料理と百合と異世界転生
たちゃん
プロローグ はじまりと、おわり
剣と魔法の生きる世界、さまざまな生き物が暮らす豊かな森に囲まれた、肥沃な大地を持つ大国、リスートラン王国。
豊穣を司る神に守られたこの国は、幸いなことに周囲の国々との国交にも恵まれていたが、剣や魔法の技術の研鑽も怠らず一定の軍事力も有しており、些細な争いはあれど、数百年もの繁栄の時を過ごしていた。
「この国が滅びるのは、世界が滅びるときである」
そういったのは、果たして何代目の王の時であったか。誰しもが豊かに、幸福に、何不自由なく暮らすこの国は、この世界の楽園と言っても過言ではなかった。誰もが王のこの言葉を否定せず、この国が滅びるようなことが起こる日など、誰も想像などしていなかった。
しかし、繁栄とは得てして続かないものである。
誰もが幸福に、豊かに繁栄する国があれば、それを手に入れたい、成り代わりたいと考えるものは当然出てくるのである。
問題は、それを考えた中に、リスートラン王国と同じ国ではなく、魔物の王がいたことだった。
この世界には、魔物がいる。滞った魔力と悪意から生まれるそれらは、その生まれの性質から、国を持たず、王を持たず、統一された意志を持たず、ただ悪意のままに暴れ回るものだ。どこにでも発生するそれらは災害のように襲ってくることもあったが、本来ならばリスートラン王国にとっておよそ脅威にはなりえない。
ーーはずだった。魔物の王が生まれ、それらの意志が一つにまとまるまでは。
魔物の王は他の魔物と同じように滞った魔力と悪意から生まれたが、元となった魔力の質か、悪意の強さか、他の魔物を従える能力を有していた。生まれた瞬間から完全な姿をしていた魔物の王は、この世に現れてからすぐに自身の力を使い、世界に蔓延る魔物たちを集め、操り、世界中の国々の蹂躙を始めた。踏み荒らした国々は支配下におき、あらゆる種族は魔物の奴隷として扱われる。その魔の手がリスートラン国まで伸びてくるまで、そう時間は掛からなかった。
「このままではこの国が、世界が魔物たちに支配されてしまう。魔物の王を討たなければ」
幸いなことに、リスートラン王国の王の判断は早かった。
直ちに周辺の国々の王との話し合いの場が持たれ、解決策が話し合われた。出た結論とは、「魔物の王討伐の勇者」の選出、そして、各国の神々の加護をその勇者へ与えることだった。
たった一人に世界の命運をかけるその案は一見無謀のように思えたが、各国はそれぞれの国を守るための軍を国から離れた場所に居城を構えた魔物の王の下へ送り出すわけにもいかず、かと言って中途半端な数を揃え出向いたところで、魔物の群れに襲われ、なすすべもない。であるならば、初めから魔物に見つかりづらい少数精鋭で、真っ直ぐ魔物の王を倒すことだけを目的とした勇者を選び出し、それに全ての国々ができる限りの力を与えた方が可能性がある、という考えから生まれた結論であった。
世界を救い出す「魔物の王討伐の勇者」は、各国の中で最も豊かで力を持つリスートラン王国から選ばれることとなった。そこで選ばれたのは、たった17歳の半獣人の少女ーーヴィミ・バーガタンであった。
年齢的には幼すぎるほどに若かったが、彼女は強靭な肉体を持つ獅子の獣人と強い魔力を持つ森のエルフの間に生まれ、恵まれた体躯に強い魔力、そしてそれらを操る天性のセンスを持ち、リスートラン王国の剣士学校でもトップの成績を持つ優秀な剣士だった。年齢で反対する声はあったものの、全ての国々を見ても彼女よりも強い力、強い魔力を持つものは他にはおらず、結局彼女に白羽の矢が立ったのである。
彼女はまだ魔物の襲撃を受けていない3つの国の神々から加護を賜った。火の神からの「戦いの加護」、海の神からの「守りの加護」、そして、彼女の祖国であるリスートラン王国を守る豊穣の神からの「癒しの加護」である。それらは彼女の元からもつ才能に更に力を与え、17歳の彼女の発展途中の技術を補って余りあるものだった。
魔物に見つかりづらくするため、魔物の王の下へ旅立ったのは彼女を含めたった3人であった。結局魔物の襲来を完全に避けることはできず、ヴィミ以外の二人は道中で犠牲になってしまったものの、当初の予定通り、ヴィミは魔物の王の下へ辿り着いた。神の加護を得、生来の頑強な肉体と魔力を思うがままに奮う彼女は、各国が、そして魔物の王が予想していたよりもはるかに強くしぶとく、果たして、たった17歳の彼女は、各国の願いを背負い、魔物の王を討ち下したのであった。
かくして、リスートラン王国は、世界は、滅びの危機を脱した。多少の混乱が残りはすれど、魔物たちは王を失ったことにより統率を失い、襲撃により弱った国々も、次々と魔物を討伐し、次第に支配を取り戻していった。
ヴィミは国を、世界を救った英雄としてリスートラン王国へ帰ってきた。魔物の王を下した後も驕らずに加護の力を神々へ返そうとした彼女に、神々は加護を取り上げることをしなかった。平和の世が訪れてもその力を世界のために使うように、と、討伐のためではなく平和のために改めて与えられた加護を、彼女は正しく復興のために使った。守れなかった仲間たちの出身国である国々にも協力を惜しまず、国々の関係もより強固なものとなった。
魔物の襲来さえなければ、もとより豊かであったリスートラン王国が復興を遂げるのはそう難しいことではない。
そこに残るのは、誰しもが豊かに、幸福に、何不自由なく暮らす国であった。
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