屋根の下、ベルリンにて │ りり

@tsubasariri

屋根の下、ベルリンにて

かつての恋人、アデリナと別れて 2 年が経った。森のジードルンクの一室に住むのは私一人で、部屋には小鳥のさえずりのみが響いている。


「平らな屋根の家には、住めないの。」


そう、ちょうど2年前のことだ。恋人が発した言葉に、私は思わず耳を疑った。


「なぜ。もう入居届は出している。」

「だって、」


彼女は涙をぬぐった。私たち、別れた方がいいと思うの。どうして。こんなにも愛しているのに。彼女はこちらを一瞥し、また目を伏せた。ごめんなさい。今のは言い方が悪かったわね。


「別れましょう。」


意味がわからない。私が唖然としているうちに、彼女は私の前を去った。



あの日から、自分の感情がわからなくなった。埋め合わせに付き合ってみた恋人にも一切ときめきを感じない。彼女の愛は冷めたのだ、と無理やり自分を納得させていたが、そろそろ自分を抑えるのも限界だと感じていた。

そんなとき、とある企画が立ち上がった。この地域の住民が主催するお祭りだ。フェスタなんていったら恋人と行くもので、…頭によぎるのは、やはり彼女だった。

もう我慢ならない。私は手紙を書くことにした。

「アデリナへ。もし君にいま最愛のパートナーがいるのなら、この手紙は破って捨ててくれてかまわない。もしよかったら、ふたりでフィッシュタールの祭に行かないか。9月〇日の夕方に、いつも待ち合わせていた木の下で待っている。」



ついに祭りの日となった。彼女からの返信はないが、何度も梳いた髪に重ねたハットや着飾った格好に淡い期待がにじみ出ている自覚はある。木陰で本を読むふりをしていると、誰かが寄り添ってくる感覚があった。

振り向くと。


「アデリナ。」


少し髪が伸びたようで、微笑む顔が心なしか大人びて見えた。やさしそうな目尻や髪に触れる仕草はあの頃のままで、安堵に似た感覚に包まれた。

「行こうか。」彼女は頷いた。


街は華やかに彩られて、人々の楽しそうな声が聞こえる。とある屋台を見つけて、お互い言葉を発することもなく吸い寄せられるように列に並んだ。 「あなた、ソーセージ好きね。」彼女はくすりと笑う。「君もじゃないか。」クリスマスマーケットでも街の祭りでも、最初にソーセージを食べるのは彼女と私の「定番」だった。


「私、あなたのこと好きだった。」串刺しになった熱々のソーセージを一口かじって、彼女は話し始めた。あの日だって、本当は別れたいなんて思ってなかったの。どうやら、“とんがり屋根”派の両親に平らな屋根に住んでは駄目だと説得されたらしかった。彼女にも何度か恋人ができたが、ときめきが無かったのだという。…私と、同じじゃないか。彼女が流した涙の意味を、私はようやく理解した。


次の屋台ではビールを嗜んだ。前の恋人の話、屋根の話、未来の話。酔いが回った人々の笑い声ですべてがかき消されて、何でも言える空間ができていた。親の愚痴を言ったあと、「いえ、家族のことはもちろん愛しているのよ」と断りを入れるのが可愛らしかった。大人にもなって親の言うことを律儀に聞いていた私がおかしかったの、と。


ステージではオーケストラがよく聞くクラシックを披露していた。これ誰の曲だっけ。バッハじゃない?違うでしょ。街中で流れるクラシックなんて大体バッハかベートーヴェンだよ。そんなことないって!人に聞かれると恥ずかしいから、内緒話みたいにこそこそ話した。


帰りはどちらからともなく手をつないで歩いた。彼女が腕を絡めてくる。「酔っているの?」「酔ってないよ。」 拗ねたように頬を膨らませる彼女に感じたこの高揚感は、きっと忘れていたときめきだ。


「ねえ、私、あのお家に住みたいわ。」

「その言葉を待っていたよ。」

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