第35話 まさかの開戦済み
「もう始まっているのか、腕が鳴る」
「や、そりゃあ魔物相手だからいっせーのせでの戦いじゃないんだろうけど。こりゃねえなぁ」
「ひどい状況ね、何やらされるのかしら」
グラムスの言う通り、予定していた地点に到着した段階ですでに戦闘が始まっていた。
荒野に魔法がどんどんと放たれ、矢が飛んでいっている。
一応秩序だっているのか、荒野の中央付近には遠距離攻撃は向かっていない。
「あーあ、帰ろうかしら」
「さすがに帰っちゃまずくない?」
オレたちはそれぞれ貴族に雇われてる身だし。
「状況を説明するから全員集まってくれ」
オレたち貴族に雇われた冒険者組はざっくり80人。来る途中に多少減ったけど、それなりの集団である。
「まず今日は後方で休み、の予定だ。到着したばかりだからな。指定したエリアで適当に野営をしてくれ。すまないが狩りはなしだ。代わりに食事は多めに支給しよう」
「逃がさねえってことだな」
「ここまで来て逃げる奴はいねーよ」
「「「 ぎゃはははははは 」」」
角にいる一団から笑い声が上がる。
「……まあそういう感じだ。いまは荒野に散発的に黒蟻虫人が下りてきているが、夜になったら収まる。連中は巣に帰るからな。夜のうちに荒野の陣を広げ、手前の森から山にある巣へと向かう形になる。巣への道を兵士たちが切り開くので、騎士がその護衛だ。冒険者諸君には森に入って巣に向かいつつ間引きをしてもらいたい」
騎士たちが大勢で巣に向かうために道を作るらしい。村で巣を攻略したときは各々適当にって感じだっただけに、こっちは組織としてちゃんとしてるなぁって印象を受ける。
「黒蟻虫人の素材は好きにして構わない。魔石の買取は夜に実施しているので、必要であれば利用するといいだろう」
兵隊級でC級、戦士級でB級の魔石だ。数を集められるならそれなりの稼ぎにはなりそうである。
「巣の位置はあそこに貼りだしているのであとで確認をしておいてくれ。それと巣までたどり着いても巣への突入は合図を待ってからだ。どっかのバカが先走って手を出した結果、黒蟻虫人が殺気立ってるから突入はできないだろうがな」
「まあ、巣穴の中からある程度吐き出させてから突入が基本だからなぁ」
巣穴の周りの黒蟻虫人は、普段よりも警戒しているらしい。
「オレら学がねえ冒険者でも知ってるのに、どこのバカだ?」
「同業のバカじゃねえの?」
「「「 ありえる 」」」
ありそう。
「それと武器の貸し出しがあるらしい。しかも無料だ。必要ならば借りてくれ」
「うい」
「あいよ」
今回は敵が硬いから武器がダメになる人も多いとの想定だ。そういったサービスもあるのだろう。
「ぬうん!」
グラムスの気合の一言と共に、どでかいスパイクボールが黒蟻虫人を叩き潰した!
「はあっ!」
レイズさんは拳で戦っている。しかも魔化しているようで、拳が炎で覆われている。あれで殴られた黒蟻虫人は、顔面が吹き飛んでいる。
「ふっ!」
踊るように二本の剣を振るい、敵を分断するのはブレンダだ。一撃で首を落とし、即座に離脱。時には一度に二匹の敵の首を落とす手際の良さは流石といえるだろう。
「うーん、楽」
トンカッケのナタは見た目の割に随分と切れ味が良い。ブレンダと同じようにオレも敵の首を切り落とし次のターゲットに、それが終わったら次にという形で敵を倒し続けている。
「ちょっとペース落とせない? 回収間に合わないんですけど!」
「そりゃ、敵さんに言ってもらいたいもんだな!」
オレたちが倒した死体からミラさんが魔石だけ抜き取ってくれてるんだけど、敵が多くて回収が間に合っていないようだ。
「ちょっとあんた! ミラさんのところ周りなさいよ!」
「いや、それは不味いでしょ!」
「だな、このペースを崩さないほうがいい」
「ぬん!」
思っていたよりも数が多く、黒蟻虫人が森から出てくるペースが全然落ちないのだ。
当初の予定では森にはこちらから出向くはずだったのだが、敵の活動開始の時間を見誤ったか、それとも単純に相手の数が多すぎたか。とにかく荒野で迎撃となってしまっている。
騎士に兵士、冒険者に貴族と大乱戦である。
「かたっ!? こいつが戦士級ね!?」
「いけるか!?」
「舐めないでよね!」
レイズさんのフォローを断り、ブレンダは剣を振るう。言葉通り、戦士級の首を一瞬で刈り取った。
「思ったよりも硬いわね。武器、もつかしら」
「オレの予備の短剣持っとく? 長さ的にはちょうど良さそうだよ」
「……あんたのでしょ? いらないわよ」
「そ? 必要なら言ってね」
オレのナタは戦闘中でも修復されるし、そもそもこの程度の相手だったら刃こぼれなんてしない強度を誇っている。
「戦士級ならまだ問題もねえな。親衛隊級ってのはもっとやばいんだろうが」
「こんな広範囲の戦いにはでてこないと思うけど、ねっ!」
親衛隊級の仕事は女王の守護だ。外の戦闘に参加することはほとんどないと聞いている。村での戦いのときも、巣穴の外では見なかったし。
「戦士、兵士、兵士、兵士、兵士、戦士……」
「ちょ、ペース早くない!?」
「やるなぁ」
「……負けてられんな、ぬん!」
ちょうど固まって襲ってきただけです!
「ぬん! ふん!」
グラムスがスパイクボールをぶん回し、一度に数体の黒蟻虫人をそのチェーンに巻き込んで引き寄せ叩きつける。
「……面倒になってきたな?」
「や、効率よくやろうとしてるだけじゃ?」
「つよっ」
「どっちにしても魔石はダメになってるでしょうね」
普通の人間は振り回せないであろう大きさのスパイクフレイルを振り回し、そのボールとチェーンで敵をなぎ倒すグラムス。彼の周りは金属の塊がぐるぐると動き回るため、空白地帯と化している。
「く、面倒な」
そしてスパイクボールに刺さった黒蟻虫人の死体を定期的にはがしている。ぶん回して取ってたんだけど、死体が飛んでいった先に人がいたりして注意されたから自分ではがしているときがある。
「地面にたたきつけたら?」
「そんなことをしたら武器が痛む」
「や、地面よりも蟻のが硬いだろ」
「……それでもダメだ」
「攻撃として地面に叩きつけるのと何が違うのよ」
「武器が拗ねる」
「「「 拗ねるの!? 」」」
そんなことあるの!?
「ねえ、それよりもアレ……」
ミラさんが指をさす方向、森の奥から大きな土煙が見えてくる。
「ワームズか、でかいな」
「あんなのもいるのか。こりゃ相当大きな巣だぞ……知らんけど」
「何よあれ」
「でっかいミミズの魔物だよ」
ワームズ、マウントワームズかストーンワームズだろう。黒蟻虫人が巣を作る際にワームズの巣に突き当たるときがあるらしい。そのまま黒蟻虫人の兵士級や戦士級がワームズのエサになるのが本来の関係なのだけど、黒蟻虫人の数が圧倒的に多い時には共生関係になることがあるという。
「狩りがいがある」
なんとも邪悪な笑顔である。
「気を付けてね。周りが魔法の準備に入っている」
味方の魔法に巻き込まれてはたまったものではない。
「そっちは直撃さえしなければなんとでもなる。それよりも細かい蟻が問題だ」
「近寄らせないようにすればいいかしら?」
「露払いか、まあできなかねえが。ミラ!」
「ええ、下がることにするわ。あれが見えなくなったらまた戻ってくればいいかしら」
「そうしてくれ。たぶん守ってやれるほど余裕がなくなる」
「あのでかいのと一緒に蟻も出てくるのか」
そうなると確かに大変だ。
そんな話をしていると、徐々に土煙も大きくなってくる。
そしてとうとう、森の木々を吹き飛ばしてワームズはその巨体を荒野へと踊らせるのであった。
敵味方関係なく、その体で地面にいるものを押しつぶす。
シンプルながらも強力な攻撃方法だ。自分の体の大きさ、そして体の大きさが強さだと知っている存在の戦い方だ。
体自体は十メートルくらいの高さだろうか。長さは……見当もつかない。なんといってもまだ全身が森から出きっていないんだから。
「ぬううううううううううううん!」
そんな相手に笑みを浮かべながら武器を振るう男がいた。グラムスだ。
人としてみれば巨体で筋肉質の彼が、その手に持ったスパイクボールを思いっきり投げつけている。
「あ、チェーンがどんどん伸びてる。あれ、魔法の武器なんだね」
「どこに感心してるのよ」
メギョッ、とでも言えばいいのか。形容しがたい音と共にスパイクボールがワームズの顎下に叩きこまれた。
「ふんっ!」
そしてそれを引っ張って、上がっていたワームズの顔を地面へと引きづりおろした!
「でええええええい!」
そしてスパイクボールを引き抜くと、チェーンのつなぎ口をつかんでワームズを殴りだした。
『ギョガアアアアア!』
ワームズが口から悲鳴をあげ、その茶色と白の体から紫色の血を噴出させる。
「仕方ない、フォローするか」
「え? 流石に近づけないわよ?」
「フォローする方法は他にもあるからね」
用意していたけど使っていなかった弓に手をかける。
矢をつがえて、グラムスに狙いを定めた黒蟻虫人を射抜いて倒す。
「え? 即死!?」
「魔石を狙ってるからね」
矢では首は落とせないし、致命傷を狙うにはこれしかない。やはり虫だからそれでも多少は動くけど、流石にグラムスに近づく前に倒れてくれる。
「ちょっともったいないけどね」
「いや、いい判断だ。ブレンダ! オレたちも行くぞ! 近づこうとするやつを倒せばいい! それ以外は本人がなんとかするだろ。それより味方の魔法に気をつけろよ!」
「分かったわよ!」
魔法や弓といった遠距離系の攻撃は、幸いなことにワームズの体など高い位置を攻撃してくれている。
グラムスの近くに飛んでくる矢もあったが、そんな矢ならば彼の鎧どころか皮膚ではじき返してしまえるらしい。うーん、なかなかの人外っぷりである。
「「「 はあああ! 」」」
それに加えて、その戦場に五本の光が到達した。その光は……人だ。騎士の一団のようだ。
武器に魔力をまとっており、それが発光しているのだろう。強烈な攻撃をそれぞれがワームズへと叩き込んだ!
勢いのままにそれぞれが攻撃を加え、グラムスも手を休めない。とにかく叩く! 叩く! 叩く!
そのうちグラムスはその手を止めて騎士の一団の一人に声をかけた。
「横やりか?」
「それは失礼! だが戦場では早い者勝ちだろう?」
「……まあ、それもそうか」
手を止めたのは、すでにワームズが死んでいるからだ。
「ブライアン=ウェールズ特級騎士、それとオレの騎士隊だ。君の活躍で味方の被害は最小限に収まったよ。礼を言う」
「グラムス。冒険者の3級だ。フレンドラ伯爵に雇われている」
「そうか! 素材は引き取ってくれて構わない! オレたちは先に進ませてもらおう!」
「分かった、いただこう。クラフ!」
お? ご指名?
「はいはい?」
「解体できるか?」
「……魔石の場所とか素材は大体分かるけど、あんまり美味しくないよ? こいつ」
「……食えないのか」
「食えないことはないけど、手間がかかるんだよね」
ワームズは大きいし目立つけど、そこまで強くないから他の魔物の餌になりやすい。村では発見されても、その前の他の魔物に倒されることがほとんどだった。
村では死肉を漁ったりはしないので、残っていても燃やしておしまいである。
ここまで大きいのではなくもっと小さいものが倒されたことはあったが、ほとんどゴミにされていた。
あのばあちゃんにして「めんどうくさい」と言わしめたなかなかの魔物である。
「隊長、魔石です」
「ありがとう。ほら」
「む、すまんな」
「こいつは片付けが大変そうですね。食えればいいんですが」
「そこの少年曰く、難しいそうだ」
「そうなのかい?」
「臭みが……それと固いです。そんで苦労して食べても美味しくない」
「……なるほど、なるべく手を出さないようにしよう」
「状況が状況だからな。兵站部の連中は鍋にぶち込むだろうさ」
「毒がなければ使うでしょうね」
臭みがなくならないやり方だよそれは。
「他の人に取られる前に歯だけ回収しとこっか。武器の素材にはなるよ、こいつBランクだし」
「分かった、引っこ抜けばいいだけだな?」
「うん。そっちの人らも欲しければ持っていけば? 結構数あるから」
「いや、必要ないさ」
「隊長、一応確認してからにしましょうよ」
僕もその方がいいと思うよ。
「そんな時間はないさ。それより今日の配給には手を出さない方がいいかもな。とにかく、我々は森の奥へ進む! いくぞ!」
「「「 はっ! 」」」
騎士の一団はそう言うと、森へと向かっていった。
「本当に食えないのか?」
「どうしても食いたいなら薄切りにして焼きな? 食える肉は教えてあげるから」
でもオレは食わん。
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