11・命懸けアスレチック編

ティケンビル地下駐車場。

白く光る蛍光灯が雰囲気を放っ…待て待て。あれは何だ。


「…卵スタンド?」


そう。駐車場の端に、卵スタンドが置いてあるのだ。

金持ちとかがゆで卵を食べる時に使うアレだ。


『ただの卵スタンドだと思わないでね♪

あれは、黄金の卵スタンド。

全世界のグルメを極めし者が欲しがってるよ♪』


パッとスマホで調べてみると、

「———950万⁉これが⁉」

『そのくらいの価値なんだよねェ』


(じゃあそれを売れば……!

俺も少しはみんなの役に立て――)


「そう簡単には、」

「渡せないの。」

そのとき、幼女二人が車から降りる。


『タスク!ノルマ!あァ~~パパ心配だよォ』

ラグのスマホの向こうで、テスターは涙目。


「パパが居なくても大丈夫な姿、」

「見ててほしいの。」

タスクの一言で、卵スタンドの前にガシャン!と柵がかかる。


「これは…?」


「ルーも知ってるでしょ、」

「ノル姉と私は罠が大得意なの。」

「これからルーにやってもらうのは…、」

「卵スタンドを手に入れろチャレンジ~…!」

控えめな姉妹が、一生懸命用意したチャレンジ。

それに、クリアすれば大金だ。

挑戦しない手は無い。



「ルールは簡単、

この駐車場内に仕掛けた罠を越えて、」

卵スタンドゴールに辿り着くのが目標。

分かった?」


過去の仲間たちに囲まれた緊張感の中、

真剣な面持ちで頷くルー。


一方、姉妹が説明をしている間…

『要件が済んだならもう――あっこら!』

通話口から何やら大人の声が聞こえる。

「センスは一体どこから電話してるんだ❕」


『携帯を渡しなさ…

…ふぅ!ごめんごめん、僕ちょっと捕まっちゃって♪』


警備員の女性とスマホの奪い合いをしていたようだ。

『センスも身動き取れないんだァ

ビデオ通話、続けられそ?』

センスは『へーきへーき♪』と答えてすぐ、声のトーンを落とした。


『…それはいいけどね、

ルーに勘づかれてない?僕らの


「…バレたとしても、実行するだけだ」

ラグはらしくない小声で言い、ラップの芯を握り直した。



パチン!

姉妹が手と手を合わせると、殺気立った装置が動き出す。

棘の歯車や無数の矢など、ルーを殺しにかかる脅威は盛沢山…これを稼働している動力は莫大なものだろう。

「レディ、」「はじめ。」

ピーッ!


「レディはじめ」の合図で、アディルの足は動き出す。


最初の障害物は、対をなす巨大な振り子。

挟まれたら骨折では済まない。

どう突破するか——

「⁉」


なんと、罠が見えていない無いかのように

ルーは突っ走っているのである!

手裏剣やクナイに文字通り横槍を入れられるも、

前だけを見て走り続ける。


『はァァ⁉何考えてんのルー、

うちの娘達が作った罠ガン無視とか…っ』


テスターの叫びもガン無視してルーは走り続ける。

すると、一直線の逆走コンベアが行く手を阻んだ。

「………【石土セキド】」


コンベアから土を生やしてそれに乗るルー。

スピードは全く落ちていない。

「邪魔するぞ」

ダダ、ダ、ダ…

コンベアの向こうから、デカい足音で近づいてくるラグ。


「——おらッ❕」

「防げ【石土セキド】!」

ドガッ…


土壁は呆気なくラグに壊され、その勢いで…


「!!!」


アディルの頭蓋に直撃した。


ルーの歪む意識を、ワタシが覗いてみると…


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「今夜夕食後、決行するぞ。」

キリリとした表情で宣言する彼女。


その褐色の肌はハリがあり美しく、俺より随分若いことが分かる。

若いのにみんなを引っ張ってて、凄いな…

「ルー。聞いているか?」

「へっ⁉」


びっくりして声を上げる俺を、センスが茶化す。

「ルーってば~フローリーダーの説明は

聞き逃しちゃ勿体ないよ♪」


タスクとノルマを愛おしげに見つめるテスター。

「パパ、」

「髪に土ついてる」

「あァどうも。奴隷といえども見た目は大事だよねェ」


屈託ない笑顔のラグ。

「こんな状況でもぼーっとしてるって、

相変わらずマイペースだな❕店長❕」


ラグは俺の店の常連さん


今やみんな鎖で繋がれ、無賃労働を強いられている。


「そんな現状を打破するために、

脱走計画してるんだもんね」

「その通り。皆真剣に臨んでくれると助かる。」


フローは周りの兵に聞こえない声量で、

「我々がこんな扱いを受けるのはおかしい。

その思いは、皆同じだ。だから、他の奴隷仲間も

全員逃がす作戦にする」


「ええ❕派手に動くと気づかれるぞ❕」

「しーっ!」「まず大声で気づかれるのっ!」

姉妹に制されるラグ。それを見て、フローは微笑ましい様子。


…俺はこの人達が大好きだ。


できることなら、

逃げのびた後もずっと一緒に居たい。



【——「終わった後」の話をするのはやめろ

まだ何も、始まってはいない】


「……?」

声が聞こえて振り向くも、

大きな石がそこにあるだけだった。


「作戦はこうだ。

まずテスターが偵察をし、逃げ道を示す!

その間センスが兵を混乱させ、

タフなルーとラグが優先的に26人の子供たちを逃がし、

足の遅い年寄りを導く。」


「ねェフロー、僕あのコート没収されて持ってないよ?

有っても天井の無い屋外じゃ使えないし…」

「問題ない。テスターの隠密能力を

私は買っている。」

「それで言ったら僕も、爆弾無しじゃ陽動はちょっと」

「引き留めるだけだ、危険なことはするな。

会話で気を惹くのは得意だろう。」


少し強引だけど的確なフローの采配。

ほんと、しっかりしてる。


「フロー、フローは…?」

「危ないことしない…?」

姉妹が心配そうに、フローの袖を掴む。


「心配するな、タスク、ノルマ。

私は逃げ遅れとセンスを連れて、後からついていく。

だから安心して進め。」


優しい目つきで、フローは二人の頭をなでた。



その日の晩。

麦やら稗やらの雑穀ごはんを完食しても足りないお腹のまま、

ラグと共に出発した。


兵の目を盗んで、赤い砂の通路を抜ける。

…ん?

「ひとり、足りない」

子供の数が合わない。はぐれたかな。

そう思うが早いが、俺は駆けだした。

「俺、探してくる…!」


来た道を引き返し、注意深く辺りを見渡す。


すると――

「奴隷制再建でかなり、楽んなったわ~」


この腹立つ男の声。

奴隷達の主人が、兵を引き連れて見回りに来ているようだ。


「人件費が浮いて万々歳~

正直負担だったんよね、マジ」


コイツ…、金人思想め…!


金人は、肌の色や、大半が金持ちということから

鯵啞に元々住んでいた人種の名称。時代遅れなことに、未だ「金人は偉い」「他種族は下等」なんて思想を持つ奴が居る。国王なんかがそうだ。

なにが多文化主義だよ。そんな思想のせいで、俺らは…


赤い壁に隠れながらも、俺は拳を握りしめた。

ゲラゲラ、ゲラゲラと。

そんなに可笑しいか。俺らの姿が…褐色の肌が……!


「ほんッと、良い労働力手に入れた」


その言葉に耐え切れず、俺は主人に飛び掛かった。

「ぐふっ⁉」

胸に一発入れ、そして蹴り倒す。


向けられた槍は全く視界に入らず、俺は転がっていた石の中で

一番大きな石を振り上げた。


ガン!ガン!ガン!!!


馬乗りした主人の頭めがけて、何度もそれを打ち付ける。

頭が潰れようが、手が切れようが関係ない。


…槍が後ろから首を貫くまで、俺はやめなかった。



……………

かすむ視界で捉えた、子供たちの逃げる姿。

兵たちの声を聞いて来たのかな、ラグとフローも見える…


これだけの騒ぎに、みんな兵に見つかってしまった。

押さえつけられ、抵抗できないフロー。


…彼女の作戦は、俺のせいで乱された。


俺が騒ぎを起こさなければ…、

彼女は槍を突き付けられることも無かったのかも。


俺が、ぜんぶ悪い。


……からと言って、

「仲間を傷つけられて、黙っていられるかよ!!!」


兵も、ラグもテスターもセンスもタスクもノルマも、

フローも、こっちに驚きの目を向ける。

驚いたことに、死にかけでも俺の怒りは届いたようだ。

いや…死にかけじゃない。


ドク、ドク…

刺された首に脈を、血の巡りを感じる!

ドクドクドクドク…!

恐ろしく速く体内を駆け回る血に、心拍数が上がった。


――俺は多分白目をむいていたんだと思う。


低く鈍い声で怒りを訴え、歯向かう者すべてを

石壁で吹っ飛ばした。


みんな、俺の大好きなみんな。



俺はみんなを守りたい。

その一心で【名前】を叫び続けた。


「【石土セキド】ッ‼」


怯えて動けないセンスの存在に気づかず、攻撃しようと【名前】を呼ぶ。

「ひっ……」

「おい、やめろルー…!」


――ゴォン!!!


仲裁に入ったフローは、石壁に腹を打たれ、地面に倒れた。


まだドクドクと五月蝿い心臓のせいで


ラグの大声も姉妹が泣き叫ぶ声も


何も入ってこなかったが


これだけは分かる。


俺の仲間たちはみんな


【恐ろしいものを見る目で俺を見ていた。】


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「……俺の仕業せいじゃ、ないのに」


ただいま、とワタシはキミに告げる。

アディルのを覗いてきた。


「ルー、認めろ。

大事な仲間は、お前の手によって亡くなった」

「は、げほげほッ!うぐ…」

頭を押さえているのは

殴られたからか、そのを聞きたくないからか。


咳き込みながら考える、仲間のこと…。

苣に霙、リーヨウ、それからネイ。

彼らがアディルにかけた、心配を安心に替える最強の言葉は――


「大丈夫」


震えた足で、立ち上がるルー。

「ルー……ッ」

その痣や切り傷を真正面から見てしまい、顔を歪めるラグ。


ラグはアディルに憑いた付喪神の存在を知らない。「仲間を傷つけたのは【石土セキド】」と罪を押し付けることもできない。


確かに【石土】は冷酷で、周りすべてを恐がらせる奴だ…


だが。

「大丈夫、ちゃんとわかってるよ」

ルーは再び前を向き、駆け出した。


…その時すれ違ったラグのは、決して恐怖の目では無かった。



甲高い音を上げる歯車に正面から当たりに行き、

矢の雨をぜんぶ、ぜんぶ受け止めて。


犯した罪の分、セキドを流した。


そのままの足で遂に、鉄柵までたどり着いた!

筈なのに。

「………あ」

頭上から、巨大なすりおろし器が迫ってくるのだ。

駐車場の天井は低い、すなわち時間が無い。

「ルー、良く見て。」

「ゴールは目の前。」

…姉妹はなんて惨い罠をしかけたのだ。


このままいけば、地面にすりおろされる。


残された時間で、アディルのとった行動は――

「…【石土セキド】」


「「わ…⁉」

地面に地面を生やし、卵スタンドごと姉妹の位置を

ぎりぎりまで高くした。

姉妹が見下ろす形でルーを見ると、


「ごめんなさい」


コンクリートに額を押し付け、謝罪の言葉を口にした。

ルーの土下座に対して、テスターは

『…口だけなら』

「口だけなら、なんとでも言える…目に見える形で、謝りたい」

ルーは本気のようだ。


証拠にワタシが覗いてみると、

(俺が恐がらせた人みんな…みんなごめんなさい。

路地裏の三人組も、リヴェルダ屋敷の少女も…

それから、森林公園での姉妹)


(俺は人をぶん殴った。物理的にも、精神的にも。

俺が傷ついてる暇はない)


…吹っ切れたという言葉が似あうな。


「俺のことは、殴ってもらって構わないよ。

だからといって今更聖人ぶるつもりは無い」

開き直り続けるルーに、姉妹は近づき――


同時ダブルチョップ‼」


ルーの頭にチョップを食らわせた。

「…私達、」

「恐かったの。」

タスクとノルマの顔をしっかり見て、

「うん……ごめん」

しっかり反省した。だが次に続いた姉妹の言葉は、


「ルーのことがだいすきだったからこそ、」

「恐かったんだよ。」

「強くてやさしいルーが、」

「”べつのだれか”になったみたいで。」


「「ルー…、ルー。

ずっとやさしいままでいて?」

見開かれたルーの目が、潤いを帯びたのが分かった。


「う…うん……ッ!

ごめんね、二人とも…!」

―――そのとき。

『ルー!

タスク、ノルマ、上ッ!』


いつのまにか、すりおろし器がすぐそこまで迫っていた。

「守れ【石土セキド】!」

地面から土壁が現れ、弧を描くように広がる!

ガララ…

すぐに崩れる土壁も、一時的なにはなってくれたようで…

アディルは姉妹を守るように抱きとめた。

「「ルー…!」


バチン!


「………止まった?」

というより、ビル内の電源が断たれたみたいだ。

ワタシが最上階の、電源室を覗くと…


やっぱり。

この停電は苣が引き起こしたものである。



ルーは二人を連れて後ろへ避けた。


『俺はみんなを守りたい。』

そう願って、【名前】を呼んだ筈なのに。

「……今更だよ、【石土】…ッ」

姉妹を抱きしめたまま、そう嘆く。


「ルー、大丈夫だよ。」

「助けてくれてありがと。」

二人の幼い手が、素直すぎる感謝が、ルーを包む。

今はただその温かさに、罪悪感を感じてしまう。


「………テスター、センス、どうする?」

その様子を見つめて、ラグは静かに問いかける。

『ルーったら。

ほんと…、今更だね…っ』

スマホの向こうで、センスの泣き笑いが聞こえた。

『…もういいや。娘達が許すなら、

ルーを許すねェ』

テスターの投げやりな台詞も、届いている。


だから、

「…だってさ❕ルー。」

ラグも苦しそうな笑顔で、ルーにちゃんと伝えた。


「みんな……『ごめん、だから許して』

なんて言う図々しい奴を、許すの?」

「だってしょうがないだろ❕にそれ言われたんだし。」

「…!」


「…フローのことも、恐がらせたことも、

本当にごめんなさい。大事な仲間を、傷つけてごめん。」

改めて頭を下げるルー。


「ルーの新しい仲間も、」

「大事にするのね。」


姉妹の発言に、優しいアディルは答えた。

「大丈夫だよ…っ!」


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


がやがやと賑わうフードコートに、電卓を叩く苣。

「私の『書類代行』が400万、リーヨウたん達の『荷物捜し』199万で…

あとなんだこれ、17万入ってきてる」

銀行で引き出してきた報酬金を、カウントしているのだ。


「たべないならくれ。あんかけ焼きそば」

霙が苣のあんかけ焼きそばを狙っている。

[食べながら作業すると、冷めてしまうぞよ]


「【あ~ごめんごめん】

はい霙、あーん

かけ焼きそばだけに?上手いなぁ苣】

うるさい【朽葉クチバ】‼」


霙はもぐもぐしながらツッコむ。

「苣お前…相変わらず

付喪神と漫才するの好きだよな」

「好きでやって無いから‼【無いから~】」


…仲良しめ。


「聞いてくれ。つーか聞けや。

あの手裏剣しゅりけん下衆げす親父おやじ、『金なら出す』って言ったから全額請求したら『それは無理』だとよ…キレそう。」


未だもぐもぐしながら、テスターの愚痴を言う霙。

[しかし、大事おおごとにしたお陰あって

噴水の『修繕費』と怪我の『治療費』どちらも頂いたではないか]

「それもそうだわ。

つー訳でオレとネイの稼いだ額に、111万5千円

足しといて」

「りょーかい」


すると、こちらに走ってくる少年が。

「おーいみぞれ!ネイ!

ついでの苣!」

「あー!!!!リーヨウたん~~~!」

「うるせ…」

リーヨウとも合流。苣はリーヨウたんの姿を見ると、

「って、リーヨウたん…」


「露出が増えてる~~⁉♡」

少年趣味ショタコン発揮により興奮しているが、

服が爆ぜてるだけである。


[ぼ、ぼろぼろぞよ…痛いところは無いか、リーヨウ]

苣より余程まともな心配をするネイ。

「のーぷろぶれむ!

爆発慣れしてるからね!」


ば、爆発慣れ……

鯵啞の浜辺民族は怖い。


「もしかして、この17万の稼ぎリーヨウたん?」

「あの後の『ひとりで行けるから先行ってて』ってLINEしてたしな」

その通り。ガッツリ盗みました。


「へへー。ナイショ♡」

リーヨウは可愛く、しかし大人っぽく言ってみせた。


[LINEを見るのだ、アディルも無事……]

「『950万の卵スタンドゲット』ォ⁉

わ、私達の知らないとこで何が…」


ルーの臨時収入に驚きの三人、そして一輪。


 霙とネイの310万5千

 リーヨウの17万

 苣と朽葉の400万

+アディルの950万


=1677万5千円。


良い子には"マネ"しないで欲しいのだが、

悪に手を染め

命をかけ

を流せば、


"マネー"は半日で手に入る。

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