文化部の総合展示スペースである多目的ホールに最後の展示パネルを運んできた三人は、いつの間にか設置されていた柚希のブラウスを目にした。広則は顔を輝かせる。

「きれいなシャツワンピースですね! 前ボタンも相変わらず凝っていらっしゃる。しかもバンドカラー。ギャザーも入って……」

 一人であれこれいいながらめくったりひっくり返したり楽しそうだった。

「なんで顔も見せずに! 柚希先輩は隠密でも目指してるんですか?」

 呆れたと言いたげな目をした道佳は菜絵に同意を求めた。

 さすがにそこまでして避けられると傷つく。そう思った菜絵はブラウスを直視できずうつむいた。

「ねえ菜絵先輩、私のブラウスも見て」

 道佳は負けじと作ったブラウスを広げてみせた。ボタンのない空色のブラウスだ。

「衿ぐりがなかなかきれいにできたと思うのです!」

「同じ布からバイアステープを作ったんだ、きれいな仕上がりだね。このかわいいポケットはキャンディー柄?」

「そう、かわいいでしょう! 思わず買った端切れです。何かに使えないかなってぼやいたら柚希先輩がポケットを提案してくれたんですよ」

 ニコニコと道佳はブラウスのポケットからラムネを取り出した。

「あ、お菓子ポケットなの?」

「重いものは入りません」

 はい、とラムネを渡された菜絵はうっかり食べそうになったが、先生に見つかれば怒られかねないと思い出した。広則も受け取ってすぐポケットに入れている。

「私たちも飾って自分のクラスに戻ろうか」

 各々展示パネルにフックをつけてハンガーにかけた洋服を飾る。菜絵は『黒蜜色のワンピース』と書かれた用紙をワンピースの隣に貼った。袖口にボタンは付けていない。

「おいしそうな言い回し! 布地が黒蜜なら、白い襟と袖は生クリーム?」

 道佳のタイトル用紙には『青空おやつタイム』と書かれている。

「柚希先輩は『抹茶色のシャツワンピース』かあ、おいしいね。広則くんは?」

 前立てにピンタックの入った白いシャツが飾られている。『バンドカラーピンタックシャツ』とシンプルに記されていた。

「うーん、パティシエの技巧が光るショートケーキのクリーム?」

「上品で素敵なシャツだなあ。それにしてもきれいに作ったね。細い襞というだけで大変そうなのに」

「慣れですよ。やっときれいにできました」

 広則は満足げに洋服を眺めていたが、思い出したように菜絵を見た。

「あれから柚希先輩には会えましたか?」

 半ば諦めている菜絵は緩やかに頭を振って否定する。

「連絡してもだめなんですか?」

「私も柚希先輩も待ち合わせしようって言わないから」

「二人ともらしくないですね!」

 道佳は眉を寄せて険しい顔になる。

「道佳さん、皺が寄っちゃうよ」

「そうですよ! このままじゃ私、梅干しになっちゃいますよ!」

「らしくないかな」

 菜絵が尋ねれば二人とも首肯する。

「僕ら、洋裁部に単身で入部する点では少なくとも同じ性質を持っていると思うんです」

「今の菜絵先輩、お付きの人かってぐらい常に一歩引いてませんか?」

 菜絵は柚希を本気で捕まえようとしていない。

 後輩二人の目は優しく澄んでいる。

「……心配かけてごめんね」

「好きで心配してますので!」

 道佳と広則はうなずき合った。

「ありがとう。そろそろ捕まえに行かないとね。このまま卒業まで逃げられたらさすがに泣く」

 菜絵は柚希の用紙に書かれた『抹茶色のシャツワンピース』という端正な字を見つめた。

 

 後輩たちと別れて教室に行く道すがら、菜絵はいつもお世話になっている三年二組の先輩と出くわした。

「やあ、柚希の後輩ちゃん」

「こんにちは。いつもすみません」

「あれから柚希には会えた?」

 いろんなところに心配かけていると菜絵は申し訳なく思った。

「会えていませんが、今度こそ捕まえにいこうと思います」

「そっか。がんばだよ」

 先輩は片目をパチリとつむった。菜絵が頭を下げると、先輩はすらりと菜絵の横を通り過ぎた。

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