佐原ー覚醒 Ⅲ
これで五人殺した。後は二人だけ、二人だ。
そう自分に言い聞かせると、身が軽くなったような気分になった。ようやく、この血肉にまみれた地獄から解放される、これ以上人を殺さなくて済むのだ。
残りは北野、そして水下。
この二人だけは断じて許してはいけない。まさに、春香を死に追いやった張本人である。
そう思うと、何やら闘志が湧き上がる。斧を強く握りしめた。
そして、北野の眠るテントへ急ぐ。
奴はきっと3合目のキャンプ場で睡眠を取っているはずだ。
まずは奴の手足を切断し、腹をかち割ってから頭蓋骨を割り……そして……。
「…………消えそうな……」
僕はふと、そう口にしていた。
無意識に口が開いて、そのワードを発していた。自分でも、何のことか分からない。
頭の片隅に置いてきた、記憶の断片……。
憶えていないはずなのに、懐かしい記憶。
その時だった。
ふと、春香との記憶が蘇った。
「ねえ、知ってる?」
「ん?どうした春香」
「人間って、生まれた瞬間からの記憶を全部憶えているんだって」
僕は嘘だ、と冷やかしたような気がする。
「おいおい、春香は一週間前に何の料理が出てきたのか憶えているのか?」
「違うよ、ほら。記憶は全てを憶えているの。でも、私たちはそれを思い出せないだけ」
何なのだ。いまになって鮮明に再生された記憶。
一体、何がどうなっている。
僕は混乱した。やめてくれ、これ以上、思い出したくない。
キャンプ場への足を速める。
とにかく、あと二人なのだ。
あと二人で、僕の責務も果たされる
その刹那だった。
僕の頭を、鈍い痛みが支配した。痛覚が全神経を操っている。一瞬、世界が揺らいだのかと思うほどの衝撃だった。しかし、数秒後にそれは激痛へと変化する。僕は、鈍器で殴られたのだ。
「う゛ぁあ」
鈍い声で唸る。その場に倒れ込んだ。頭がまだ痛い。生ぬるい血がただれているのが分かった。
その時だ。
僕の背後で男の野太い声がした。
「おい、よくも殺してくれたな」
水下か?いや、違う。この声はビデオで聞いた。
北野だ。奴が俺を殺しに来た。
何故僕がいることに気づいたのかは分からないが、ちょうど良い。
僕もこいつを殺しに来たところだ。立ち上がって、振り返る。
思っていた以上に北野は巨体だった。180㎝以上だろうか。だが、こちらはかろうじて北野の体長を上回っている。こちらの方がはるかに有利だ。
「ぐがぁあああああ」
獣のように咆哮し、北野に斧を振り下ろす。
北野は間一髪で回避し、持っていた瓶で頭を殴られた。
「ぎゃぁあああああ」
出血が止まらない。頭からドバドバと血液が流れ出る。しかし、こんなことで逃げるわけにはいかない。
僕は斧を続けて北野めがけて振り下ろした。今度は、奴の腹に刃をかすめることができた。しかし、北野は僕の隙を見逃さなかった。
北野は、岩のような拳で僕の頭を殴り飛ばした。
「ぐぇああ」
僕は持っていた斧を落としてしまう。
しまった。北野に斧を奪われた。
北野はニヤニヤとしながら、僕の右腕に狙いを定めた。
立ち上がり反撃を試みる。しかし、それは失敗に終わった。
奴が斧を振り下ろす方がはるかに速かった。
右腕の関節部分に刃が食い込む。
「ぁあぁあう゛ぁああ」
そして、ドンと鈍い音がしたかと思うと、右腕の骨が砕けた。
「ぎゃぁあああああああああああ」
右腕を切断された。
北野は笑っている。この悪魔め。春香だけで無く、僕の命まで奪おうというのか。
「お前のことは知っている。春香の家族だったはずだ」
脳内が確実に揺れた。こいつは僕のことを知っているのか。
「ああ、勿論さ。お前のことは知っているさ。そして、春香も」
僕は立ち上がろうとした。しかし、顔面に蹴りを入れられた。
歯が数本、欠けて折れた。口が鉄の、血の味で広がった。
北野は満足そうにし、話を続けた。
「あいつを輪姦した時は最高だった。男子は大盛り上がりだったぜ。みんなで春香の胸をもんで、乳房をしゃぶって、陰部を荒らした。そのことだけ礼を言っておかないとな」
僕はその時、あのビデオの映像が鮮明に蘇った。
「可哀想だったなぁ~。最後まで泣き叫んでたぞ。お母さん、お兄ちゃん、って」
同時に頭が破裂しそうなレベルで血が上った。どういうことだ、ふざけるな。
「お母さん、お兄ちゃん」
北野は赤子をあやす口調で語りかけた。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
「今すぐ春香に会わせてやろうか」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺意の波動が心を支配した。
「ぐぁああああああああ」
獣のように自らを奮い立たせ、立ち上がる。
ボロボロの左手で北野の首を掴んだ。
「ぐっ」
その勢いで締め上げた。
首の肉に爪を立て、肉に食い込むほど締める。生ぬるい血が溢れ出ていく。
「殺す殺す殺す」
痙攣した北野は持っていた斧を手放した。
僕は北野の首から手を放し、転がっている斧を持ち上げた。
左手しか使えない?いいや、左手で十分だ。この糞虫けらの息の根を止めるには。
そして、勢いよく北野の腹に斧をたたき込む。
「ぎゃぁああああああ」
北野の悲鳴がこだました。
いや、これでは済ませられない。
僕は斧を振り下ろし続けた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も
気づけば、北野の腹の肉は貫通し、大腸、小腸と云った臓器達が顔を覗かせていた。
北野はまだかろうじて生きている。
僕は、猟銃に持ち替えた。
そして、銃口を、奴の口の中に無理矢理入れる。
「んぶっ」
口の隙間から透明な唾液と、赤黒い液体が次々と溢れ出た。
だが、そんなことはどうでもいい。
僕はただ、一心不乱に銃口を口の中に押し込んでいく。
口から、食道へ、胃に到達させる。
北野は白目を剥き出し、死と生の境界をさまよっていた。
「見ているか、春香?」
そして、僕は第二関節に力を込めた。
銃口が火を噴く。
貫通した腹から、おびただしい量の血しぶきが舞う。
北野は、死の坂へと真っ逆さまに落ちていった。
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