第2話 「世の中、万事、カネでございまするぞ」

華麗な花火が打ち上がる。諏訪湖の湖面に反射する。諏訪湖花火大会は今まさに最高潮であった。

諏訪湖畔で、勝頼、幸村、佳織里、ジャンヌは、一般大衆と混じって、大喜びで花火を見ていた。

「いいものでござるなあ。若君のおっしゃる通り来てよかったでござるよ」

幸村は、片手にワンカップ、片手に焼きそばのトレイを持って、晴れ晴れとした表情であった。幸村がこのような楽しそうな顔を見せるのは久しぶりのことであった。

「ニッポン、花火、サイコー」

ジャンヌも目を輝かせていた。

ジャンヌの手には、たこ焼きがあった。

佳織里は、時として勝頼に接近しそうになるジャンヌを押しのけるようにして勝頼のそばにぴったりくっついていた。

「若君、あんなフランス女なんかほっとけばいいんですよ」

佳織里はわざと巨乳を勝頼に押し付けた。

「そう焼きもちを焼くな。今度、マンションを買ってやるからな」

と、勝頼は言った。

「ほんと? 勝頼さま、ほんと?」

「ああ、ほんとだとも」

「約束ですよ」

佳織里は、勝頼の腕にしがみついた。


その様子を離れたところから見ている老人がいた。

老人は、町人風の男や、芸者たちに囲まれていたが、

「ちょっと……」

と言い置いて、人ごみを縫って、勝頼の方に来た。

老人は、勝頼の前に来ると、満面の笑みを浮かべて言った。

「失礼いたしまする。わたくし、紀伊国屋文左衛門と申すあきんどでございます」

「紀伊国屋か。余に何用じゃ」

と、勝頼は言った。

幸村、佳織里、ジャンヌは文左衛門に怪訝な視線を向けた。その間も、花火の音が続いている。

花火の音で、文左衛門と勝頼の会話は周囲の一般大衆には聞き取れなかった。

「い~いお顔をされておられる。生まれ持っての福相。さぞや、いいお家柄の方でありましょうなあ」

と、文左衛門は言った。

「わたくしの察するところ、このように徳のあるお顔をしてらっしゃる方は、世の中にただ一人。武田勝頼公」

そう言われて、勝頼は文左衛門の顔をまじまじと見た。

文左衛門は続けた。

「そして、そちらの方は、真田幸村殿でありましょう」

「よくぞ見抜いた」

と、勝頼は言った。

「やはり、そうでございましたか。この紀伊国屋文左衛門、こう見えても、人相見は得意でございましてな。長い間商売をやっていますと、人の顔を見れば、懐具合までわかるようになるものでございます」 

「そのようなものであるかのう」

「勝頼殿、織田・徳川連合軍は、若君が想像している以上に強敵でありますぞ」

と、文左衛門は真剣な顔をして言った。

「なに!」

「鉄砲の数は多く、しかも、三段撃ちという秘法を発明したとか」

「三段撃ちとな」

「この文左衛門、日本中を営業に回っておりますれば、いろいろなところで、多少のことは耳にしておりまする。鉄砲の三段撃ちを前に、武田騎馬軍団に勝ち目はございませぬぞ」

「う~む」

「そこで、この文左衛門に提案がございますのじゃ」

「なんじゃ、申してみよ」

「種子島銃を上回る鉄砲を勝頼殿が手にすることができたら。しかも、百丁ほど。そうすれば、そうそう負けるということはないでありましょう。いや、むしろ、織田・徳川連合軍など物の数ではござるまい」

「どのような鉄砲じゃ」

「ガトリング銃と言いましてな、弾が連続していくらでも出てくる驚異の連発銃でございます。これをアメリカの騎兵隊に横流しをさせて手に入れまする。アメリカはビジネスの国。カネさえ渡せば何でも売ってくれますでな。勝頼殿、世の中、万事、カネでございまするぞ」

「なるほど、おまえの言いたいことはわかった。この勝頼に金を出させて、おまえはアメリカと武器売買の仲介をする。その仲介料でおまえはたらふく儲ける。こういう寸法であろう」

「さすがは勝頼殿、ご理解が早い。聞くところによりますと、武田家領内では甲州金という良質の金が取れるとか。それで、ガトリング銃一丁につき、これくらいでいかがでしょうなあ」

文左衛門は勝頼の目の前に五本の指を広げてみせた。

「この男、人の足元を見おって。よかろう。それで買う。買うとも」

「百丁でよいでございますな」

「ああ、百丁。サービスで、大砲もつけよ」

「よろしゅうございます」

文左衛門はにんまりとした。

花火の光が勝頼たちの顔を照らし続けていた。


続く。





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