ティラミスは劇薬か媚薬か 本編(1話完結)

レトロスキー2005(昭和81年生まれ)

第1話 ティラミスは劇薬か媚薬か

 週末の昼の半ば、ぼくは「クローズ」とある店のドアをノックした。

 これより少し前、この店を出ていく時に女将から一つ頼まれたのだ、「今週末用事があるから朝七時にモーニングコールをかけてほしい」と。そして超夜型のぼくがくだんの週末、眠そうにモーニングコールをかけたんだが……

「えっ、あれは冗談だって?」

「そうなの。フフッ ごめんなさい、ちょっと揶揄からかいたかったの。あなた前に『朝はダメなんだ』って言ってたでしょ?それでね」

 美鶴みつるはころころと笑っていたが、ぼくは苦笑してしまった。カンベンしてくれよ、と言うと、

「じゃあお詫びにあなたの都合の良い日に一日付き合うわ」

 そんな訳で今日の約束を取り付けたのである。

 コンコンッ

「いらっしゃいかおる。今日はのんびりお散歩?」

 ぼくはハリウッドの二枚目のように美鶴の手にキスをして、ティラミスでも食べに行こうと誘った。


 やや色せた、いかにも美味うまい間食を出してくれそうなその店には、漫画喫茶のように聞いたことのある本たちが置かれていた。

「花子さんにドッペルゲンガー……そういえば昔学校でこういう話が流行ってたわね」

 どうやら学生がチラホラいたらしく、このドッペルゲンガーの話にムムムと反応した一組がいた。どうもシリアスな雰囲気だったのでいぶかしんだぼくらは隣にいたその一組に話を聞いた。

「ウワサになってるんです。生徒の一人、奇妙な子がいるって。もしかするとドッペルゲンガーと入れ替わってるんじゃないか?って話があるの」

 その生徒、この娘たちと同じ、この近所の学校の生徒ってトコまでは分かったんだが……

 突然、息切れ切れに走る子の姿が見えた気がして、ぼくと美鶴はちらりと外を見た。……追われてるのか?

「美鶴、やはり……」

「オニごっこにしては張り切りすぎね…ほら後ろ」

 数人のゴロツキがいた。黒服・黒眼鏡メガネ・黒帽子……いかにも「悪役でございます」って感じだ。

「フッ、分かりやすくて良いや。美鶴、ちょいと俺らも混ぜてもらおう。それではカワイ娘チャン達、後はこれで好きに飲み食いしてくれ。お話ありがとう」

「エェーッ、もう行っちゃうんですか?もっと喋りましょうよー」

「続きは今度二人っきりの時にな」

 このように一口説ひとくどきしているその横で、誰かさんがにらんでいた。

(まるで紅の豚ね、あなたいつからロリコン趣味になったの?)


 店を出てから、逃げていたことランデブーするまで時間はかからなかった。まだ十数歳いくつのガキンチョだった。

「チョイ待ち!……坊や、ちとデートに付き合ってもらうぜ」

 私たちは味方よ、さっきの黒服のことを教えて?と美鶴がなだめる。坊やの警戒心は今異常に髙いと見受けるが、それでもすんなりと事情を話させる懐柔かいじゅう力……さすが美鶴チャン恐るべし。坊やの名前は篤志あつし、ティーンの学生でそのナントカって学校の名前も同じ……こりゃドンピシャだぜ。

「信じてもらえないかもしれないけど、奴等やつらオレと一緒に逃げた瓜二つの……オレのドッペルゲンガーを捕まえるつもりなんだ……瞬間移動実験の隠蔽いんぺいのために」

 黒服はいったん見失ったようだ……車に乗せるなら今だ。

「あそこにジュリアが止めてあるだろ、ひとまずあの中に隠れてろ」

 キーを渡し、一方俺らは黒服数人の前に出て行った。ここは人目に付かない場所だ。訳もなく全員倒し、唯一まだ気絶していなかったチンピラを捕まえることに成功した。

「さぁ話してもらおうか、手首がつながっているうちに話したほうがいいぜ。おたくらのアジト、実験場ってのはどこだい?」


 同日夕方、ジュリア車内にて……

「篤志君、さっきの実験の話、一体どういうことか話せる?」

「オレは父なしで、母子の貧困暮らしでした。そしてその弱みに付け込んできた奴等の話にまんまと飛び付いたんです。バカだった……あんなインチキ話信じるんじゃなかった!」

「うん?いや、あながちインチキじゃなさそうだな」

「えぇ、聞いたことがあるわ……瞬間移動、文字通り一瞬にして全く同じものを別の場所に出現させて、一瞬にして元の物体を消す……だけどそれは極めて小さなものじゃないと成功させられないはずよ」

「恐らく、初めて人間サイズで実験をしてみたってトコだろう。そしてその実験は失敗……黒服の様子から察するに、君の分身を殺しに来たって感じだな」

「うん、オレもそう思ったんだ……だからオレそいつを連れて脱走しちゃったんです。おかあは同じところにいなくて、結局そのまま逃げてしまった。もしかしたら人質に取られてしまったかもしれない……」

「難儀だったわね……ねぇ薫?」

「フッフッフッ、分かってますよ……だが一つ聞きたい、これはとても重要なことだ。篤志クン、君のお母さん…………美人だろうな?」


 俺たちが来た実験場、一見廃墟に見えるそれだが、確かに人の出入りの跡がある。篤志を安全な所へ隠れさせ、気絶していたチンピラ君を叩き起こし、彼に道案内をしてもらっていたが結局……

「誰だ‼」

 仕方ない……俺と美鶴はジャケットの内にあるショルダーホルスターからリボルバーを取り出した。

「俺?実はジェームズ・ボンドなんだ」

 一斉に全室が明るくなった。廃墟が目を覚ましたのだ。ハイエナが次々にわいてくる。しかし俺たちはこのリボルバー、通称コルト・SAA(シングル・アクション・アーミー)で退治していく。45口径のパワフルなロングコルト弾を喰った黒服たちは、まるでボウリングピンのように倒れていく。

「何をしている⁉女二人などさっさと始末してしまえ‼」

 実験装置のそばで、人質の縄を握りしめる男のもとに部下が走ってきた。

「まさかとは思いますが親分、その二人組、例の『マシンガン』では……⁉」

 親分は改めてカメラに写っている二人を見る……リボルバーという装填そうてん弾数が少なく取り回しも悪い昔のモデルを片手に、まるで機関銃マシンガンのような恐るべき連続ファニングショットを放っている。そして……

「そこまでだ、黒幕さん?」

 青ざめ、膝をついた親分は、もはや人質を利用することすら思い至らなかった。一方その隣にいた勇敢な部下は、ポケットに手を入れっぱなしの俺に向かって最後の抵抗を試みようとする。が、美鶴の銃口が自分をマークしているのを見て、不念ぶねんながら手をおろした。

「俺は食べ損ねたティラミスを頂きに来たんだ。監獄か地獄か、行方を選ばせてやるからとっとと決めてくれよ?」


「本当にありがとうございます。子供たちに私まで……おまけに実験装置を壊していただいて」

 いいえ、まだ装置は生きているわ、と言って美鶴が「最高機密」と記された書類を持って来た。そしてスイッチを入れて、死にかけの瞬間移動装置に投入していく。するとその全ては原子レベルで粉々になってしまった。

「良かったのですか?一応なにかの証拠として警察にでも提出できたと思いますが……」

 最期に無理をさせられ装置が、プシューッとを上げて停止していく。おそらく業界でリードタイムを稼ぐため非正規の手続きでさんざん実験をさせられた、いわくつきのものだったんだろう。

「良いのさ、別に俺たちは真相の為に来たわけでも正義の味方でもないしな」

 ではなぜ助けに来てくれたのかという疑問に、ぼくは腰に手を回して答える。

「決まってるだろ?……君さ。エッチな未亡人とイチャイチャ……」

 不意にぼくの言葉は美鶴のコブラツイストによって遮られた。

「ま、待ってくれ!ぼくはただお母様のココロを暖めるために……グェェ……いたたたた!痛い!痛い!」

「お黙り!暖めたいのはココロじゃなくてでしょうが!この恥さらし‼」


 お し ま い


簡易説明

・ティラミス……イタリア語で「私をハイにして」の意。今作ではこのハイを「劇薬的なハイ(戦闘やどんちゃん騒ぎの高揚感)」と「媚薬的なハイ(主人公たちのデートなど)」との二つに解釈した。

・瞬間移動 ……作中での具体的説明は省いたが、今作ではざっくり「再現した原子を被験者(物)と同じ形に組み立ててオリジナルを消す(篤志の場合はオリジナルを消す場面で失敗した)」という設定を採用。

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