2.

「馬鹿じゃねぇの」


一人の男がカフェで声を荒らげた。その言葉を浴びたのは、目の前にいる舞野裕一郎だった。


「馬鹿じゃない。大真面目だ」

「あのな、お前にとっては大真面目だろうが、俺含めて全人類はさっきみたいに言うぜ」


裕一郎は、そんなことはわかってる、と言わんばかりに紅茶を飲み干した。裕一郎は紅茶より珈琲の方が好きだったが、彼女の影響で紅茶やダージリンなどを好むようになった。


「舞野」

「なんだよ」

「お前は頑固だ。そこがお前の良い点で、悪い点でもある」

「何が言いたい」

「人生を棒に振るな。お前に彼女がいることは知っていた。だけど、一年も連絡が取れていない。なにしろ、お前は彼女と」


松永涼が言い切る前に、裕一郎はその場を去ろうと椅子を動かした。松永涼もそれに続いて椅子を動かした。


「おい、俺も自分の分くらい出す」

「いいって。相談にのってくれたお礼だ」

「…そうかよ」


二人の男はカフェを一緒に出たが、帰り道は違ったようだ。松永涼は駅の方面に、舞野裕一郎は住宅街の方面につま先を向けていた。そして何も言わずに二人は背を向けて歩き始めた。しかし、涼は足を止めた。そして踵を帰し、精一杯の大声を出した。


「俺は、お前にまだ借りた一万円返してねぇ!」

「なっ、ふざけ…」

「だから、絶対帰ってこいよ」


裕一郎の目には、腐れ縁の友人が映っていた。お人好しで、誰に対しても優しいが、ちょっと口が悪い。松永涼はそんな男だ。そんな友人からの不器用なメッセージに、裕一郎は無意識に笑を零していた。









裕一郎は家に帰るやいなや、クローゼットの中からリュックサックを取り出した。登山用の大きいものだ。大学を卒業してから一回も使っていないが、ケチらずに高いものを買ったおかげか、問題なく使えそうだった。裕一郎はリュックサックに必要なものを詰めていく。服や下着は旅先で買うとして、大学時代のキャンプ用品や災害用非常食をありったけ詰め込んだ。旅支度は済んだものの、まずどこから探せばいいのか全く検討がつかなかった。

裕一郎は画面上でしか恋人とやり取りがなかった。しかしお互いの顔や特徴、生まれや育ちなども言い合った。つまり最低限の彼女の情報は持っているのだ。裕一郎は一つのメモ帳を取り出した。


「なかづあいな。歳は28、誕生日は9月5日。身長は155cm、体重は秘密。出身は静岡県、育ちは、秘密」


裕一郎は彼女のことをメモに取っておいたのだ。ただ裕一郎のメモ帳は一度しか使っていない。あまりにも少なすぎる情報に唖然としたが、裕一郎の一度決めたことはやり遂げるという頑固な性格がそれを拭払した。

裕一郎は部屋の電気を消し、自宅を飛び出した。向かった先は東京駅だった。まずは東海道新幹線に乗り、静岡にいくことが裕一郎の中でも最優先事項だ。

その先が茨の道でも草原の道でも、亜衣奈に会えるのなら道なら進もう、と裕一郎の中で強く固く誓ったのだった。




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