[5]なるようにしかならない
アネッサはカトラリーをテーブルに置いた。きちんと姿勢を正し、頭を下げた。
「ごめんなさい」
リュヴァルトはきょとんとした顔で見返す。
「ええと……なに?」
「兄さんだよ。まさかあんなに言ってくると思わなくて。……連れてこなければよかったかもしれない。ここに」
アネッサの目線が落ちる。青年が事実上の軟禁状態にあるのは少なからず自分のせいだった。
もしあのとき出会ったのが自分じゃなかったら。もしここに運びこんでいなかったら。今頃青年は自由に好きなところへ行けていたかもしれないのだ。そう考えれば考えるほどアネッサの胸は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
リュヴァルトは笑みを漏らした。
「大丈夫。前にいたところに比べればとても良い待遇受けてるよ。それにきみのせいじゃない。どうせ遅かれ早かれだったんじゃないかな。アンじゃなくても塔の誰かに見つかってたかもしれないし、そうすればやっぱりお兄さんには会ってただろうし」
「見つからなかったかもしれないでしょ」
「そうだね、でもそれだとそのまま行き倒れていた気がする」
体力が限界に近かったのは確かだった。誰にも会わずにどこまで進めたかは定かでない。
「ま、これも運命ってことで――」
「あんたにその気があるなら手を貸すよ」
突然の申し出にリュヴァルトは目を丸くした。
アネッサの真摯な目を受け止め、彼女が一番言いたかったのはこれかと推察した。
「変装すればわかんないと思う。あたしの客ってことにすれば
「――いや、難しいんじゃないかな。無理して出ても見た目がこれじゃあさ」
青年は自身の髪をひと房摘んでかざした。陽の光に透かし見れば淡い銀色に輝くそれは青年にとって全く予想外のものだった。
「俺の髪、元々黒かったんだよ」
「黒!? でもそれ、どう見たって……」
「灰色、いや、銀かなやっぱり……。少しずつ抜けてるのはわかってたけど一気にこうなるとびっくりするものだね。鏡見ても馴染みがなさすぎてさ、こいつ誰だろうって俺が思うよ」
これではジェラルディオンでなくたって一目瞭然だろう。雪花人の特性として一番特徴的なのが外見の色だ。銀髪だけなら珍しくもなんともないが、肌まで白いとなれば話は別だ。
「髪も一時的なものなの? 肌は数日経てば元に戻るんだよね?」
「髪の色は一度抜けると戻らないよ。まあ、肌さえ戻れば連想する人は減るかもしれないけど、日をおいてる間に包囲網が敷かれそうだしなぁ。やっぱり難しいんじゃないかな」
「でも! ここにいたらリトに連れていかれるかもしれないのよ? せっかくここまで」
「もう、いいんだ」
言外に拒絶の意思を感じてアネッサは言葉を飲みこんだ。リュヴァルトは苦笑を漏らし、小さく「ごめん」と口にする。
「いいんだ。なるようになるし、なるようにしかならない。俺は、それに従うだけだから」
そうして青年は窓の外に視線を投げた。澄んだ青い空の下、まだまだ冬枯れの林が広がっている。
アネッサはその横顔をただ黙って視界に収めた。彼の目には何が見えているのだろう。穏やかな笑みが浮かんではいるけれど、決して希望に満ちたものではなく既に諦観したそれに見える。
アネッサは唇を引き結んだ。何もしないうちから諦めるなどアネッサの頭にはない。リュヴァルトにその気がないのであればその分自分が動けばいいのだ。
もしこの先不本意な未来が待ち構えているなら――兄が無理難題を吹っかけるなら、そのときは全力で助けよう。
アネッサは決意も新たにパンを口に放りこんだ。
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