第3話 英雄の再誕③

 入り口からさしこむ逆光に貝介は目を細めた。

 逆光の中に二つの影が見えた。すらりと背の高い影と、小柄な影だ。

 貝介は居住まいを正した。

「あ、おやっさんに姐さんじゃないですか」

 椅子に座ったまま振り返り、八が能天気な声で呼びかけた。

「ご一緒してもよいかな」

 返ってきたのは低く厳めしい声だった。

 先を歩く背の低い影は、白髪の老人だった。貝介たちの上司、発狂改方の長官、鳥沼だ。その名前以外の情報を貝介は知らない。もちろん、わざわざ尋ねるような不用心なことはしない。

 鳥沼の後ろにつき従う背の高い影を見て、貝介はぴくりと身をこわばらせた。鳥沼の護衛、空夜だ。繊細な曲線で構成された女性、その動きは優美という概念を形にしたような美しさだ。

「ここ座りやすか?」

 八は立ち上がり、貝介の隣に座りなおす。

 鳥沼は「うむ」と一つ頷くと、空いた席に腰を下ろす。そのままちらりと馬鈴に視線を送った。馬鈴の鏡面眼鏡の色がふわりと揺らめく。

「わかりましたよ。再帰餅四つですね。少々お待ち」

 肩をすくめ、甲高い声で注文を復唱すると馬鈴は厨房に姿を消した。

 巨大な背中を見ながら、鳥沼は小さく漏らした。

「あの好奇心は何とかならぬものかのう」

「なんとかしましょうか?」

 いたずらっぽく空夜が笑う。ぞわり、と貝介の背中の毛が逆立った。

「よい。冗談だ」

「ええ、そうでしょうとも」

 がしゃん、と厨房から何かを取り落としたような音が聞こえた。

 優美な笑顔。冷徹な唇の曲線。空夜のそばにいると、なぜだか時折研ぎ澄まされた氷の刃を首元に突き付けられたような気分になることがある。

「姐さんも、すわってくだせえ」

「ん、ありがと」

 席を勧める八にうなずくと、夜空は椅子に腰を下ろして足を組んだ。機動性を重視した衣装は夜空の長い足を際立たせる。貝介は意識して視線を鳥沼の皺だらけの顔に向けた。

「親父さん、ご報告したいことがあります」

「うむ」

「先日、フタゴマ地区で模倣者が何者かに殺害された件についてです」

「ふむ、子どもに危害を加えようとした模倣者が首を落とされた件だな」

「はい、その件です」

「うむ、続けろ」

 頷き、鳥沼は先を促す。

「現場に我々も居合わせたのですが、その……奇妙に聞こえるかもしれませんが」

「どうした? 見たままを言え」

 貝介は少しためらったのちに、あの日以来何度も頭の中で思い返してきた映像を、再び確認するように慎重な口調で言葉を紡いだ。

「模倣者の首を落として去ったのは、発狂頭巾に見えたのです」

「ふむ」

「いえ、違うな。そうじゃない。いわゆる発狂頭巾ではなく」

「あの太刀筋は吉貝の旦那にそっくりだったってことですな」

 八が貝介の言葉を継いだ。

「なるほど、そうか」

 鳥沼は頷くと、空夜に目くばせをした。空夜は胸元から端末を取り出すと机の上に置く。

「わしもその件に関してはいくらか調べてみた。これを見てみてくれ」

 貝介は思考鏡を装着し、端末に有線で接続した。


【つづく】

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