2-37:わらびと踊る

「はい、最後の子ね。どうもありがとう」

 美枝の前にできた列の、一番最後のゼンマイが撫でられて走り去って行く。それを皆で見送ったあと、空はため息を吐いて立っていた岩の上に座り込んだ。

 周りには、持ちきれなかったゼンマイの新芽が束になっていくつも置いてある。

「沢山採れたわねぇ」

「ええ。これは干すのが大変ね」

 口ではそう言いつつも、雪乃も美枝も嬉しそうにしている。後始末が多少大変であろうとも、毎年この時期しか得られない春の恵みは誰にとっても嬉しいものなのだ。

 持ちきれなくて斜面のあちこちに置いてあるゼンマイの束を全員で集めると、かなりの量になった。それをまた幾つかに分け、風呂敷でまとめて魔法鞄にしまい込む。

 その作業が終わる頃、不意に空のお腹がきゅるる、と可愛い音を立てた。

「おなかすいた……」

「あら、じゃあそろそろ十時ね。ちょうど良いから休憩にしましょう」

 空の腹時計は極めて正確だ。

 斜面では休憩しづらいので皆で沢を少し遡り、上に登りやすい場所からまた林に入った。空はまたフクちゃんに乗せて運んでもらう。

「この辺でいいか」

 先導していた幸生が、皆を木々の合間に出来た比較的平らな草地まで案内すると足を止めた。

 幸生は周りをぐるりと見回すと、その場にしゃがみ込んでトントンと軽く地面を拳で叩く。するとズズ、と地面が微かに震えた。

「こんなもんだろう」

「ありがとう。じゃあ敷物出すわね」

 雪乃は魔法鞄から敷物を取り出し、テキパキとその場に敷いて行く。

「じぃじ、いまなにしたの?」

「座りやすいよう、少し平らにした。座ってみろ」

 幸生に勧められ、空はさっそく敷物の上に靴を脱いで上がり込んだ。確かに敷物の上に座り込んでも斜めじゃないし、石が当たったりもしない。

「じぃじすごい!」

 空が素直に賞賛すると、幸生はしばらく天を仰いでから敷物の上に座り込んだ。

「はい、空。おやつのおにぎりよ」

「ありがとう! いただきまっす!」

 雪乃から渡されたのは海苔が巻かれた大きなおにぎりだった。

 あーんと大きな口を開けて齧り付くと、中からシソの実と大根の味噌漬けが出てきた。そのしょっぱさとシソの香りがご飯と良く合って、空の頬が思わず緩む。

「おいしーい! これすき!」

「良かったわ。まだ沢山あるからね」

「うん!」

 ちなみに、空が嫌いなおにぎりの具は今のところ存在しない。

「ばあちゃん、おちゃちょうだい」

「はいはい」

「アキちゃん、おにぎりいらないの?」

「おにぎりおいしそうだけど、おれはおひるでいいかなぁ」

 空や幸生ほどエネルギーを必要としない明良や美枝は、持ってきた小さな饅頭を一つ二つと食べてお茶を飲むだけでいいらしい。

「空ちゃんもお饅頭食べる?」

「ください!」

 空はおにぎりを三つ食べてからお饅頭を一つ分けてもらい、軽くお腹が塞がったところでおやつを切り上げた。一休みを終えた面々はそれぞれ腰を上げ、食べ物や敷物を片付ける。

「じぃじ、つぎどこいくの?」

「うむ。少し歩いた所に、日当たりの良い場所がある。そこにワラビが多く生えているはずだ」

「今日採り頃なのはそのくらいかしらね?」

「沢山あると良いわねぇ」

 少し歩くならまたフクちゃんに乗せてもらおうかと空は考え、すぐ傍の草むらで何か啄んでいたフクちゃんを探した。するとどこからか視線を感じ、空はふと顔を上げる。

 するとじっと空を見下ろしている幸生と目が合った。

「……」

「……じぃじ、またのせてくれる?」

「うむ」

 表情には一切出ないが、幸生の纏う空気がたちまち軽くなる。

 どうやら正解だったらしいと内心でホッとしながら、空は幸生の肩によじ登り、そこからフクちゃんを呼んだ。

「ホピッ!」

 フクちゃんがパタパタと飛び上がり、幸生の頭にぽすりと降り立つ。

 全員の準備が終わると、一行はまたぞろぞろと林の中を歩き始めた。


「わらびって、なにしてたべるの? てんぷら?」

「ワラビはあんまり天ぷらにしないわね。おひたしとかが多いかしら」

「そら、みそマヨおいしいよ。しゃくしゃくするんだ」

「みそまよ!」

 明良の提案に、それは絶対美味しいと空は目を輝かせた。

 確かにマヨネーズはシャキシャキしたものを大抵美味しくさせてくれる。油で揚げると大体美味しい法則と同じくらい信用できる。

 さっきおにぎりを食べたばかりだというのに、空はもうワラビをみそマヨで食べたくなった。

「じぃじ、いっぱいとろうね!」

「うむ。もうすぐ近くだ」

 空が気合いを入れていると、やがてまた林が途切れ、周囲が明るくなった。この辺りは南向きで日当たりがよく、傾斜も緩やかな草地になっている。

 幸生は空を肩から降ろすと、足元の草を軽くかき分け、その中からニョキリと伸びたものを指さした。

「空、これがワラビだ」

「これ? なんかひょろっとして、ほそながい……ぜんまいとちょっとにてる?」

 草の間から生えていたのは、綺麗な緑色の細長い新芽だった。途中には葉も枝もなく茎一本だけで地面から真っ直ぐ生え、先端がくるりと曲がって下を向いている。先っぽは三本に分かれていて、それぞれの端がぽこりと膨らんでいた。

「これを採るんだが……普通に採ると、こうなる」

 幸生が手を伸ばすと、その手を避けるようにその茎がふにょっと曲がった。

「えっ!?」

 スカッと空振りした手が再び茎に伸びると、ワラビはまた別の方向に身を捩る。少し速度を上げて手を動かしても、ワラビはす、す、とテンポ良く身を捩り、くねくね曲がって器用に避けている。

 試しに空も真似をして近くにあったワラビに手を伸ばしたが、やはりスカッと避けられてしまった。

「これ、とれないの? うんとすばやくやるの?」

「ワラビより素早く動けば採れるわね。でもそうすると、アクが強くなっちゃうのよ」

「そうなるとアク抜きが大変なのよねぇ」

「そうでなければ、完全に気配を消してワラビに一切察知されずに採るっていう方法もあるけど……ちょっと玄人向けねそっちは」

 そんな手練れの暗殺者みたいな技術がいるなら無理すぎる、と空はがっかりして肩を落とした。

 ならばどうするのかと空が幸生を見上げると、幸生は首を横に振った。

「俺はワラビ採りは苦手だ」

「ええ!?」

 ではまた美枝の出番なのかと空が振り向くと、その前に何と明良がサッと手を挙げた。

「おれやるー! ほいくじょで、かんたんなおどりならったんだ! ワラビとったことあるし……あ、ばあちゃん、あれちょうだい!」

「はいはい、これね」

「おどり……?」

 空の困惑を他所に、美枝は鞄から何かを取り出し明良に手渡した。途端に、シャン、と聞いたことのある音が周囲に響く。

「た、たんばりん?」

 明良が受け取ったのは、どこからどう見てもタンバリンだった。明良はタンバリンをシャランと鳴らし、皮の部分をパンと一回叩くと頷き、ワラビの方へそれを突き出し宣言した。

「ワラビたち、おれと、おどりでしょうぶだ!」

「え、えええぇ……?」

「はい、空。空はこれね」

「はえっ!?」

 す、と空の目の前に横から差し出されたのは、これも見たことのある、赤と青の二枚貝のような――カスタネットだった。空はそれと差し出している雪乃の顔を交互に何回か見て、それから恐る恐るそのカスタネットを手に取る。

「あ、そらもやる? じゃあいっしょにやろ!」

「え、あ、うん」

 空は今世で初めて触れるその懐かしい楽器を手に持ち、戸惑いながらも明良に頷く。明良はにこっと笑って、それから手にしたタンバリンを高く上げ、シャララララと軽快に鳴らした。

「そら、おれのまねして、てをふって! んで、てをだしたのといっしょに、おなじほうのあしもまえにだすんだよ! さいしょはみぎ、ひだり、もっかいみぎ、ひだり!」

 シャン、シャン、と音を立てながら明良が両手を斜めに振り上げ、それに合わせて片足も斜め前に出す。右に、左にとリズム良く動かす度に、タンバリンについているシンバルが楽しげな音を立てた。空も慌てて見よう見まねで両手を挙げ、右に、左にと後を追った。

「んで、りょうてあげて、くねくねして、まんなかでパン!」

「わ、わっと」

 明良は真ん中に腕を戻すと今度は両手でタンバリンを持ってその手を真っ直ぐ挙げ、体をくねくねと左右に揺らす。それを真似するように明良の前のワラビも茎を左右にくねらせていたが、空はそちらを見る余裕がない。

 それから体を真っ直ぐ戻した明良は、高らかにタンバリンを一つ打ち鳴らした。空も真似をしてカン、とカスタネットを思い切り叩く。

「うまいうまい! さいごにくるっとまわって、パン、パン!」

 明良はその場でくるりと一回転して今度は二度タンバリンを鳴らす。空も少々辿々しくくるりと回ると、カスタネットを二回叩いた。

「じゃあ、またさいしょっから! いくよー!」

「う、うん!」

 また両手を右に左にと動かす明良に合わせて、空も懸命に手を振り上げ、カスタネットを鳴らし、くるりと回る。

 必死でその動きを追っていると、空は何だか段々楽しくなってきた。簡単な動きばかりなので、慣れれば空でもついて行ける。

 そうやって何度目かにくるりと回ると、不意に明良が空の名を呼んで目の前を指さした。

「ほら、そらみて! ワラビ、あつまってきた!」

「えっ、えええっ!?」

 いつの間にか目の前の草原に、ひょこひょこと無数のワラビが顔を出している。ワラビたちは明良と空の踊りに合わせるように右に左に茎を動かし、風もないのにピコピコと揺れている。

「もういっかいいくよー!」

「うん!」

 シャン、シャン、カン、カン、と楽しげな音が草原に高らかに響き、明良と空が笑いながら踊る。

 それを見学するワラビたちは段々と数を増やし、気付けばいつの間にか草原は揺れるワラビでいっぱいになっていた。

 ちなみに近くにいた幸生は、可愛い孫が一生懸命踊る姿を見ては天を仰ぎ、慌ててまた視線を戻すという動きを繰り返し、それもある意味一緒に踊っているように見えた。

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