280号のあの人。
数多 玲
本編
休み明け、週始めの新大阪駅始発6:02の新幹線のぞみ280号。これに乗ることで、私の一週間が始まる。
始発電車である6:00ちょうどの新大阪発のぞみ200号はスーツ姿のサラリーマンの割合が多くかなり混んでいて、2分だけずらしたこの新幹線はなぜか気持ち人が少なく客層も変わって少しだけ安心感がある。私はこの新幹線が好きだ。
この10月に転勤となり、東京勤務になった私だったが、幸いにも会社の計らいで週末は大阪に帰っていいことになっている。往復が疲れるので帰らなくてもどちらでもいいとは言われているが、実家の心地よさがその疲れを補って余りある癒しなので、言葉に甘えて毎週帰っている。
この生活を始めて4週間になるが、3週目にあることに気づいた。
私は決めた号車の決めた番号の3人席の窓側に座ることにしているのだが、毎回ひとつ空けた通路側の席に座っている人が同じなのだ。
2週目まではさして気にしていなかったのだが、3週目になるとさすがに気づく。月曜日が祝日だった週は翌日火曜日ののぞみ280号に乗ってきていたし、ひときわ美しい横顔なので私の脳裏に焼き付いていた。
この人も6:00の200号ではなくあえて6:02の280号を選んでいるのはどういう意図なのかとか、そもそも同じような生活を送っていることに親近感がわく。
できれば友達になってみたいが、同じような生活を送っているというだけでもすごく嬉しいことだ。
……よし、次に会ったときには勇気を出して話しかけてみよう。
ワクワクしながら乗った翌週の週始めののぞみ280号に、しかしその相手は乗ってこなかった。
そうなるとなぜか心配になる。同じ新幹線に毎週乗っているだけで知り合いでもなんでもないのに、いったいどうしたんだろうという気持ちになるから不思議である。元気だといいのだけれど。
この週はことあるごとにその人のことが気になって仕事が手に付かないことが多く、先輩に注意されてしまった。情けないが仕方ない。
来週は会えるだろうかと思いながら週末の新幹線を降りると、少し前を歩く見覚えのある後ろ姿を見かけた。あの人だ。
思わず駆け寄って声をかけたい気持ちになったが、3歩ほど歩み寄ったときにいったい私は何を話しかけるつもりなんだという気持ちになって思いとどまった。
結局話しかけることはしなかったが、元気そうだったこと、元気だったのならば来週ののぞみ280号で会うだろうと思って油断していた。
しかしあろうことか、その週明けののぞみ280号には私が体調不良になり乗ることができなかった。
あの人に心配をかけてしまっただろうか、余計な心配をかけて仕事の邪魔になってしまったら申し訳ないと思いながら、新幹線の座席予約でいつもの席のふたつ隣の空き状況を確認してみた。……キモいな私。
すると、誰が座っているのかは当然分からないが、通路側の座席は予約が埋まっていた。
そして私が毎回座る窓側の席も埋まっていた。……まあ窓側の席はいつも全部埋まるので、たまたま空いていた席を誰かが取っただけだろうと思う。
そんなことを考えながら、そもそもあの人が私のことなんかを気にかけているわけないじゃないか、なんでそんな前提で想像を膨らませているのかと我に返った。いくらなんでもキモすぎる。
私は気にしないように努めてその日は有給休暇を取り、余裕を持って午後に移動した。
もともと一週間空いていたのに、私の都合でそれが二週間になってしまったことがなぜかすごく申し訳ない気持ちになる。無理をしてでも週明けののぞみ280号に乗ればよかったという後悔しかない。
……いっそのこと、SNSに「毎週週明けの新大阪始発東京行きののぞみ280号○号車○番のC席に座っておられる方」とか書き込んで反応を待とうか、と思ったところでそれこそ大迷惑になると思いとどまった。ヤバいな私。
来週の週明けのぞみ280号には絶対乗らなければ、と謎の決意を胸に長い長い平日を過ごし、新大阪に帰る新幹線で人知れず決意を固めたそのとき。
「……あのー……」
か細いが、透き通るような聞き心地のいい声。
不意すぎて、飲んでいた500ml缶ビールを吹きそうになってしまったがなんとかギリギリ我慢する。
「すみません! 次に見つけたら絶対に話しかけないと後悔すると思っていたので、話しかけさせていただいたんですけど」
その人の顔を見て、私は飲んだビールを吐きそうになった。
……ああ、この人も私と同じことを思ってくれていたのか。
おそらくたまたま乗った帰りの新幹線だが、いちおう一縷の可能性を考えて乗客の確認をしてみたのだろうか。そしてもし私が乗っているならばいつもののぞみ280号で座っているこの席だけ見に来ようと思ってくれていたのか。それでもし会えたらもはや運命じゃん。
いい友達になれるといいな、というかまずこの500mlの缶ビールがまだストック2本あるけど引かれないかな、というようなことを考えていた。
(おわり)
280号のあの人。 数多 玲 @amataro
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