第2話 儀式

 十五歳の誕生日を迎えた僕だが、祝ってくれる誕生日会など開かれることはなかった。

 呼ぶ相手もいないし、両親も僕を腫れ物のように扱っているのだから、そんな期待は最初からしていない。

 毎年のように、一人ひっそりと迎える誕生日。だが、今年は少し違っていた。


「——フレンよ、こちらへ来るがよい」

「はい」


 代わりと言ってはなんだけど、今日は神殿に来ていた。

 誕生日に相応しい祝いの場所というわけではないが、この日を迎えられたのは少しだけ特別な意味を持っている。


 祭司様の声に促され、壇上へと向かう僕の耳に、どこからかクスクスと笑う声が聞こえてきた。きっと兄たちだろう。歩き方がどうとか、服装がどうとか、僕の粗探しをしているに違いない。こんな大勢の前で、恥をかかせるのを楽しんでいるのだ。


 その時、そっと隣に寄り添うようにルーナがささやいた。


「大丈夫ですよ、フレン様。人生はご自分で切り開くものです。どんな道を選ばれようと、私はいつでもフレン様の味方でいますから」

「大袈裟だなぁ……ありがとう、ルーナ」


 彼女の励ましで少し気持ちが楽になる。大勢の視線が集まる壇上に立ちながらも、僕の心はどこか穏やかだった。


 さて、今日ここにいる理由がある。

 この世界では、十五歳を迎えた者は大人とみなされ、神殿で神の祝福を受ける儀式に参加できる。そして、神から授かるのが『スキル』という力であり、これが今後の人生を左右する重要な要素となるのだ。


 僕にどんなスキルが与えられるのか、それはまだわからない。だが、それがどんなものであっても、僕の未来が少しでも変わるなら——そんな思いを胸に、僕は壇上に立ち続けた。


「どうせロクなスキルを引き当てないだろ」

「まぁ、通常スキルだったとしても、兄として見届けてやるよ。くくくっ」


 兄たちは笑いをこらえきれず、皮肉な視線を投げかけてくる。

 僕が失敗することを期待しているのが明白で、その視線はいつも以上に鋭かった。


 この世界のスキルには、『通常スキル』と『上位スキル』の二種類がある。


 多くの者は、ありふれた『通常スキル』を得るのが通例で、そこに特別な意味を見出す者はいない。

 一方で、稀に現れる『上位スキル』はその希少さゆえに神話的な存在であり、その力は一国を揺るがすとすら言われている。

 上位スキルは、ただ運だけで手に入るものではない。絶え間ない努力と天賦の才能、そして何よりもその適性が求められるのだ。


 だからこそ、貴族の家系では小さな頃からその素養を磨くための英才教育が施される。

 それは僕にとっても例外ではなく、期待と重圧をその背に背負ってきたのだ。


 僕の家、ラグドール家は代々、『剣星』と呼ばれる称号を持つ者を輩出してきた由緒ある一族だ。


 剣星——それは騎士の中で最も高い地位に位置する者にのみ与えられる栄誉であり、その力は国家の防衛と抑止力の要となる。

 かつて、僕の父もまた名高い剣星として名を馳せ、災害と恐れられた翼竜を退けた英雄と称えられた人物だった。


 今はすっかり穏やかな日々を過ごしている父だが、その功績は今もなお語り継がれている。そして、その剣星の血を受け継いでいるのが僕なのだ。


 僕が何者になるのか、周囲が寄せる期待は計り知れない。

 だが、その期待が重く、時に苦しいものに感じるのは僕だけだろうか。


「……ちらっ」


 父の方に視線を向けると、彼はただ天井のステンドグラスを見上げていた。

 柔らかな光が降り注ぎ、神秘的な輝きが彼の瞳に映っている。

 その様子はまるで、僕の存在など最初から気に留めていないかのようだった。

 通過儀礼に形だけ付き合っている、そんな冷ややかな空気さえ感じる。


「まぁ、そりゃそうだよね」


 僕に期待を寄せる者など、この家族には一人もいない。

 彼らにとって僕は、ただの「凡庸な末子」なのだ。


 だが、そんな僕にも一人だけ、温かな視線を向けてくれる人がいる。

 ルーナ——あの優しい笑顔と思いやりの言葉を思い出すと、家族の期待などよりも、彼女のために力を手に入れたいと思えてくる。


 しかし、そんなことが果たして可能なのだろうか?

 そんな僕に、本当に何かができるのだろうか?


「どうしたのだ、もっとこちらへ寄るがよい」

「は、はい……!」


 祭司様に促され、壇上の中央へと歩を進めた。

 緊張に足が震えるのを感じながら、ゆっくりと顔を上げると、目の前には慈愛に満ちた表情の女神像が祀られていた。

 その微笑みはどこか懐かしく、すべてを包み込むような温かさがあった。

 そんな女神の前に立つと、僕の胸には小さな勇気が湧き上がり、心に静かに灯るものがあった。


「これより、神の祝福を始める」


 祭司様の荘厳な声が響き渡り、神殿に静寂が訪れた。

 この瞬間、どんなスキルが与えられるのか——それが僕の運命を大きく変えるかもしれない。祈るように目を閉じ、僕はただ静かに神の言葉を待った。


「神聖なる女神よ、この者に導きを与えたまえ。

 彼の心に、力の種を蒔き、魂に新たなる役目を授けたまえ。過ぎ去りし時を越え、今ここに目覚めし者よ、その手に宿るべきは、剣か、知恵か、あるいは神の御業か——光よ、彼の運命を照らし、選ばれし道を定めたまえ。さあ、この若者の未来に、祝福を!」


 祭司様の声が響き渡り、儀式が始まった。

 僕は静かに祭壇の前で片膝をつき、頭を垂れる。


 すると、目の前に光り輝く三枚の紙が現れた。

 どうやら、この中から一つを選び、それを自身の中に取り込むことで祝福を受けるらしい。この光る紙こそが神の力そのものであり、選ばれた紙がこれからの運命を定める。


「さぁ、フレンよ。選ぶがよい」

「はい……!」


 緊張で手が震えるのを感じながら、僕は一枚目の紙にそっと手を伸ばした。指先が触れた瞬間、紙の表面に文字が浮かび上がり、まるで映像のように輝き出した。


「……竜騎士?」


 その言葉が僕の口から漏れた瞬間、神殿がざわめきに包まれた。誰もが息を飲み、その響きに耳を傾けている。竜騎士——それはドラゴンを飼い慣らし、騎乗して戦う力を持つ伝説的なスキル。数多の騎士の中でも、選ばれしエリートのみが与えられる栄光の称号だ。


 このスキルが与えられるなど、夢にも思わなかった。僕が今、手にしているのは一族の中でも、あるいはこの国全体においても希少とされる力の象徴——竜騎士のスキルだったのだ。


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