得したように助手は頷く。

「そう、そう。あれ、あんま言いたくないんですけど、絶対に精神系のショウガイシャなんです!早く見つけないと……!」

「そう、ショウガイシャ!お二人は探偵なんですよね、居場所探しとかできませんか?」

「あぁ、あと、精神異常者だからって無罪になったりしませんよね!?そんなの許せないっ!」

「あっ、というか、瑠美は!?瑠美がどうなったのか警察が全く教えてくれないんです、これっておかしいですよね!?」

「落ち着いて、話が飛躍しすぎです!」

 狂ったように話し続ける二人組に何とか割り込み、助手がなだめすかす。

「不安なのは分かります。そして犯人はまだ決まっていません。今は警察の指示を聞いて冷静になってください」

「いや、でも!」

 必至に対応する助手の手をくみこが掴んで歩き出す。

「助手クン、帰るよ」

「くみこさん!?え、いやでも」

「婦警さんが到着してる。私たちが今いるのは逆効果だ、帰るよ」

 後ろから声が聞こえる。

「皆分かってない!あれはいじめじゃない!」

「そう!いや、あんな呪いみたいなやつ、何されたって仕方ないじゃない!あのっ……!あの悪魔!」

「瑠美がっ……瑠美の代わりにっ!あいつが傷つけば良いのにっ!!」

 声が遠ざかり、いつしか消える。


 二十三時。事務所。

「言うつもりはありませんでしたが、」

 玄関の鍵を閉めて助手が呟く。

「警察の方に伺いました。保健所と病院に、家庭内トラブルに介入した記録が残っているそうです。トラブルは祖母から母へ。父から母へ。全員から、音波さんへ」

「そっか」

 くみこは傘を片付け、上着を脱ぐ。

「言いたくないけど、」

 上着を放って、彼女は言う。

「蛙の子は蛙だね」

 椅子の座面に乗った上着が、少し滑って床に落ちる。

「……音波さん、見つかりますかね」

「さぁね……あ、血」

 拾い上げて確認してみれば、着ていた白衣の気づきにくい場所に血がしみてしまっていた。彼女ははぁ、とため息をこぼす。

「紫陽花でも供えて差し上げるべきだったかな」

「……どういう意味ですか」

「さぁ?」


 翌日の昼前までに、長女が見つかり現行犯逮捕されたと速報が入った。


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 一家殺害の長女(17)、精神鑑定へ


 七月一日、警察は六丁目に住む組揶茂青波くみやもあおばさんほか家族二人及び近隣の女子高校生を殺害したとして逮捕された十七歳の長女が、解離性同一性障害を発症している可能性があると発表した。

 解離性同一性障害は、複数の人物が同一人物の中にコントロールされた状態で交代して現れる障害で、発症すると通常なら思い出せるはずの情報を引き出すことができなくなる。もし同障害が認定されれば、殺人に対する責任能力が無かったと見なされる可能性がある。また、発症は主に小児期の過度なストレスに起因する。このため、当市保健所はDV被害の有無等、家庭実態の調査を進めている。

 刑事責任能力に詳しい五十嵐七海教授は、「事件当時、解離性自己同一性障害を発症していた場合、その責任能力を立証することは困難だ」と語る。「ただし、四人の尊い命を奪った罪はあまりにも重い。成人であれば死刑判決もやむを得なかったかもしれないが、どうなるか。鑑定結果を待って慎重に判断していかなければならない」

 本格的な精神鑑定は明日から開始。結果報告は七月中旬になる見通しだ。


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 組揶茂事件容疑者の長女 DV被害といじめを認定


 七月十四日、いわゆる組揶茂事件の容疑者として逮捕された長女(17)について家庭でのDV(ドメスティック・バイオレンス)被害及び学校でのいじめの実態が存在したと、市の保健所及び教育委員会合同特別調査委員会が認定した。保健所と高校の対応不足に批判が寄せられている。

 検察の調べによると、長女は事件当時までに父親から身体的及び性的暴力を、母親と祖母から精神的暴力を受けていたことが新たに判明した。保健所からは、二〇一三年から二〇一四年にかけて母親が家庭内暴力の被害報告をしていたことが分かっている。相談内容は父親から子、母親への身体的暴力及び言葉の暴力(モラル・ハラスメント)、同居する祖母から子、母親へのモラハラ。二〇一三年十一月から二〇一四年一月の三ヶ月間の保護観察及び指導期間を経て改善傾向が見られたため解決済みとして処理されており、以降の訪問は行われていなかった。

 保健所は声明文を公開し、「相談が寄せられていたにも関わらず、被害を食い止めることができなかった責任は大きく、大変重く受け止めている。DVの再発防止策を適切に行っていたのか、今後第三者委員会の調査を待ちたい」としている。

 いじめについては、長女が通う高校でアンケート調査が行われたことで判明した。アンケートには「持ち物を隠した」「グループワークで無視した」「『障がい者は施設へ行け』とはやし立てた」など複数回答が寄せられており、長女は少なくとも中学生の頃からこうした状況にあったとされている。

 校長は同日午後六時から保護者説明会を行い、「ひとえに我々の監督不届きです。ご心配とご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした」などと謝罪している。また、既に第三者委員会が設置され、実態のさらなる調査と生徒のメンタルケアが行われている。

 長女は事件当時、解離性同一性障害を発症していたことが明らかになっており、検察は事件との関連を指摘している。

【社会面へ続く】


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「なぜ気づけなかった……」孤独が生んだ重大事件


「大切な生徒を二人も失った。ただ辛い」

 そう語るのは高校の担任教師。組揶茂事件で亡くなった女子生徒と容疑者の生徒が所属するクラスを受け持っていた。

 同高校では事件後に特別委員会の調査が行われ、生徒に対するアンケートから、容疑者の女子生徒へのいじめがあったことが分かっている。この期間、女子生徒は家庭でもDV被害を受けており解離性同一性障害発症の原因及び殺人の動機になったと考えられる。

 「物静かで大人しい生徒だった」教師は容疑者の女子生徒をこう振り返る。「物静かで真面目。鞄についている『推し』の話題を振ると微笑んでくれた。アンケート結果を知って言葉も出なかった。家庭環境、いじめ、事件、どれをとっても信じられず頭が追いつかない。いちばん分かってあげられたはずの大人は自分だったのに、なぜ」

 一方で、死亡した女子生徒については「(性格が)真逆、という感じだった」と振り返る。「クラスの真ん中で皆を引っ張っていた。周囲を巻き込み笑顔にさせる力を持っていた。まだ誰も、いなくなってしまったことを受け入れられていない」

 特別委員会は、「いじめは非常に陰湿な形で行われており、教師の責任とは言えない」ことを明確にしており、「むしろ高校側が、生徒と教師が十分なコミュニケーションをとれる環境整備を行っていなかった」と批判している。高校教師の仕事量と労働時間の長さ、それに伴う生徒とのコミュニケーション不足は、以前より教育委員会から改善要請が出ていたが、委員会は本事件を受けて七月下旬を目処に全国の高校で勤務実態を調査するとしている。

 「教育環境の把握は大事だと思う」担任教師はこう語る。「様々な角度から子供を守らなければいけない。第二、第三の事件は絶対に起こってほしくない。容疑者の女子生徒に寄り添えず申し訳なく思い、少しでも刑が軽くなればと思う一方で、亡くなった生徒のためにもきっちり裁かれて欲しいとも思う。散々だ。板挟みで自分が情けなく、毎日泣いている」

 教師はうつの兆候がみられるため休職し、カウンセリングを受けている。その目ににじむ涙は、組揶茂事件は終わったことでないのだと私たちに実感させる。

 日本政府はこの事件を受けて、悩み相談ダイヤルの拡充を行っている。詳細は以下の通り。


 ---


 雑誌が雑に積まれたテーブルで凡人が新聞をめくり、傍らで美人がリモコン片手にニュースを眺める。

『十七歳の長女が家族と同級生を殺害した事件。背景には父から母へ、母から子へと暴力の連鎖がありました-』

 ぷつ

『-これはね、もう政府の責任って言っていいですよ、うん。だって教育とか子育て政策を蔑ろにしてきたからこういう事がさ-』

 ぷつ

「あぁもう、見る気ないなら消しちゃってくださいっ!」

「見てはいるんだよぅ」

 くみこはそう言いながらクルクル髪の毛をいじる。

 随分と夏めいてきたものの、今日は雨。まるで「あの日」のような、昼間とは思えないほど暗い空の下で小雨が降り続いている。

「今月のベスト・オブ・二つ名は『ニュースウォッチャー』かな」

 いじっていた髪がピョンとはねる。除湿機が音を立ててはいるが、彼女の肌はしっとり湿っているように見える。

「助手クン、なんか目新しい情報は見つかった?」

「いいえ、似たり寄ったりですね」

 質問をなげかけられた助手は一旦手を止め、冷めかけのコーヒーを啜る。

「ふぅ……。凄いですよ、匿名少女かっこ十七歳の個人情報ダダ漏れ。で、無罪放免の署名活動とか、かたや死刑だとか。あぁ、模倣犯による殺人未遂なんてのも二、三件」

「あ〜……なんだかなぁ」

 くみこはソファーにごろりと寝転ぶ。腿に乗せていたリモコンが床に落ち、衝撃でテレビの電源が落ちる。変に衝撃が加わってしまったのか、裏のカバーが外れて電池が助手の足元に転がる。

「しゃんとしてください、ヒモ女さん」

 助手は電池を拾い上げる。拾い上げて、ぎゅっとそれを握る。

「くみこさん」

 いくらか静かになった部屋で、助手は呟く。その表情は俯いて見えない。

「何?」

「……我は一体、何と仲良くしようとしているんでしょうか」

 少し歩いてしゃがみこむ。リモコンと、リモコンのカバーを拾い上げて、言う。

「……我が仲良くしようとしている人間は、どうしてこうなんでしょうか」

 くみこは体を起こして髪をかきあげる。

「それは……答えを乞うているの?」

 助手が顔を上げると、まるでパチッと音を立てたように目が合う。

 視線の先でほっそりした白い指がこちらへ伸びて頬を撫で、下へ、顎に触れる。

「……乞うたら、答えてくれるんですか」

 やけに静かな部屋で離れがたい視線が混ざって、破りがたい沈黙が暫く響く。


「……んっは、なんて顔してんの」

 先に沈黙を破ったくみこは、ぱっと手を離して深くソファーに座り直す。

「美人が意味深なことしないでくれますか」

「あっはは。つまりね、君は考えすぎだ」

 おどけたように彼女は続ける。

「答えられないよ。生憎、私は真理の探究者とはほど遠い『ヒモ女』らしいし?っふふ。あ、そうだ。今日は君もなってみなよ、ヒモ女」

「誰が世話してくださるんでしょうかね」

「あー……膝枕でもする?」

 自動制御の除湿機が、寝ぼけたように音を立て始める。

「っふ、あーもう。じゃあせっかくだしお願いし-」

 ピコン

 幾分かリラックスして微笑みあったそのままに惰眠モードへ移行しようとするその最中、スマホが光る。

「-あっ、と。失礼します」

 ちょっと現実に立ち返った助手が表情を変えずに、しかしそそくさとスマホをいじる。

 いじって、ピタッと固まる。

「あー、うーん。今かー、えぇー」

「あれ、助手クン?そのリアクションはまさか」

「はい」

 突き出されたスマホの画面に映るのは、『緊急でのご依頼について』という件名と、それに続くメッセージ。

「こ、このタイミングで、お仕事……?」

「……はい」

 わなわなする探偵とわなわなを抑えようとするも隠しきれない助手。二人の声が、暗い部屋にこだまする。

「「い、今じゃないでしょ〜……」」


 ---


「い、いいじゃん。行こうよ。嫌なことを何もかも忘れるんだよ」

「あー、うーん、でもなぁ」

「忘れられるんだよ。辛かったり、苦しかったり、怖かったり、悲しかったり、嫌だったり、痛かったり、もう思い出さなくて良いんだよ」

「そっかぁ。そっかぁ」

「こ、この箱を使って、か、鍵を使って、くぐるだけだよ。これまでの辛かったり、苦しかったり、怖かったり、悲しかったり、嫌だったり、痛かったりしたことは無かったことになるんだよ。で、で、これからも無い」

「良いのかなぁ、それで良いのかなぁ」

「良いんだよ。このままだと、し、死刑だよ。痛くて苦しいよ。辛かったり、苦しかったり、怖かったり、悲しかったり、嫌だったり、痛かったりするんだよ」

「死刑かぁ。別にどうでも良いけどなぁ」


「まあでも、どうでも良いし」


「君が言うならそうしようかなぁ」


 ---


「いわゆる『組揶茂事件』で逮捕された女子高校生、組揶茂音波さんが失踪しました」


 薄暗い拘置所。頼りない蛍光灯の明かりの下で鉄格子が鈍く光る。

「四十分前に鉄格子の中から忽然と、です。正直我々としても意味が分からず混乱しています」

 ブランド物の腕時計をつけた警察官が指さす先は、寒々しい目の前の独房。人がいた痕跡など一つの無いようながらんどう。

「あ、右隣の独房だったかな……。まあいいや。日本を揺るがす大事件の容疑者を拘置所から逃したなんて世に知られれば、我々の信用は地に落ちます」

「既に底辺かと思ってたけど」

「くみこさんっ。すみません、それで、今回緊急のご依頼をしていただいたと」

「依頼……あ、そうです。入館証だけつけていただければ、施設内は好きに見ていただいて構いません。監視カメラ映像なども必要に応じて。こちらが鍵です」

「はい、了解しました。お任せください」

「報酬ははずんでくれると嬉しいです♪」

「あ、は、はい……!ぜひ検討させてください!」

 ふんふんと手を振るくみこに見送られ、少し耳を赤くして、エリート然とした男はその場を去る。

「ほんと、顔だけは役に立ちますね」

「どうも~。……んで、」


「『あれ』、どうしよっか」


 振り向いた二人は、独房の向こうにどす黒く渦巻く『あれ』に目を向ける。

「助手クンにも見えるよね?多分」

「さすがに見えますね。でも、人間には見えないんだ、『あれ』」

 小窓の向こうから月明かりが入り込む。雨もやんだ明るい月夜。しかし、小窓を通る月明かりは『あれ』の闇に食われ、飲み込まれる。電気がついているにも関わらず、独房はびっくりするほど暗い。

 二人は『あれ』を真っ直ぐ見つめたまま会話を交わす。

「『助手クンのもろもろ』とは関係ある?『あれ』について何か知ってるとか」

「予想はつきますが分かりません。『くみこさんのもろもろ』とは関係ありますか、逆に」

「ある」

「じゃあ質問してこないでください」

 助手が鍵を開けて独房に入る。通気性が良くない部屋はじっとり湿っている。

「『これ』ですよね。音波さん失踪の原因」

「『これ』だろうなぁ。名探偵の推理によると、『これ』」

「わー、ヒモ女さん名推理」

 助手は監視カメラを見上げて、また視線を戻して質問する。

「くみこさん、『これ』は何ですか。入っても大丈夫そうですか。入るべきですか」

「あいどんとうぉんとぅー……入るー」

「ヒモウーマンさん。わっつアンドきゃんアンドしゅどぅ」

「うへー」


 ccb<=50【知識】(1D100<50)>49>成功


 あくびをかみ殺してからくみこは答える。

「これは『門』。人間が暮らせるどこかへ繋がってるだろうね。しゅどぅは……あいどんのー」

「門……」

 助手が思考を巡らせていると、くみこは『門』に近づき、ためらいも無く半身を突っ込む。

「あっ、うぇっ!平気ですか!?」

「んー、平気ー」

 少しくぐもった声が答える。

「あー、はいはい。助手クン」

「え、はい……」

 くみこがぱっと体を引く。

「『門』は直に消える。あと二十分ってとこかな。それで、世の中に存在した『組揶茂音波』の記憶は全部消える」

「……なるほど。音波さんは異世界へ逃げたわけですね。恐らく、何者かの助力を得た」

「君は本当に賢いね……。でだ」

 くみこは、クイと親指を指して助手に問う。

「音波ちゃん、助けたい?」

「え……」

 その表情からは何も読み取れない。

「君は人間的だ。少なくとも、私より。だから君の意見が聞きたい。君から見てあの子は、大罪人の殺人鬼?それとも悲しき運命の奴隷?」

「わ、我は……」

 助手は視線を左右に狼狽しながらも顎に手を当て、考える。素早い思考が彼女の脳を駆け回り、そして十秒とたたない内に結論に達する。

「どちらであっても、死なせてはいけません」

「……いいね、私も見習わなきゃな」

 知っていたようにくみこは笑い、助手のイヤリングに手を伸ばす。

「残りは?」

「満タンです」

「よし」

 伸ばした手でそのまま腕を掴んで、二人は『門』をくぐる。

「おやすみ前のストレッチをしようか」

 独房から姿を消した二人に、誰も気がつかなかった。


 俯いたまま目を開けると、そこは海岸だった。

 地平線まで望めるはずの一面の砂浜。真正面から太陽が昇ってきたばかりで、朝焼けに照らされた水面にオレンジ色が混ざっている。方角的に、北がちょっとした岩場、西に高層ビル群が見える。

 一歩踏み出してみれば、たっぷりとした砂が靴の中に入り込み、少し足が沈む。混ざり毛の無い、細かで綺麗な砂だ。出てきたばかりの朝日を受けてガラスのように光っている。

「おはよーう、助手クン」

「おはようございます、くみこさん」

 冗談めかして挨拶を交わし、視線を上げる。


「そしておはよう、化け物さん」


 それは、異形の化け物。ゆうに四十メートルは超えようかという巨体、ゴミを混ぜてできあがったような汚い黒色の皮膚は、海につかった部分がデロデロと光っている。四方八方に腕を伸ばしながら太陽の逆光を浴びるその姿の至るところから目が、目が、目が。


【SAN値チェック】

 くみこ:1D6=1

 助手:1D6=1


 ガバッと視線を上げて片足を引く臨戦態勢の二人に、しかし目の一つもくれない化け物。それが何十という目の全てを向けているのは、砂浜に倒れる一人の少女。

 くみこは、望める「はず」の地平線を覆い隠す異形の化け物に、爽やかに手を上げる。

「いくよー助手クン。音波ちゃんにモーニング・コールの時間だ」

「了解ですッ!」

 気合いの入った声と共に最初に飛び出したのは助手だった。踏ん張りのきかない砂浜を物ともせず、滑るように音波に近づく。

「この子が音波さん……」

 仰向けになって静かに寝息を立てている少女。黒髪のやつれた姿。紛れもなく組揶茂音波だ。寿司屋で見たおぼろげな記憶と照らし合わせてみると、少し髪が伸びてボサボサになっているようで、砂粒まみれになってしまっている。傍らに、何か白い箱のような物が落ちている。

(これは一体……?)

「助手クン!!」

「っ!?」

 くみこの切羽詰まった声にハッとし海の方を見れば、異形の化け物がこちらを捉え、触手を振り下ろしてくるのが見える。実に正面十メートル。化け物との距離がグッと近づく。

 化け物は、視界に突如入り込む助手に不快感を示すように触手を伸ばす。巨体からは考えられないような速さで迫るそれらはまるで、触手というより弾丸のようだ。触手に気持ち悪いほどくっついている目玉たちは、あるものは三白眼をギョロギョロさせて敵意をむき出しに、あるものは目頭を釣り上げた好奇の目で視線を浴びせる。

「危ないッ!!」

 助手はくみこの方を見て、驚いたように目を開き、


 ccb<=75【ナイフ】(1D100<75)>57>成功


 刹那、短く閃光を走らせて思いっきり前に飛ぶ。

 くにゃりと異常なほどの前傾姿勢で砂浜を蹴るその後ろで、触手についた目のひとつが刺されて潰れ、黒い液体とバチバチ飛んだ砂が混ざりあって海に流れ出している。

「ヒモ女さん、これは『おやすみ前のストレッチ』なんでしょう?」

 痛みにもがく化け物の射程外、くみこの隣まで三歩で戻ってきた助手は、肩に音波を担いでいる。

「急に大声出さないでください、ビックリするでしょう」

「わぁ、すっげ」

 まだストレッチすらしていないヒモ女さんが感嘆する。

「で、我はこれからどうすれば?」

 半身を化け物の方へ向けて警戒を解かず、助手は素早く音波をくみこへ渡す。寝ているのか、だらりと脱力している彼女はあまりにも脆そうで、くみこは仰々しくお姫様抱っこをする。

「とりあえず、向こうの岩場へこの子を置いてくる。指示も説明もそれからだっ。助手クンは-」

 ゴバッ!!!

 化け物の前で嵐のように砂浜が吹き荒れ、波が逆立つ。

 三人の髪が吹き荒れる中、爆音と共にキラリと吹っ飛んできた何か。目ざとく見つけた助手は、思いっきり右に踏み込んで手を伸ばす。

 二秒後、ギリギリ音を立てそうなほど握りしめていたのは-、なんとさっき刺したナイフの柄だった。

「じゃあ、時間稼ぎで良いですか?」

「っは。あぁ、最高!そいつとドッジボールしてあげなっ!」

 いつぶりかの戦闘に、そして助手の余裕な動きに興奮すら覚えながら、くみこはふわりと音波を運ぶ。

 横目で助手を見れば、大きく振りかぶってナイフを投げているところだ。リリースポイントが明らかに低い。砂浜ギリギリだ。投げきった彼女の姿勢は、先程のように異常な前傾姿勢を見せている。

「およ、投擲下手っぴか?」

 ゴバッ!!!

 くみこの呟きもかき消される轟音の中、しかしそうやって砂浜を巻き込みながら超低空飛行するナイフは、まるで野球のライズボールのように浮き上がる軌道で化け物の目玉に突き刺さる。いや、恐らく突き刺さっているだろうと、化け物のもがき方からわかる。低い投擲のせいで舞に舞った砂埃でナイフが全く視認できないのだ。助手が敢えての低空飛行を狙ったのだろうと分かる。

「うわ〜えぐ」

 言いながら岩場に着いたくみこは、音波をふわりと岩場に寝かせる。のんびり歩いていたように見える彼女だが、なぜか既に化け物と千メートル程の距離がある。遠目から見える「ドッジナイフ」も、音がだいぶ遅れてやってくる。膠着状態のようだ。

「なるほど……」

 くみこはサングラスをかけ直して考える。

「こちらに全く意識が向かない……音波に執着しているんじゃないのか?あの感じで目が見えないは無いだろうし……」

 向こうからまた轟音と衝撃波が伝わる。ぶわっと逆立つ髪を押さえつけ、くみこはスっと目を細める。

「二重人格……なるほど。音波じゃなくて『殺人ピエロ』に興味がおありで。おそらく、あそこの白い箱が……」

 千メートル先のドッジナイフ会場は、今や数十メートルの巨体すら半分以上覆い隠すほど砂埃、いや、砂嵐が吹き荒れている。

「んーと、箱が……」

 朝方の海風が強い。砂が舞ってもある程度は風で飛ばされるが、すぐにナイフが投げ返されているのだろう。また嵐が吹き荒れて視界を妨害する。

「あれ、箱……」

 くみこの肌に、冷や汗が伝う。

「やっべ……箱、どこ?」


 ---


 バゴッ!!!

 そんな音がして視界が開ける頃には、もうナイフは首の右十センチを通っている。

 獣のようにギラついた目で愛刀を捉えた助手は、躱したことを確認してから右手で柄を掴み、クルッと腰の位置に戻したかと思えば、間髪入れずに投擲する。どうせどこかしらに当たるだろうと、位置調整が適当になっているようだ。

 強く踏み込んだ足が更に一センチ沈み込む。少し下に意識を向ければ、何十往復目だろうか。もうだいぶ投げ合っている事が、その足元のくぼみから分かる。

「ッスー、ふぅッ!!」

 今や助手の呼吸は、まるで蛇の威嚇音のような音を漏らしていた。摩擦で真っ赤になった手の平、その痛みを少しでも軽減しようとするように左右の手で交互にナイフを受けるが、やり取りのスパンがかなり短いためあまり効果はないように見える。

 着実に体力を消耗している助手。しかし、その目だけは瞬きをしていないのではと思うほどぱっちり空き、ギョロギョロと奥を観察している。奥十メートルにわたって続く砂煙の向こう、ギラッと光る僅かな光、そして砂の巻き上がり方。

 助手は体を斜めに引いて右手を前に突き出す。その瞬間、

「んん゛ッ!」

 薄く皮が剥け始めた親指と人差し指の間を閃光が走り抜け、きゅっと結んだ口から堪えきれない声が漏れる。

 助手は少し顔を顰めながら、しかしまだ冷静に銀色の閃光を交わして柄を掴む-

 のだが。


 バゴッ!!!

「……ッ、しまった!」

 今更のように遅れてやってきた衝撃波を受け流すその間に、ナイフがするりと手から抜ける。摩擦の影響で、ほぼグリップが効いていなかった手からナイフは滑らかに滑り落ち、そして砂嵐をまともに喰らって縦横無尽に吹っ飛ばされる。

 その無数の目で有利を見極めたか、化け物は一斉に弾丸のような触手を伸ばしてくる。

『良いぞ』

『良いぞ良いぞ』

『死にそうだ』

『ああ、とっても死にそうだ』

「っ!?この……思考は一体っ」

 切り替えてその場での回避に徹する助手の頭に聞こえてくるのは、悪意に満ちた「思念」。目の前を触手が通過する度、背後からの一撃を躱す度、張りついた目が、思念を体現するような目が、ニヤニヤ笑いを浮かべる。あの目も、あの目も、あの目まで。

 砂が目に当たるのも構わず、瞬きを一切しないで避けに徹する助手。足元がどんどん抉れて、まるでスナジゴクの巣のような形状になっていく。


 ccb<=55【回避】(1D100<55)>3>クリティカル


『死ねよ』

『殺されろよ』

『そうだそうだ』

『なぜだ』

 しかしその不利なポジションを持ってしても一撃も当たらない助手に嫌気がさしたのか、二、三十秒かそこらの攻撃で巨体はすぐに触手を引っ込める。そのニヤニヤ笑いを目の前の一人に全て差し向けながら。

「なぜだ?ハッ、我を誰だと思っている。時間稼ぎに遊んであげているからですが」

 声が届いていないのか、ハッタリだと高をくくっているのか、そのニヤニヤ笑いが変わることは無い。

『私が殺す』

『いや、俺が殺す』

『殺すな、まだ殺すな』

『まだ殺すな』

『まだ殺すな』

 気づけば太陽は完全に姿を現し、空は青く澄んでいる。後光をまともに浴びた化け物は、逆光で創られた影により、暗い体を更に黒く塗りつぶす。その異様な輪郭だけが白い光を放っている姿は、まるで死が実態を持ったようだ。

 そんな化け物に対して、アリジゴクの中から一瞬も視線をそらさないで助手は手のひらを指でなぞる。

「五秒確保……小童が」


 <治癒>

 コスト:正気度1 12MP

(1D3=1)ラウンド後に(2D6=8)を回復

 上限超過:7回復


「?????????」

 まるで見下すように化け物を見上げ、人には理解不能な言葉を紡ぐと、真っ赤にめくれていた手のひらが温かい光に包まれ、みるみるうちに回復していく。

「?????????」

(あと四秒……)

『なんだ』

『なんだ』

 うごうごと攻めあぐねていた化け物は、彼女が放つ温かな光を見て再度好奇心のままに触手を差し向ける。

 先程の攻撃スピードと同様、化け物が出せる最高速で迫る触手。その場で詠唱に集中し、全く動かない助手は、しかしそれを気にもとめない。

(よし、思った通り……スピード感も攻撃パターンも既に見切った)

 分かっているのだ。五秒、治癒完了までの五秒間に化け物が助手まで到達することは無いと。

『殺せ』

『殺せ』

『殺せ』

 思考はまだまだ流れ込む。流れ込むそんな思考も気にとめず、助手は淡々と言葉を続ける。

(あと二秒……)

 少しだけほくそ笑む。


『殺すな』


(……ん?)


『殺すな』

『殺すな』

『殺すな』

『殺すな』

『殺すな』『殺すな』『殺すな』『殺すな』『殺すな』『殺すな』『殺すな』『殺すな』


 あと一秒、動けるまであと一秒で流れ込む思考に異変が生じている。

「?????????」

 詠唱を止めないまま、助手は眉を寄せて化け物を観察する。なんだか、目玉が全部、少し上を向いているようで。

(ん?……)

 上に少し意識をやる。詠唱を終えたばかりの口がぽかんと開く。


 そう、忘れていたナイフが、あと一秒より先に顔面に突き刺さる。


「あ」


【本気を出す】

 ccb<=50【拳銃】(1D100<50)>88>失敗


 ガキィン!!

 化け物を狙った銃撃が失敗してナイフをはじく。

 猛烈な金属音が鳴り響いた〇.五秒後、高速の触手がアリジゴクに到達する。おびただしい数の触手が砂浜の一点を狙い撃ちにし、砂がまるで波のように巻き上げられ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。

 目の存在を忘れるほどの一面砂煙の中、一筋の細い白煙が上がっている。

「化け物……ふざけるな」

 白煙は拳銃から出ている。探偵の構えた拳銃から出ている。

「私の……否、我の優秀な助手を散々愚弄しやがって」

 白衣とサングラスを砂で真っ白に汚して、くみこはゆらりと前に出る。片手で眼前を扇げば、周囲の砂が綺麗に吹き飛ぶ。

「ストレッチはやめだ。日が出て目が覚めた」

 視界が開けた化け物の前には、上着とサングラスを脱ぎ捨てたくみこが立っていた。

「我の視界から去れ。さもなくば、跪いて祈れ」

 まるで神のように、彼女は吠える。

「よくも我の助手を殺めたなッ!!」

「生きてるわ」

「えっ」


 ぶわっと海風が吹いて、あたりの砂埃があらかた収まる。

 アリジゴクから南方十五メートルの位置に立っているのは、無傷の助手さん。いや、全身が白銀のうろこで覆われた、「人ならざる生物」。余裕の表情で化け物と探偵を見下す白蛇会のトップ、その姿の片鱗だった。


「えっ」

「生きてますから!殺めないでくださいよヒモ女さん!」

「あ、その、我は……」

 言いかけたくみこの顔が、ギュンと真っ赤に染まる。

「はっ。いやっ、そのっ、スゥ-、『わたし』は〜」

「言い直さないでください、照れないでください!!」

「ひゃ〜、ひゃ〜」

 化け物の目玉が、心做しか呆れている。

「そもそも!我があれくらい対処できないとでも思ってたんですか?白蛇会会長なめないでください!」

「え、だってナイフ見てぽかんとしてたんじゃ……」

 疑問ももっともだ。動けない治癒時間の間に顔面に降ってきたナイフを受け止めるすべはないはず。少なくとも、人には。

「違いますよ、咥えようとしてたんです」

「……………歯で?」

「歯で」

「ひゃ〜〜〜」

 化け物の目玉が、心做しか白けている。

「あと、よくも我のナイフを撃ってくれましたね……」

「い、良いエイムだったでしょ」

「はーいおかげさまでいのちびろいしましたー。傷と拾う手間が増える素晴らしいクソエイムで」

 ボコッ、ボコッ、と。

 空気になりかけていた四十メートル超の化け物が、ようやく痺れを切らしたように巨体を蠢かせ、二人の意識を現実に引き戻す。

「あぁ、話は一旦やめです。続きと今後の対策は避けながら」

「まだ顔が熱いよぉ」

「海水でも被ってきたらどうですかッ!!」

 言うが早いか、触手が再度二人に迫る。先程の攻撃で既に見切っている動き。くみこはふわりと、蛇人間は最小限の動きで回避に入る。

(真正面と二時、加えて大回りで背中から……上半身を捻れば十分っ)

 獣のごとく、更に鋭くなった目をかっ開きながら考えつつ、助手は軽く体を捻る。

 と。

「あれっ、しまっ、だッ!??」

「助手クン!?」

 見れば、触手が掠ったのか背中を横切りパックリ傷が開いて、多くは無いが少なくもない量の血が流れている。

「助手クン!!くっそぅ化け物、よくも殺めてくれたな!!」

「だから殺めるなっ!!!」

 回復のため、一旦戦線を離れようと交代する助手。しかし、

「あっ、や、ぶぇっ!?」

「くみこさん!?」

 化け物から完全に意識が逸れたくみこが、鞭のような攻撃に叩きつけられて海へ吹っ飛ぶ。

「うあーもう、何やってんですかっ!」

 言いながら、助けに海へ走り出そうとする助手だが、くみこに割いていた分の攻撃量が彼女に差し向けられ、思うままに動けない。

(おかしい、攻撃力が段違いに上がっている。まだ本気では無かったのか……?)

 助手の顔に浮かんでいた余裕さが薄れる。

 一方のよそ見美人は、咄嗟の受身はとれていたようだが、それでもバシャンと大きな音を立てて海へ叩きつけられる。

「ぶはっ、顔の赤いの冷えたよーっ、くしゅん」

「そーですかっ!で、作戦は?」

 びしょびしょとボロボロが再び横に並び、回避を続ける。

「なんか攻撃が激しくなってる気がしますけど!」

「ほっ、よいしょっ。ま、そろそろあいつもふざけてらんないよねぇ。助手クン、白い箱知らない?君なら中身の検討がついているだろうけど」

「あぁ、音波さんの傍にあったやつですね。恐らく……サブ人格、恐らく殺人鬼の方が入っているのでしょう。化け物の『思念』からして、恐らく負のエネルギーで惹かれあっている」

「二百点満点♪」

 まるで談笑のような雰囲気だが、彼女らは紛れもなく超高速の攻撃を神回避しまくっている途中なのだ。

「つまり、作戦は『逃げ』ね!音波も隔離したし、いいとこで見切って視界から外れちゃえば追ってこないっしょ!」

 逃げるが勝ち、という訳である。くみこは意外と単純な提案をしてきた。

「あの箱が放っているサブ人格の意識……殺意の匂いって言うのかな。もうじき薄れて消えるだろうから、化け物の興味も失せるでしょ。私たちは狙われない」

「あーなんだ、そうなんですねー。安心安心」

「そそ、箱に直接触れたりしてたら話は違うけどね」

「触れたりしてたらですかー」

「うんうん。優秀な助手クンなら触るわけ無いだろうけどさ。殺意の匂いが移っちゃうもんね」

「あーそしたら我ら、本格的に狙われちゃいますねー危ないですねー」

「ま、助手クンなら触らないよねー。ときに、助手クン」

「…………」

「なんか攻撃激しくなってない?」

「ごめんなさい触りました!!!」

 ズガガガガと、今やマシンガンのような音を立てて四方から迫る攻撃。

「うーん何でかなー!!??」

「てか持ってますね!!」

 攻撃の合間に懐をゴソゴソやって箱を取り出す助手。

「次の作品のインスピレーションになるかなーって思いまして!!」

「うわーっ!!なるかなーじゃないよっ!何しれっとポッケに入れてたのさ!!ポイしてポイ!!」

 バンバンやってくる爆撃のうるささに負けないよう、半分叫びながら二人は会話する。

「あー、それがー……」

「え!?なに!?」

「……ちゃい……して……」

「何!?声!大声!!」

「いじってたら中身の意識ちょっと戻しちゃいました!!」

「何やってんのぉ!!!?」

 化け物の、腹への鋭い突っ込みを交わしながらツッコむ神。下から迫る攻撃にすかさず反応して脚をかわし半回転。首を捻って二歩下がり軽くジャンプすれば、こつ、と肩が助手にあたる。

「も〜どうすんの助手クンっ!君なら分かってたはずでしょ、逃げられなくなるでしょ!」

「あー、すみません。でも、」

 背中越しにボソッ。

「どうにかできますよね、あなたなら」

 すぐに迫る攻撃を避けにいく助手。膝をついてパっと下にかわし立ち上がると、

(っ!?)

 バチンッ!!という音と共に触手が薙ぎ払われ、嵐のような砂埃が一斉に薙ぎ払われる。

「え〜〜っふふ、アッハハハハッ!」

 聞き惚れる高笑い、それをかき消すような轟音。なんだかものすごそうなオーラ。

「やー、いいね!助手クン超良いね!!」

 まるでモーセが海を割ったように、くみこは心から興奮したようにまくし立てる。

「えへへ、久しぶりに頼られちゃったぁ!まーどうにか出来るのよね!私神だし!」

「え、うそチョロ」

 普段褒められないと、人はこうなるらしい。まあ神だが。

「作戦その二だ。木っ端みじんに叩き潰せッ!!」

 両手に拳銃を構えた探偵は、四十メートル超の獲物を前に、そう意気揚々と宣戦布告した。

 太陽は更に高く昇る。第2ラウンド開始だ。


 ---


 ccb<=40【拳銃】(1D100<40)>77>失敗

 ccb<=40【拳銃】(1D100<40)>35>成功

 ccb<=75【ナイフ】(1D100<75)>22>成功


 タン、タンと規則的に乾いた発砲音が響く。ある弾はどす黒い皮膚を貫通し、ある弾は目玉に当たってぐちゃりとそれを破壊する。

「やっぱり目が弱点なのかな〜。ゲームじゃないんだから」

 ますます激しくなる化け物の攻撃。目玉をやられて地面でのたうち回る数本の触手を除いて、数多の腕が嵐のように荒れ狂う。

「そうだっ、箱見せて」

「どうぞ」

 ナイフで目玉を潰したばかりの助手に、後ろ手でぱっと手渡された白い箱。見た目こそなんの違いもないように見えるが、夜組紐はスっと目を細める。


 ccb<=60【目星】(1D100<60)>44>成功


「あちゃー……やばいね。ブラックボックスじゃん。白いけど」


 ccb<=40【拳銃】(1D100<40)>18>成功


「うるさいなぁ……助手クン、作戦が決まった。いったん目玉は潰さないでね」

 銃をリロードしながら探偵は作戦を提示する。その間も襲いかかる嵐は、しかし助手のナイフによって鏖殺され、地面をのたうち回る。

「作戦って……。このままくたばるまでやれば良いだけじゃないんですか?」

「それがねぇ、やっぱそうもいかないかも。」

 タン、タンと発砲音。上方、真横と、面倒くさい位置からの攻撃を的確に狙って撃ち落とせば、助手の動きに幾分かの余裕ができる。

「一つ目に、化け物を殺したくない。これは神に近い。実質死なないタイプだ。今殺すことはできるが、どこかで転生して逆恨みで誰かを襲う」

「それは……死なないよりタチが悪いです」

「そうね。で、二つ目は、音波がいつ起きるか分からない。殺人ピエロ人格をブラックボックスに閉じ込めた直後にナイフや拳銃を見てどんな反応をするのか、私にも予想がつかない」

「あー、分かりました。それじゃあ、あれですか」

「そ。程よく痛めつけて帰ってもらう!」

 発砲音、粘着質に触手を裂く音、そして打ち寄せる波の音。気がつけば、あんなにあった目玉は残り十を数える。

 痛みからか激昂した化け物は、フーっ、フーっと全身から汚い蒸気を出して青い海辺を灰色に濁らせる。周りの景色は、もはや厄災を超えて天災、神の怒りを体現したようだった。

「やばい、我勢い余って殺しそう」

「慎重に行かないとねぇ。で、方法だけど、目玉一つ残しの<幽体の剃刀>九連撃でバチコン吹っ飛ばす。できる?」

「『程よい』攻撃で笑えますね。じゃあ詠唱するので二分守ってください」

「うえぇこれを二分!?」

「無茶言ってる自覚してください、このヒモ女さん!」

 化け物の残り体力に気を使いながら、しかし二人は人智を超えた攻防に身を投じる。最小限の動きだけで回避するくみこがおのれの髪をふわっと撫でつければ、その一ミリ右を攻撃が通過し、続いて助手の脚の間を、別の触手を蹴り飛ばしたあとの股をくぐって空振りする。

「二分か……。一人ならともかく、君を守ってとなると不安だな。どうしよ!どうしよ!」

 指揮官ヒモ女さんは、相変わらず役立ちそうになかった。

「もー、仕方ないですね!」

 ダンっと、砂浜とは思えない音を立てて、股をくぐった触手を踏み抜いた助手は、しかし少し得意げに前を向く。

「まぁちょうどいいか……くみこさん!」

「なにー!?」

「我からプレゼントです」


 <邪眼>

 コスト:正気度1D4=2 10 MP


 周囲がひび割れる。なんの脈絡もなしに、世界が一瞬バグのように揺れる。それは助手の目元から。真っ赤に染った極小の瞳孔がまっすぐ化け物を見すえ、そして空気を伝って化け物に真っ赤なヒビを入れる。

 パキン

 薄い板が割れるような音がして、そんな一瞬の内に世界は元に戻る。

(ん……?)

 くみこは、一瞬の出来事に軽く驚きつつ、化け物の攻撃を捌きに向かう。

 と、

「お?あれ?なんか避けやすい!?」

 超人バトルに変わりは無いのだが、化け物の動きがガックリと鈍くなっている。よく見ると全体が何か赤いひび割れのようなもので覆われているようだ。攻撃精度も落ちているようで、手数は変わらないはずなのに対処すべき攻撃が減っている。

「おー、これいいですね」

 助手は、真っ赤な目のまま満足そうに頷く。

「え、呪文!?何コレ、私知らないんだけど!」

「ふふん。ちょうど呪文デッキ変更したばかりなんです。<深淵の息>をいじくって、新呪文を創作しました。その名も〈邪眼〉!所謂デバフですね。これで二分持つでしょう」

「んなカードゲームみたいな感じなんだ!いやでもめっちゃ助かるわ〜楽できてラッキー」

「楽できて?」

「あっ」

 ヒモ女さん、何度目かの失言。助手はすかさず、ずいずいと詰め寄る。

「今『楽できて』って言いました?もしかして二分無理だよ〜は能力的な話じゃなくて労力的な話でした?」

「いや、あの、その」

「我にだって魔力の限度はあるんですからね?<幽体の剃刀>九連撃っていう我くらいしかできない魔力カツカツコース確定の無茶ぶりを引き受けてあげつつ、あなたのサポート呪文まで使ってあげているのに、ヒモ女さんは楽しようとしてるんですか?」

「あっははー、でも」


「君ならできるでしょ」

「っ、ばっ、だぁッ!!」


 ccb<=85【こぶし(パンチ)】(1D100<85)>6>クリティカル


「あいッて!?」

 完全にさっきの仕返し決めゼリフ(激烈美人ver.)を繰り出したくみこだったが、普通にどつかれた。照れゆえの攻撃には重すぎるくらいにはどつかれた。

「いって!今日イチいって!やーいちょっとほっぺた赤いぞ!」

「馬鹿なことしてないで化け物ひきつけといてください!馬鹿っ!」

「二回言われた!二回!」


 ccb<=40【拳銃】(1D100<40)>38>成功

 ccb<=40【拳銃】(1D100<40)>19>成功



「お前はうるさい」

 ようやく戦闘モードに戻ってくれたくみこは、拳銃と暴力を使い分けつつ助手の保護に徹する。

「安心しなー助手クン。一メートルだって近づかせないよ」


 <幽体の剃刀>

 コスト:正気度2 2*9MP

 詠唱に2ラウンド必要


「????????」

 くみこに応答するかのように、理解できない詠唱が開始される。助手が目を閉じて手を組むと、全身を薄く覆う白銀のうろこが更に輝きを増して存在感を増していく。太陽の光を受けたダイヤモンドのようなうろこが九つ。彼女の周りを浮遊し始め、短剣に形を変えていく。それは呪文と太陽の光を受けて更に眩しく、眩しく、眩しすぎて見えなくなるほど輝く。

 輝きに照らされた助手はもはや助手ではなく、古の眠りから覚めた高貴なる超人間、『白蛇会会長』蛇人間。その真の姿だった。

「うわー、神っぽい」

 ちらりと助手を見て呟くくみこ。化け物が〈邪眼〉によって弱体化しているとはいえ向こうは後がない本気モード、こちらも一人守りつつの戦闘のため、有利になったかと問われれば肯定はできないだろう。

「仕方ない。私も二分くらいは仕事しますよっ」

 弾丸のように八方から迫る十以上の触手を前にして、彼女は片腕を前に突き出す。

「ま、楽はさせてもらうけど」


【本気を出す】

 ccb<=95【組紐】(1D100<95)>90>成功


 ドンッ!!という重低音が鳴り響き、探偵の体からぶわりと糸があふれ出す。既に彼女を覆い隠している華やかで細い糸が何千、何万、いや、もしかしたらそれ以上。あそこが絡んで、あそこも絡んで、美しく、規則的に、様々な模様を織りなす。

「糸よ……」

 くみこのつぶやきは、静かに、厳かに空気を震わす。その姿は、まるで見えないヴェールが揺蕩うように、人ならざる何かだと理解させるオーラを纏っている。

「あの化け物を結びなさい。結わえて、搦んで、契りなさい」

 刹那、突き出した右手の拳を握りしめ、ふわりと引っ張る。

「もう、動けないようにッ!」

 ガバッ!!

 およそ糸とは思えない、今日イチの風圧。数えるのも困難な幾億の糸が紐を織りなし、命を持つように化け物へと絡みつく。

『やめろ』

『眩しい』

『やめろ』

 化け物の思念に焦りが浮かぶ。ただでさえデバフをかけられて全身が赤くひび割れている化け物に、紐たちの攻撃を回避する手段なんてあるはずも無く、あっという間に触手の一つも動かせない状態になる。おぞましいほどにどす黒い異形の姿は今や全身を組紐の美しい模様で彩られ、醜美の歪なギャップでヒトの脳なら理解を拒む芸術作品に変わってしまったようだった。

「……もうすぐ二分かな」

 一分かそこらで、この畏るべき芸術作品を作り上げてしまったくみこは、


「は~やっぱ楽できて良かった!」

 あっという間に気を抜いた。

「いえーい助手クン見ってるー?」

「???????????」

 詠唱こそ止めないが、助手の顔が語っている。

『このヒモ女さんのために魔力ぎりぎりでデバフかけたの失敗だったわー。あーあ我甘すぎたなー。もっと働けヒモ女さん!!』

 それはもう、めちゃくちゃ雄弁に語っている。

「うーん、でもやっぱりつまんないなぁ。ギリギリのバトルごっこしてた方が楽しいや」

『離せ』

『邪魔だ』

『ほどけ』

「????????????……お待たせしました、ではお望み通り……」

 助手が人の言葉を口にする。彼女は浮遊していた九つの白銀の短剣を両手の指で器用に挟み、舌なめずりをしてから振りかぶる。短剣が太陽のように真っ白に輝き、太陽より真っ白に輝き、そして不可視になる。


 <幽体の剃刀>

 2ラウンド経過:発動

 威力:1D6=1 1D6=5 1D6=5 1D6=2 1D6=1 1D6=6 1D6=4 1D6=3 1D6=5


「吹っ飛ばしてあげますッ!」

 右、左、振りかぶったそのまま水平に投擲される不可視の刃。

「いけぇッ!!」

 不可視の九連撃は必中。獲物をいたぶるかのような快感すら覚えつつ助手が叫ぶ。

「完璧……」

 くみこが呟くと同時に、

 ごぼっ

 残り十個の目玉が、一つを残して完璧に潰れる。

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』

『イダイッ!イダイッ!!』

 化け物の思念がつんざくような悲鳴を上げる。一気に潰された九つの目から黒い体液が溢れだし、ドクドクと脈打つスピードで海に流れ込む。化け物は一層激しさを増してのたうち回り、動けない体で動こうと必死になる。

「んふふ、ハイお終い。意識あり、出血量もこのくらいじゃ死なないでしょ」

「くみこさん」

「なーに?」

「二分守ってって言ったでしょ」


 デバフが消える。

「え」

 約半分になっていた化け物の器用さが元に戻る。

 一層激しさを増してもがく触手が、一本、また一本と拘束を抜ける。

 やらかした、その言葉を紡ぐ暇も無く、

「やっ」

 暴走した触手の攻撃が、動けない助手へ襲いかかる。助手の名前を呼ぶその声は、誰にも届かない。


 ---


【真の姿を現す】

【SAN値チェック】

 化け物:1D10=10


 ---


『ヤメ゛ロ!!!』

「やだよ」

『イダイ゛ッ!』

「そりゃそうだ」

『ナンデッ!!』

「さあな」


 ccb<=95【組紐】(1D100<95)>1>クリティカル


『オア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!??』

「死なないだろ?でも痛いだろ。ならばここから去れ」


 ccb<=95【組紐】(1D100<95)>1>クリティカル


『イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!!??』

「去れ。その後は、跪いて祈れ」


 ccb<=95【組紐】(1D100<95)>1>クリティカル


「覚えておけ。我の名は『夜組紐』。神界から降りし神である」


 ---


 そこは、海岸だった。地平線の向こうまで見渡すことができる、何もない大海原。北側に岩場、西側に都市のようなものが見える。太陽は上空を目指してどんどん昇っていく。

 一人の「人間」が砂浜を歩いていた。穏やかに打ち付ける波とは正反対の、あちこちが抉れ、埃が舞い、戦争が終わったような砂浜だった。歩く「人間」は、この世のものとは思えない美しさを兼ね備えていた。艶めく栗色の髪を海風になびかせ、少し汚れた白衣とサングラスをそのままにキョロキョロと窪みを確認する。

「んー、だれ。」

 向こうの窪みから、声が聞こえる。

「はっ、」

 小さく息を吸ったくみこは、少し幼く聞こえるようやその声に眉を寄せ、一歩一歩声の方へ近づく。

 そこは、数多くの窪みの中で最も大きくて最も深いえぐれ方をしていた。地雷が爆発したような、もしくは巨大なアリジゴクが巣を作ったような地形の中心。そこにはポツンと人影が。

「っ、助手クン!!」

 視界に人影が映った瞬間、くみこはなんの迷いもなしにそれに駆け寄る。

「無事かっ?ケガは!はっ、ごめんっ!格下だと侮って、君が傷いた。ネズミと遊ぶみたいに見下して、気を抜いて、結果噛まれるのは君だと思い至らなかった。ごめん……」

「ん、んー?」

「本当に……って、え?」

 ガバッと頭を下げたくみこは、なにか違和感を覚えて顔を上げる。

「お、おねえさん?おねえさんは、だぁれなの?」

「へ……」

 百十センチ程度、小学一年生ほどの身長。ぷっくりした赤い頬にクリクリの黒目。その舌足らずな質問は、純粋な好奇心と愛想を伴っている。その姿はどう見ても。

「助手クン……?って、ぇえええええええええっ!?」

 こてんと首を傾げるのは、なぜかちっこくなってしまった助手の姿だった。

「じぉ……ん?」

 ちび助手は、しばらく不思議そうに首を傾げていたかと思うと、何か閃いたように口を開く。

「まりょく、ないの」

「へ、へ?」

「きおくもないの。これね、あのね、じえーしすてむ」

「自衛……?」

「じえーよ、じえー。わえね、おとなのへびさんだもん」

「お、大人?でも記憶ないって」

「だかあね。わえのあたまで、んーってね。んーってかんがえて、まりょくないかあね。ないとちっちゃくなっちゃうけどね。きおくなくてもね、わえはおとなのへびさんだもん」

「…………は〜〜〜」

 がっくりと座り込むくみこさん。なんとなく状況を理解したような、理解していないような。力が抜けた体を何とか起こし、顔を手で覆う。砂がばふっと舞うと、ちび助手はわっと目を丸くする。

「おねーさんどーしたの?」

「あー……いや、まぁ、いいや。良かった。良かった……」

「よかったの?」

「良かったよ……はは。あっはは」

 覆った顔から見える口元は、安心したように弛緩していた。

「それにしても可愛いね〜。へびっつーか、ウサちゃんじゃない?」

「わえはへびさんよ」

「そういうぽちゃぽちゃした感じがウサちゃんなんだよ。っはは、いつもこんくらい愛想があればなあ」

 くみこは、ぱっと立ち上がる。

「そうだウサちゃん。あっちの岩場に音波ちゃんいるんだけどさ、町まで連れて行ってくれない?分かる?」

「んー、んー」

 つられて立ち上がったちび助手は、くぼんだ砂地からささっと這い出て、遠くで眠る女子高生を観察する。

「あー、わかった。あのおんなのこをまもって、たたかって、じえーしすてむなったんだ。でしょ?」

「賢っ」

「ふすん」

 くみこの表情筋は、すでにゆるゆるである。

「じゃ、頼むね」

「んー。でも、わえね。なまえおぼえてないのよ。おはなしできないわよ」

「ウサギって名乗っとけば」

「そ」

 ちび助手は、とてとてと走って行く。一分かそこらでその小さな姿は岩場に隠れて見えなくなるが、恐らく音波を起こして町へ連れて行ってくれるだろう。誰もいなくなった海岸沿い。くみこは一人立っている。

「……それじゃ、お話ししようか」

「……」

「起きてるのは知ってるよ。ブラックボックス」

 右手に持った白い箱から、どもった声が微かに聞こえる。

「……し、白いと思ったんだけど」

「ごめんね。うちの助手が君の意識を戻したっぽい」

「な、な、」

「ああ、君の正体は知っているよ。音波の第二人格さん」

「……音波」

 声が繰り返す。

「音波。音波。そう、音波は?音波はどうなった?」

 喉が潰れているように、しゃがれた声が波間に響く。

「ブラックボックスはあの子のことばかりだね。他に色々気になることがあると思うんだけど」

「ない」

「あっそ……」

 ブラックボックスは、時折苦しそうに咳き込むだけで自ら言葉を発しようとはしなかった。

「まあいいや。音波は無事だよ。ブラックボックスに惹かれてた化け物は退治しといた。助手が町まで誘導してるところだよ。あとはどうにかなるでしょ」

「はっ……そうか。音波、音波、良かったっ、けほっ、けほっ」

 咳き込む声。くみこは目を細める。

「……君さあ、本当にそう思ってる?」

「え、は、」

「だから、音波が良ければそれでいいみたいに言ってるけど」

「けほっ、けほっ、う、うん。音波がき、恐怖を感じなければ、それで……」

「……」

「……ごめんなさい。嘘」

 遠くで鳥が鳴く。

「ずっと、それだけだったんだ。音波が辛かったり、苦しかったり、怖かったり、悲しかったり、嫌だったり、痛かったり、そうしないように。取り除いて、排除して、殺して」

「……やっぱり、君が殺したんだね」

「うん。で、でも、それで良かったんだ。だって、それから、あのクソばばあの頭を踏み潰したその時から、音波の苦しかったり、怖かったり、悲しかったり、嫌だったり、痛かったりする感情がスッと消えていくのを感じたから。と、時々、音波がどう思ってるか確認してたけど、あ、あれ以降は、本当に恐怖を感じていないんだよ」

 声は、徐々にまくし立てる。

「で、でも、周りから見たら殺人犯は音波だから、捕まったとき死刑になるって思ったんだ。音波は恐怖を感じていなかったけれど、きっとその時が来たら怖がる。嫌で、苦しくて、死にたくないと思う。そんな思いさせられないよ、けほっ、けほっ」

「……で?」

 咳が止むのを待って、くみこは無機質に促す。

「だ、だから、チャンスだと思った。恐怖の記憶を消して、別の世界でやり直す。幸せに生まれ変わるんだ。この箱は幸せへの切符。青い鳥」

「白いけどね」

「な、何だって良いんだよ。私は音波に、すぐ使うように促したんだ。なんなら奪って代わりに使ってあげようと思った……体の所有権がないから無理なんだけどね。わ、私は音波の恐怖そのものだから、箱を使えば消えるのは分かっていた。でも、どうでも良かった。だって音波から恐怖が消えるんだから……。あ、あの時、までは」

 淡々と話していた声に感情が乗る。

「箱を使うことになった。音波が箱を手に取った。その瞬間、その瞬間だ!」

 それは、明らかに、恐怖。

「どうでも良かったのに、私が消えたって音波が怖くなければそれで良かったはずなのにっ!!……目の前の箱は私にとっての絞首台で!あぁ、私は消えるんだとやっと実感して、でももう止められなくて、私の首に縄がかけれていくようでっ……!!音波のため、運命、献身!!どんな言葉だって取り繕えない、私の感情、そう、恐怖っ!!芯から恐怖を感じた。体が冷たくなって、立っていられなくて、私は悲鳴を上げて逃げだそうとした……!」

「でも、間に合わなかった」

「なんでっ!!なんで意識を戻したっ!??」

 声は、痛いほどの悲鳴を絞り出す。

「あの時感じた恐怖が消えないままっ!狭くて、暗くて、くるじぐでっ、けほっ、けほっ……。潰れた喉で声を出じで、必死に意識を保って、徐々に消えていく自分に怯えている、今もっ!」

 叫びは、快晴の午前にはあまりにも不釣り合いだった。青い空のもとで太陽はさらに昇り、白い箱にあたって反射する。

 くみこは、ただ何も言わずに立っていた。しばらくして、今度はブラックボックスから口を開いた。

「……あ、あなたは、誰」

 今度はくみこが押し黙ったままだった。

「音波を助けた、あなたは誰」

「神様かな」

 神様は短く答えた。

「そ、そっか。じゃあ、どうりで、都合が良い」

 声は、また小さく咳き込んだ。

「それなら、最期に、お、お願いがあって。音波のことで」

「聞いてあげられるかは分かんないけど」

「お、音波がどうなったか、見てきて欲しいんだ!」

 縋るように、必死に声が叫ぶ。

「あなたは神様なんでしょ!?五年後、十年後、いや、二十年後!音波が恐怖を感じていないか、確認してきてよ!できるでしょ!」

 声はまくし立てる。

「狭くて、暗くて、苦しいけれど、もう、この恐怖はどうにもならないけれど、でも、それだけ知れたら、私は、この選択の意味を……」

 声に、若干のノイズが混ざり始める。

「君の消滅に間に合わないかもしれないよ」

「いいよ、それっ、も。神の記憶までは消えない、ろうし。あなたが、覚えていてくれれっ」

 ノイズが混じって、静かになる。

 水平線をあおいでいた探偵が振り返ると、女子高生らしき人影が、小さな人影に手を引かれて街の方へ歩いていく。

「二十年、ね」

 彼女は白い箱を砂浜に置いて、一歩踏み出す。

 いち、

 に、

 さん


【本気を出す】


 ぱちん


 くみこが手を叩くと、そこは真夜中の住宅街だった。柔らかい砂浜だった地面は無機質なアスファルトに変わっており、太陽のあった位置には月が静かに光っている。かすかに聞こえる波の音の方を向けば、コンクリートの防波堤が邪魔をしている。

「埋立地……」

 ぽつりとくみこはひとりごつ。

「座標は考えなきゃな。家の中に飛んでたら危なかった」

 こつ、こつと鳴り響くブーツの音。真夜中の住宅街は、小さな音もやけにうるさく聞こえる。

 少し歩いて角を曲がり、幹線沿いに出る。車が一台寂しげに走り去り、微かなガソリン臭だけ残して青信号が切り替わる。

 信号二つ分歩いたくみこは、ふと気がついたように路地に入る。

 彼女がたどり着いた先は、市営アパートだった。無機質で大きいコンクリート造りの建物が、奥まで五つ並んでいる。入口の傍には、虫が湧くゴミ置き場と、さびれた自転車置き場が蛾でまみれた街灯の光で照らされていた。

 ガシャン

「消えてよっ!」

 ものが割れる音と共に、女の声がした。正面、二階の右から三番目。割れたガラス窓の向こうでぱっと電気がついて、緑色のカーテンの向こうに人影が二つ映る。

「あんたは良いわよね、いつでも出て行けるんだから」

 女のヒステリックな声が響く。くみこは、二階の部屋を見上げながらそっと近づく。

「でも私は逃げられない。全部あんたのせいよ。産みたくもなかった、あんたのせい」

「に、逃げたりなんて……」

 近づけば、か細い少女の声すらも聞こえる。

「はっ。そうやって居座るつもりね。ここに私を縛り付けて、あんたはのうのうと飯を食って!」

「ち、ちが」

「出ていけッ!!」

 甲高い女の声が、いっそう大きく響く。目覚めてしまったのか、ポツポツと周りの部屋の電気がつく。

「もう十七歳でしょ!じじいに股でも何でも開いて、金稼いできなさいよっ!!」

 ガシャンと再び何かが割れる。

「……蛙の子は蛙、ね」

 くみこは、白衣に手を突っ込んで踵を返す。飛んでくる蛾を振り払い、路地をぬけて歩き出す。

「そう、あんたは悪魔の子よ!この悪魔!!」

 背中からまだ、声は聞こえてくる。

「早く消えてよ、死んでよっ!天音あまね!!」

 ぱちん

 手を叩く音が響いて、消えた。


 叩いた手のひらをそのままに、くみこは海辺にいた。

 太陽の高さは先程と大して変わっておらず、まだ朝と言って差し支えなかった。硬いアスファルトの感触は、あっという間に柔らかい砂浜に戻り、かかとが少し飲み込まれて沈む。先ほどと違うのは、満潮に近づいているせいでもうすぐそこまで波が寄せていることくらいだった。

「かみ、ま。おかえ、。音波、ど、だった」

 足下の白い箱から声が聞こえた。先ほどよりもノイズ混じりで小さい声。次の瞬間にはぷつりと消えてしまいそうな声だった。

「じか、ないから、早、おしえ、ださい」

「音波は」

 探偵は答えた。

「恐怖は感じていなかったよ」

「……そ、か」

 ざらざらとしたノイズの向こうで、声がため息をつくのが分かった。

「よかった……わた、ねがい、むくわれ」

 電源が切れたように、声が途切れた。

 くみこは、少し迷ったように目をさまよわせ、箱を拾い上げながら口を開く。

「ぶ、ブラックボックス!でも、彼女は……あ」

 白い箱は、既に白い箱でしかなく、意識はもう宿っていなかった。声が途切れたところで消えたのか、それともくみこの最後の叫びは聞こえたのか、もう知る術はなかった。

 手から箱が滑り落ちる。それは傾斜がついた砂浜を少しだけ転がり、押し寄せる波に呑まれて、消えた。

「……私に、君の願いの意味を見いだせないのが」

 探偵は言った。

「私が人間じゃないからなら良いのに」


 ---


「くみこさ~ん。くーみーこーさ~ん??」

 開け放たれた窓、意味をなさない扇風機。蒸し暑い夏の午後に、冷たい声が響く。声の主は、平凡な女子大生という言葉がびっくりするほどふさわしい、平凡な女子大生だ。

「全く……こんな暑いのによく寝られますね。アイス食べよ」

「んー、私も食べるー……」

 ソファーに横たわっていた女が、微睡むような声で返答する。その容姿は、誰もが見とれる美しさを備えている。

「あ、イケメン無しでも起きた。雪でも降るのかな」

「助手クンは……やっぱその姿が良いね」

 美人はあくびをかみ殺して起き上がると、キャンディーアイスを受け取る。フィルムをごそごそと外せば、既に溶けかかっている水色のアイスが棒を伝って流れ落ちる。

「しかし、ちっこくなってたときは驚いたなぁ。拷問対策に記憶が消えるとか、自己修復力を高めるために幼児化するとか、あとは、最低限の体機能残して自意識のほとんどは体の修復と魔力の回復に向くんだっけ?」

「あむ。あ、くみこさん、そのことなんですが……」

 助手はオレンジ色のアイスキャンディーをかみ砕きながら、少しためらいがちに問いかける。

「わえが記憶無い間、なにか粗相はしあせんでしたか?って、うわキーンとする」

「わえ……」

「くみこさん?」

「あー、いや、特に何も」

「そうですか。それならいいですけど」

 助手は、食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に投げ捨てる。

「あと、ちょっと気になってたんですけど、くみこさん白い箱どうしたんですか?」

「あー、普通に無くした」

 アイスをなめながら、淡々と久美子は答えた。

「そうですか」

 助手も、それ以上何も聞かなかった。

 蝉の声がうるさかった。窓の外では街路樹が青々と茂っており、向こうの家の花壇も緑で覆い尽くされていた。梅雨に咲き誇っていた紫陽花はドライフラワーとなって、リボンで結んだものが玄関に飾ってあった。

「音波さん、今頃どうしているでしょうね」

 助手が呟いた。

「この世界の人たちは音波さんを忘れました。音波さんも、自身の呪いから解放されました。皆が皆、辛い出来事を忘れて無かったことになった」

 助手は、力なく笑った。

「我には、一応ハッピーエンドに見えます。これが最良とは思っていませんが、数ある選択の中で、これが。」

「そっか」

 探偵は、少し間を置いて言った。

「そうね」

 それ以上、何も言わなかった。










 ---


「はあ。ほんと、ウザい。死ねばいいのに」


 ---


 片鱗アフターストーリー『産卵』

  




















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散乱 @suzu_TRPG

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