第15話 英雄の再誕⑮
「どうなった?」
貝介が背後から問いかけた。八は振り向いて首を振る。
「残念ながら」
「そうか」
静かに頷く。八の足元で物も言わず横たわる男が見えた時点で分かっていたことだ。八の隣でヤスケと父親が所在無げに立ち尽くしている。
「そっちはどうなりやした? あの娘は?」
「殺された」
「え?」
八が珍しく驚いた顔で聞き返した。貝介の言葉は険しい顔になりながら、言葉を続ける。
「あの影が出た」
「発狂頭巾の影ですか?」
「そのように見えた?」
「何者です?」
「わからん。前と同じだ。現れたと思ったら、すぐに姿を消した。」
「そうでやすか……」
「鳥沼殿に連絡はしてある。おって鑑識役を送ってくれるとのことだ」
「鑑識役?」
「ああ、手配してもらった。この男も、あの娘も何かおかしかった」
娘の亡骸は軽く調べたのちに、携行幻視標識で認識を阻害している。ずっとそのままにしておくわけにもいかない。発狂改方の鑑識学者が調べれば何かわかるだろうか。
「あのう」
所在なさげに立ち尽くしていたヤスケの父親が、遠慮がちに声を発した。
「私たちはどうすれば」
「ああ、一応貝介さんが何か聞くことあるかと思って、待っててもらったんですがね。なにかありますか?」
八は貝介に尋ねた。貝介はヤスケと父親を見た。その服には男の返り血がまだら模様を作っており、顔には濃い疲労の色が見えた。
「もう一通りは聴いておるのだろう?」
「ええ、一応今日見たものについては今の間に」
「ではもう大丈夫だ」
貝介は父親に向かって言った。
「ご苦労であった。また事情を聴きに伺うこともあるかもしれんが、今日のところはもう帰ってもよい」
「あ、ええ、はい。どうもお疲れ様でございます」
「ねえ、さっきの物理草紙はどうなったの?」
恐縮しながら頭を下げる父親の言葉を遮り、ヤスケが尋ねた。貝介の視線が、男の骸に走る。先ほど貝介がそこに置いたはずの物理草紙はなくなっていた。
男が断末魔にもがいたときにどこかに落ちたか? あたりの地面を見渡す。だが、どこにも見当たらない。
「八」
八もはっとした顔であたりを見渡す。
「まさか、あの娘が?」
八はしゃがみこみ男の身体を改めて探りながら尋ねる。
「いや、あの娘の持ち物を改めたときには何もなかったぞ」
そう言いながらも、貝介の頭の中には何か引っかかるものがあった。貝介が追いかける娘の後ろ姿。あの左右非対称の走り方は、手に何かを持っている走り方ではなかったか? あまり大きなものではない。手の中に納まる、例えば物理草紙のような。
だが、たしかに貝介が娘の亡骸を調べたときにはそれと思しきものは見つからなかった。いったいどこに消えた?
娘が走りながら何かを捨てるそぶりがあったら、追っている貝介も気が付いていたはずだ。ならば、考えられるのは……
「あの影か?」
貝介の口から言葉が漏れる。
八が頷いた。
「どうやら、あの物理草紙は、ただの闇物理草紙ってわけじゃあなさそうですな」
【つづく】
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