第7話 努力家でわがままな子猫
やっぱり純恋は何かあったのだろう。時間がたつにつれて気になってきた。もちろん、気になっている人と話せるのは嬉しい時間だけど何よりも大切な幼馴染みを放っておけない。委員会も聞いている限りまだかかりそうだし、後で資料は配られるだろうからそれを見たら大まかなことは理解できるだろう。
筆箱やさっき渡された資料ををリュックに入れてしまう。「ごめん、先帰る」小声で莉緒に言うと
「りょーかい、後でばっちり説明するわ」
「あんまり期待してないけどよろしく」
「ひどっ!流石にそれくらいはできるよ!」
「知ってる、ありがと。じゃあね」
「ばいばい」
莉緒と話してから先生のもとに行く。
「今日は用事があるので帰ります」
「そうか、気を付けて帰れよ」
「ありがとうございます、さようなら」
先生の言葉を聞く前に扉を出る。下駄箱に向かっても誰もいない。
上靴を脱いで靴に履き替えて靴箱を閉める。
手紙などがまた数枚入ってたのは気づかなかったということにしておこう。
帰路を急ぐ。今日は両親は仕事でいないから純恋の家に直接行くことにしよう。
チャイムを鳴らすのが面倒だったから事前に持っていた合鍵で入って、鍵をきっちり閉める。
「純恋~、いるー?」
呼び掛けてみるが返事は返ってこない。
リュックをリビングのソファーにいったん置かせてもらって手洗いをすることにした。
リュックをリビングに置いたまま純恋の部屋に向かう。コンコン
ノック音が響く。
「純恋ー?入るよ~」
返事はまた返ってこない。そっと入ってみると相変わらず可愛らしい部屋が広がっている。白のレースをあしらったカーテンとソファー。白の電子ピアノに譜面がいくつか置かれている。薄いラベンダー色のドレッサーにアクセサリー入れ。たくさんの小説が入った本棚。可愛らしいぬいぐるみがいくつか。
窓側にある薄いラベンダー色のフリルがあしらわれたベッドでうさぎのぬいぐるみを抱き締めた純恋が寝ている。
「純恋、寝てるの?」
聞いても当然返事は帰ってこない。よく見ると頬に泣いた後が残っている。
頭を撫でると人の気配を感じたのか純恋がゆっくりと目をあける。
目に涙を溜まっている。
「独りにしないで、」思わず彼女を壊れ物をさわるように抱き締めた。
「大丈夫、私はいるよ」
「ほんとに、?ずっと?」
「ずっと」
「好きな人ができても、?私を置いていくの?」
「好きな人はいないけど気になる人はいるよ。でも、純恋のが大事だよ」
落ち着かせるように背中を撫でる。
「でも、でもっ…!絶対はないでしょ。
私は桜がいないと独りなの」
ヒュー。純恋の呼吸音が徐々に乱れていく。
「ケホッ…ケホ」
「純恋?」
「触らないでっ」
ヒューヒューと喉に空気が通る音がする。
喘鳴がなる。激しく咳き込む様子は見ているこちら側もしんどくなってしまいそうだ。
「落ち着いて、大丈夫。私はいるよ」
「やだっ、そうやって私の両親もっ」
軽いパニック状態に陥った彼女は私の手を振り払おうとする。
彼女の細い手を握りなおして片手で背中を擦る。
「私はいるから、ほら私に息をあわせて」
「吸ってー、はいてー」
溢れた涙をそっとぬぐう。
「っ、」彼女が私の息にあわせて吸おうとしているときにあらかじめ持っていた吸入器で吸入させる。
数分後、落ち着いた純恋は私の膝に乗ってきた。「…んね」
「大丈夫だよ」
さらさらの髪を優しく撫でる。
「私は、桜がいないと駄目なの。桜じゃなきゃ駄目なの」
私に顔を見られたくないのか肩に埋められる。
「うん、私もだよ」
「嘘だよ、桜は白崎くんが好きなんでしょ」
「好きではないけど気になってはいるかな」
「お願い、私を置いていかないでっ、白崎くんのとこに桜は行っちゃうの?」
「行かないよ、だから今日も純恋のもとに帰ってきたでしょ」
少し震えていた肩がおさまる。
「ごめんね、ごめんなさい。桜のっ、大事な時間を奪って」
私から離れようとする純恋は涙で濡れている顔を上げる。
「待って」手をひいてもう一度膝に乗せる。
「親友との時間のが大事だから帰ってきたんだよ、純恋は独りじゃないよ」
「違うの、独りなの。昔も、今も。皆、私が完璧じゃないからっ、」
それ以上言葉を紡がせたくなかったから優しく抱き締める。
「純恋は今まで頑張っていたよ、ずっと」
知っていた。純恋は両親に少しでも関心を示してもらいたくて幼いときから勉強も運動もピアノもすべて完璧にこなそうとしていた。
学校でも嫌われないようにずっと自分を保ってきてた。
私は大切な幼馴染みがこんなに思い詰めているのに気づかなかった。
どうして気づけなかったんだろう。近くにいるはずなのに、遠く感じる。
優しく髪をすく。
「お願い、一緒にいるって約束して」
「約束するよ」
小指を絡めると純恋は少し満足そうに笑みを浮かべた。
「ふぁ~」小さく純恋があくびをする。
「なんか、疲れちゃったから一緒に寝よ」
「いいけど、夜ごはんは?」
「起きてから考えるのっ」
「まぁいいけど」
そのまま、2人で横になると夕暮れの光に照らされた純恋はゆっくりと瞼を閉じた。
「おやすみ、純恋」
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