SAN値偽装の邪神ちゃん ~TS少年は人間界に戻りたい~

草食丸

プロローグ:ダンジョンの怪


 ※本作は怪談話ではありません。


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 「はぁっ、はぁっ・・・私も、ここまで・・・かなぁ」


 22世紀も終わりを迎えようとした頃、世界中に突如出現した『ダンジョン』。

 人々は新たな発見、資源確保、腕試しなど様々な目的を持ってそれに潜った。

 そして今、上下に展開されているそれの地下15階層にて、ダンジョン配信を行っていた一人の少女が牛の怪物に追い詰められていた。


 尻餅をつき、後退るもすぐ後ろは壁。怪物は目と鼻の先に居る。


「ヴフゥウゥゥ・・・ヴフゥウゥゥゥゥ・・・」


 臭い息が顔にかかる、その生暖かさが目の前の光景が現実であることを知らしめてくる。


「皆さん、ごめんなさい。・・・どうも私は、ここまで・・・みたい、です」


 この階層には居ない筈の牛の怪物「ミノタウロス」。

 恐らくもう助からないだろう。少女は覚悟を決め、宙に浮かぶスマホにそう話しかける。

 勿論スマホから返答はない。だがその画面上では少女を励まし、助ける方法を模索する文字こえが流れていた。


《諦めないでっ、ネネコちゃんっ!!》

《助けが来るはずだから、それまで逃げるんだっ!!》

《誰か助けに行けないのかっ!?》

《ミノタウロスだぞっ!? 上級ハンターじゃねぇと、無理に決まってんだろっ!!》

《探索者協会には連絡入れたからっ、逃げてっ!!》

《おいっ!! ミノの数増えてんぞっ!?》

《もぅ、ダメだぁぁぁっ!!!!!!》


 仲間に呼ばれたのか、餌に匂いを嗅ぎ付けたのか。気付けばミノタウロスの数は五頭に増えていた。


「ふぐぅっ・・・死にたくない。・・・死にたくないよぉ」


 腰は抜け、頬には涙が伝う。

 諦めたくはない、けれど探索者のプライドとして最後は配信を切ろう。

 そう思い、少女がスマホに手を伸ばした時だった。


《何だあれっっっ!?!?》

《ネネコちゃん、後ろっ!! 後ろに何か居るっ!!》

《デカッ!? 蛇? いや、大蛇か?》

「あれ・・・何?」


 画面の文字に促され振り返った少女の視界には、名状しがたい生物(?)が居た。

 その姿は逆光でハッキリとは見えない。


(蛇・・・ううん、触手? 触手の塊?)


 そう表現するしか無かった。それ程までに名状しがたい姿をした怪物。

 視線を横にずらせば、ミノタウロス達が呼吸を忘れたかの様に固まって動きを止めていた。よく見ると、その筋肉質の体がブルブルと小刻みに震えている。


(ミノタウロスが怯えてるっ!? 20階層でも最強と言われるモンスターが!?)


 自分は何と出会ってしまったのか、未知の恐怖に瞬きすら忘れた。


 ──ズルッ・・ズルッ・・・


 触手の化物が、触手を引き摺りゆっくりと動き出した。

 緩慢な動き。それを見たミノタウロス達が何を思ったのか、少し気を緩めた瞬間。


 ──ヒュンッ──ガシッ!


 ミノタウロス達は、一瞬にして触手に絡め取られる。その触手は太く、一本一本がミノタウロスの太腿と同じ程であった。


「ヴモオオォォォォッ!!!!!!」

「モォオオォォッ、ブモォオオォォォッ!?!?!?」


 逃げ出そうと暴れるミノタウロスだが、どれ程の力で絞められているのか、首から下が全く動かない。

 その目が、先程までエサとしか見ていなかった少女に助けを求める。だが。


 ──ゴキッ、ボキンッ!!


「ヴォッ!! ヴォォッ!! ヴゥゥオオォォォォォッ!!!!!! ゴギャッ!?」

「ヴォオオオオオォォォッオギャァッ!?」

「ヴゲェッ!?」


 何かが潰れる音がミノタウロスから聞こえ、少女は肌が粟立つ。


「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」


 ──息が出来ないっ。

 先程まで少女の命を脅かした恐怖の象徴が、何の抵抗もなく潰れた。その現実に、体が呼吸を拒む。


《何なんだ。何なんだよコレッ⁉》

《ミノが、瞬殺された・・・》

《な、なぁ、今の内に逃げた方が良いんじゃ・・・》


 確かに、視聴者の言う通り逃げた方が良いのかもしれない。

 だが、足が、体が、逃げることを諦めている。


 触手の化け物はミノタウロスを振り回していたかと思えば、その動きを急に止め、こちらを向いた。


(気付かれたっ!?)


 いや、もしかしたら初めから気付かれていたのかもしれない。

 ただ、”問題ない”と放置されていただけなのかも、だがそれももう終わり。”それ”はこちらへ近づいてきた。


 ──ズルッ・・・ズルッ・・・


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


 少女は必死の思いで目を瞑り、顔を逸らした。





 ・・・・・・・・・・・・。





 ・・・・・・。





 ・・・。

 



 ・・・何も起こらない?


 ・・・あの触手の化け物は去ったのか?


 ・・・目を開けても大丈夫だろうか?


 少女は意を決して目を開ける、すると目の前には──。






 ──「目」があった。


 大きさは人と同程度の丸い目。その中に四角い瞳孔が見えた。


「・・・ぁ」


 少女の心は限界を迎え、気絶した。


 化け物は触手を伸ばし少女に触れる。

 そして身体をつつく様な仕草を見せた、その時。


『ネネコーーッ!? 何処ですかーーっ!! 助けに来ましたーーっ、返事をしてくださいっ!!』


 少女を助けに来た者達であろう声が聞こえた。

 その声に化け物は触手を引っ込め、ミノタウロスを引き摺りながら通路──少女とは逆側へと動き出す。


 “それ“はいったい何だったのか。

 新種のモンスターか、はたまた生物兵器か、光景の一部始終を見ていた視聴者にもその答えは分からない。

 ただ一つ分かっていること、それは少女が助かったという事実。

 皆コメントも忘れる恐怖心の中、その事に安堵した。


 あとは化け物が立ち去り、少女が仲間に回収されるだけ。

 しかし視聴者が食い入る様に映像を見ていた最中、予想外の出来事が起こる。


 ──ガシッ!


 化け物が自律飛行していたスマホに気付き、持って帰ってしまった。


《えっ?》

《ええっ!?》

《ウソだろっ!?》


 触手に捕まり、ぶんぶんと振り回されるスマホ。


《おぎゃああぁぁっ、目がまわるぅぅっ!?》

《止めっ、止めろぉぉっ!?!?》

《ええぇっ、どうなんのこれっ!?》

《オロロロロロロォ・・・・・・》

《酔うっ、酔っちゃううぅぅ!?!?!?》


 そして阿鼻叫喚が流れる画面の向こう側で、視聴者は確かに聞いた。

 それはこの場に似つかわしくない、鈴を転がした様な可愛らしい少女の声。


『この硬そうな板、食べられるかなぁ?』



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 主人公は触手の方です、配信者の女性は当分出てきません。

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