第50話 隠れ里

「すごい、ボコ岩にこんなに早くこれるなんて」

「これも秘密だからな」

「わかった、ます」

「わかりました、ですわ」

「わかりましたですわ」

「ですわは必要ありませんわ」


 この子、アサヒの里に森を通っていくとなると何日もかかりそうだった。とりあえず目印になるものが見えるか聞いて、そこまで空間跳躍を行う。

 これで一気に距離と時間を短縮である。


「こっち、すぐ」


 アサヒは軽い足取りでどんどんと進んでいく。この森の中の里でしかも里の外で活動ができるレベルの子だ。足取りはかなり軽い。


「我が主よ」

「ああ。こりゃあ、オレたちのせいもあるかもな」

「結構距離が離れていますけれど、ここまで逃げているんですのね」


 アサヒは案内をしながらも魔物を倒している。ゴブリンたちだ。オレたちが倒して逃げ出した一部がここまで到達していたのかもしれない。


「もともと、ゴブリンたちがこっちに来た理由をしらべにさとをでてた、ます」

「なるほど、ねっ!」

「これだけのゴブリンが流れてきたら、確かに調査の必要性を感じますわ」

「で、ありますな」


 元々は居住エリアだったのであろう場所、とはいえ何か大きな魔物に踏み抜かれたり荒らされたりと完全に荒廃している状態の場所だ。

 アサヒの言う通り、結界が破壊されて侵入を許したのだろう。


「地獣、結界しってた。つよい、いつでもこわせた、かも、ます」

「その地獣ってのはどんな魔物なんですの?」

「……でかくて、くろい。獣、鋭い角、牙。とーらぐるすさまも、下手に手出ししない」

「トーラグルスさま?」

「ぬしさま」


 また新しい単語が出てきたぞ?


「こっち。もうすぐ」

「ああ」


 アサヒが先に進むと、木々の向こう側に石垣が見えてきた。明らかに人工物だ。


「アサヒ! 無事だったか!」

「タイチ兄! みんなを集めて。そくいされた! 王さま、きた!」

「はあ? 何を言って……お前……そいつらは」

「あ、えーっと」

「ほっほっほっ、通りすがりのもの、とでも名乗りましょうかの」

「良く良く考えなくても、こんな普通の人がたどり着けないような秘境の里に突然来た人間……怪しいですわよね」


 冷静ですねベアトリーチェさん。


「かくにんした! 城、落ちた! ゴブリン追い出した!」

「……客人、石垣の内側に入れるか?」

「あ? ああ、そうか。魔物の変化を疑うのも仕方ない」

「問題ございませんよ? ほれこのとおり」

「ですわね」

「!」


 石垣が結界の境目になっていたようだ。オレたちはそこに足を踏み入れ、そのまま村の中へと入った。


「アサヒ、お客人を長の家に。俺はおばあを連れてくる」

「うん!」

「王よ。それとお付きの方々も。何もないところではございますが、ゆっくりとしていってください」

「え? あ、王とかじゃ……」

「はっはっはっ、アサヒが確認したのであれば間違いございません。こやつは嘘をつけませんから。では一度失礼いたします」


 門番かなんかだったんじゃないのか? 男はその場から走りさった。


「王さま、こっち」

「ああ」


 アサヒに言われるままに里の中を案内される。古い家屋が随分目立つな。それに里の中にはお年寄りと小さな子供が数人、若い働き手があまり見当たらない。


「ここ、里長の屋敷」

「……なるほど。ここか」


 里の中でも一際大きく、立派な構えをしている家。里長の屋敷、か。


「クラフィさま」

「うん」


 二人も鼻に付くいやな臭いに気づいたようだ。


「こちら。おばあ、すぐ来る、ます」

「そのおばあが里長なのか?」

「ちがう、でも、いまはおばあが取り仕切ってる、ます」

「さようにございます。今はこの里の、そうですな長の代行とでも言いましょうか」


 どうやらそのおばあが来たようだ。見たところかなりご高齢に見えるが、なかなかに気配を断つのが上手い。


「影の一族を代表して、ご挨拶を。ホタルと申しますじゃ。歓迎申し上げます。新たな王よ」

「王のつもりはないんだけど……」

「ほほほほほ、ひとまず中へ。ごゆるりとお話いたしましょうぞ」


 ホタルを名乗る年老いた女性の、こちらも猫の獣人族だ。


「王よ、よく参られました」

「さっきも言ったけど、王のつもりはないんですが」

「ではなんとお呼びすれば?」

「クラッドフィールドです」

「ではクラッドフィールド様、あなた様はご自覚がないかもしれませんが、王城を落としたのであれば、それは王権の簒奪を意味するものと思いませんか?」

「ふむ、確かに」

「一理ありますね」

「君たちはオレの味方をしなさい?」


 王様にしようとするんじゃない。


「我らはハイグランドに長く仕えた一族の末裔になります。国を守れず、国に捨てられた愚かしくも弱い一族。ですが我らはいついかなるときでも、再び王が立ったときにはその元に集うと誓い、今日この日のためにその力を研ぎ続け生きながらえておりました」

「素晴らしい! まさに忠義の鏡」

「騎士道に通じるものを感じますわ」

「……ですが、申し訳ございません。我らには王にささげられるものがございません」


 ホタルが深々と頭を下げた。


「え? や、あの?」

「新たに立たれた王に役立たずを送り付けるわけには参りません。王よ、このおいぼれの首ひとつで」

「またれよ、ホタル」

「さ、里長!?」


 また登場人物が増えたよ!?

 声の先を見ると、全身に包帯を巻きつけた片足の男がいた。何かしらの毒に侵されているのか、肌の一部が変色している。


「貴様! その有様で王の前に立つ気かえ!」

「角をすべて使った。しばらくは持つはずだ」

「! それでは他の者が……!」

「すでに伝えた。ことが終わったら、オレの手で介錯をする。お見苦しい姿をお見せいたします。里長のリュウガにございます」


 うわぁ、これは治療カプセル行きの案件だよ。


「アサヒとタイチ、コユキにシズマを共にお連れください」

「里長!」

「ホタルよ里はもう限界よ。せめて最後の奉公に耐えうる人材を送らせていただこう。影の一族、最後のお役目ぞ」

「……そこまでの覚悟か」

「王が来ずとももう終わりは見えていた。しかし王が現れた。であれば我ら一族には役目がある。こんなにもうれしいことがあるのだろうか」

「わかりました。里長に従いまする。年寄連中の説得はお任せくだされ」


 里長と呼ばれる、犬のタイプの獣人族の男とホタルさんが盛り上がっている。


「里がもう限界って……それにユニコーンの角を全部使った?」

「おそらくは怪我人と、あの里長の男のように毒か呪いかを受けたものが多くいるのでしょうな。例の地獣とかいうのの仕業でしょう」

「この屋敷の匂いからして、怪我人が集められているのでは? 」

「うーん、何人くらいだろうか? 治療カプセル、二十機しかないんだよね。まあ重症者から順番に入れれば……」


 オレが悩んでいると、バルバトスが嬉しそうにこちらを見る。


「救われるのですかな?」

「え? あ!」

「流石ですわね。とはいえ、例の宣誓は使っていただきますわよ?」

「うえ、その、えーっとぉ?」


 治す前提で考えていた!


「では私からお願いいたしましょう。我が主を、我らを救った時のように彼らを救ってはいただけませんか?」

「ええ、忠義に準じる彼らは他人に思えませんの。どうか我らに与えられたその救いの手を、彼らにも伸ばしてはいただけません?」

「お前たち……はあ、分かったよ。でも状況の確認からだ」

「「 はっ! 」」


 二人とも、嬉しそうに返事をするんじゃないよ。





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