第25話 はらぺこお嬢様
騎士団で管理しているダンジョンは洞窟型のダンジョンだ。とはいえ流石に管理されているダンジョン、定期的に照明が置かれているから明るいし足元も整備されている。
「最初の部屋はこちらになります。罠などはなく弱い魔物しかおりませんので気軽に戦ってください」
渡された地図に合わせて狭くはない通路をまっすぐ進む。指定外の通路には看板が置かれているため道に迷うこともない。
そうして進んだ先に一人の騎士が待っていて説明をしてくれた。
「む、そうか」
「……わかりましたわ」
お嬢様二人の表情が若干陰りを帯びた。気づいたのだろう、このダンジョンは完全に接待ダンジョンであるということに。
「最初はフルーノですか」
「わあ、なつかしいです」
フルーノはみかんやリンゴといった果物に顔が付いた魔物だ。食用である。
オレは荷物をたんまり背負っているのでかがむのも億劫だ。念動魔法で一匹持ち上げて、生活魔法レベルの水魔法で軽く洗い、果物ナイフでフルーノの皮を剥く。
「少し薄味、ですね。上位のフルーノではないようです」
フルーノは魔物だが、どこで生まれたのか分からないタイプのフルーノと、マザーフルーノと呼ばれる巨木の魔物から生み出されるタイプの二種類が存在する。強さに違いはないが、マザーフルーノ産のフルーノの方が美味しいし種類も多い。
どこかに天然のマザーフルーノはいないだろうか。今度イセリナさんに生息地を聞いておこう。村の近くにいるマザーフルーノは村の共有財産だから、勝手に確保するわけにはいかない。
余談だがキャベツやレタス、白菜などの野菜の魔物。ベジターノもいるしマザーベジターノもいたりする。
どちらも捕まえて箱庭の中に入れておきたいね。
「そうなんですか? というかうらやましいです」
「あ、その鉄甲では皮が向けないですね」
カリンカさんは全身鎧姿だ。顔も兜のせいで半分以上隠れているし、手も鉄の手甲をしている。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます、はむ」
オレが倒したのはリンゴタイプだから汁もあんまり飛ばないので、食べやすいだろう。
普通に切って、ナイフで刺して食べさせてあげる。
「ちょ、ずるいですわ!」
「そうだぞ! 私にも剥いてくれ!」
「……少々お待ちください」
そうでした。果物の皮なんて剥けないのが当然の人種が一緒でした。
手持ちの荷物から木のお皿を出して、その上に剥いたフルーノを並べる。すみませんがカリンカさんはお皿を持つ係だ。念動で支えるのは流石に不安定だからね。
「……どうぞ」
「うむ! 美味いな!」
「ほーっほっほっほっほっ! おいひいでふわ!」
フォークもさっそく役に立ちました。
「あの、一応授業なので倒してくださいね?」
騎士の人が見ていますから。
「フラットフラワーは花の魔物で、主な攻撃方法は草の手による叩き攻撃です。素肌で受けると肌が赤くはれ上がったり、時には切り傷のようなものが付くときがあります」
次の部屋に行くとやはり騎士が待機しており、その騎士がこの部屋にいる魔物について教えてくれた。
「罠はありませんが、この部屋は見ての通り草が生い茂っておりフラットフラワーがどこに潜んでいるか分かりにくくなっております。このように周囲の状況に紛れたり擬態する魔物もおりますので十分に気を付けて対応してください」
「はい」
「わかりましたわ」
やはりがっかりそうなお二人。フルーノで喉を潤したら、またしばらく洞窟を歩かされた。そして次についたエリアがこのエリアだ。草のエリアとでも呼べばいいのだろうか、足首まで届くか届かないか、それくらいの高さの草が生い茂っておりそこに膝ほどの高さのフラットフラワーという草の魔物が配置されていた。
うん。大きさも全然違うし頭に赤い花も付いているし、絶対に見間違わないわ。
「はあ」
どこか気の抜けた声を出しながら、レイピアを振り回すうちのお嬢様。もちろん一撃だ。
イヴリン様も若干肩を落としながら、杖を使ってフラットフラワーを殴っている。ちょっと殴り方が怖い。
「倒したフラットフラワーはそのままにしておいていただいて結構です。魔石も小さいですから価値はほとんどありませんし、素材も何かの役に立つようなものではありませんから」
「クズ魔石ですのね」
イヴリン様の言葉に騎士も苦笑いだ。
「そうですね。ですが我々は回収しておりますよ。道中の照明の魔道具の燃料になりますし、他にも色々と使い道があります。騎士団や兵士団なんかは大所帯ですしクズ魔石を使う魔道具が多くありますので、毎回買っていてはお金がいくらあっても足りなくなりますから」
クズ魔石と呼ばれる小さな魔石はそれはそれで需要がある。照明の魔道具が最たる例だ。
下級から中級の魔石になると一般家庭で使うような魔道具ではなく、商会や貴族の家で使われる魔道具、それと冒険者たちが持ち歩くような攻撃用の魔道具なんかに使われる。
上級、最上級の魔石は特に需要が高い。
人の住む村や街に設置されている魔物除けの結界、それを作動させるために使われている。人の通りの多い街道なんかにも設置されている。
他にも国や教会で管理している大きな魔道具や特別な魔道具でも使われるらしいが、とにかく消耗品なので需要が常にある。
どのグレードの魔石でも使い道はあるのだ。
「数を集めるのも大変ですものね」
「外の冒険者と比較すれば楽ではありますよ。ダンジョンはここで待っていれば魔物が沸いてくれますから」
「そうですわね」
9級の冒険者でもあるイヴリン様はクズ魔石集めの大変さを知っているからか、深々の頷いている。
魔物って探すといないパターンがあったりするんですよね。
「コボルトは人と同じように二本の足で歩き、武器で武装する魔物だ。ここではお前たちのレベルに合わせて木の棒しか持たせていないが、爪と牙で戦うものもいる。知性もあるし職業持ちもいるから連携をしてくる場合もあるから甘く見てはいけない!」
「はい!」
「わかりましたわ!」
「よし! じゃあやれ!」
「「 はい? 」」
そういって差し出されるのは武器を取り上げられて両手を縛られたコボルト。
うん、まあコボルトってDランクの魔物ですものね。子供が相手にする魔物ではない。
「その、やれ。とは?」
「倒せという意味だ! それとも人型や獣型の魔物を殺すのは嫌か?」
「特にそういうわけではないが、流石に何の抵抗もしない生き物を殺すのは何か違うような気がするのだが」
うん、お嬢様の言う通り。オレもそれは流石にどうかと思う。
「敵にトドメもさせないような軟弱者は帰れ!」
「それ以前の問題だと言っているのだ! せめて戦わせろ!」
「そんな危ないことさせられるかぁ! さっきまでの植物の魔物とは違うんだぞ! コボルト舐めるなぁ!」
ま、まあ言わんとしていることは分かりますが……極端ですね。
「いいな? 魔物というのは危険な存在なんだ。気軽に考えてはいかん」
「それは、まあ分かるが」
「当然ですわね」
「そうだ! 特にこのコボルトっていう魔物は危険だ! まず人と同じように道具が使える! これがとにかく脅威だ! 武器は剣から弓、中には杖を持って魔法を唱えるものまでいる! こいつらは職業持ちと呼ばれ、職業持ちの魔物がいるということは群れできており、群れには最低でもコボルトリーダーが! 場合によってはコボルトクイーンやコボルトキングが存在するということだ! 統率の取れた魔物というだけでも厄介だぞ! 更に一匹一匹が冒険者でいうところの8級相当! コボルトブレイバーやコボルトパラディンなどの上級職持ちに至っては6級相当の実力がある! それらが群れて現れたら小さな村どころかきちんと防御が固められた街ですら危険である!」
うるさっ!?
「危険度の度合いでいえば職業を持っていないコボルトも十分に危険だ! このゴロウもそうだが武器を扱える! それとあまり知られていないが武器を持っていないコボルトは下手に武器を持っている奴より危険だ! 攻撃方法が牙や爪になるからな! 精錬されていない拾い物の剣やそのへんの棒よりもよっぽど鋭い! 怪我をさせられたら毒や病気の危険性もあるのだ! そう! コボルトは人型でありながらも獣としての本能も持ち合わせたいわばハイブリッド! 人と獣の狭間に生きるまさしく魔物! 更に更にその上位種たる赤い毛並みのブラッドコボルト! こいつらはBランク相当の魔物! Bだぞ! 冒険者では4級が相手にするレベルだ! 見かけたらすぐに逃げろ! 逃げきれなければ確実に殺されるぞ! この次の階で戦うことになるオークより…・・・」
てかこいつ捕獲したコボルトに名前つけてねえ!?
「えい、ですわ」
「ごろおおおおおおおおおおおお!」
唐突にイヴリン様が捕縛されているコボルトを殴り飛ばしたぞ!
「カリンカ、とどめを」
「……かしこまりました」
「な、な、ななななな」
「オークと聞こえましたわ。すぐにそちらに向かいたくなりましたの」
「そ、そうですか……」
「そうだな。そろそろお昼時だし」
あ! オークと聞いてご飯を想定していますよこのお嬢様方!
「より人の形に近い魔物を倒せるか、という部分の確認の場ではあったが」
モクモク煙を出し、鉄板の上で踊るお肉。オーク肉だし解体したてだからステーキにするのではなく薄切りにして香草焼きを選択。
「よもや瞬殺してその場で解体まで始めるチームは初めて見たな」
「いやあ、更に焼き始めるとは思いもしなかったねぇ」
新しい部屋に入ったら鎖につながれて行動が制限されているオークがいた。オークレベルとなると危険度も跳ね上がるからか、管理をしていた騎士も今までと違い二人だ。
そんなオークを見つけるやいなや、うちのお嬢様がそのオークに剣を振るいオークに出血を強要、そこに追撃としてイヴリン様が雷の魔法でトドメをさした。とても素早い対応である。
「恐れ入りますわ」
「「 褒めてはいないぞ 」」
「そうなのか!?」
「むしろ褒められると思っていたのか!?」
思ってないです。
「変わった盾を持っていると思ったが」
「料理用の鉄板ですね」
盾じゃないです。
「妙に荷物が多いと思ったが」
「調理器具と調味料と食器、それと木炭です」
オレ個人の荷物なんて腰に差した短剣と怪我をしたときのための薬草と包帯くらいである。
「「 魔法でクルクル死体を回しながら解体する奴は初めて見た 」」
「お嬢様方が口にするものを地面の上に転がすわけにはいきませんから」
「そんな技能を求められるのか」
「貴族の従者ってのは聞いていたより大変なんだな……」
「さすがにクラッドフィールドくんは普通じゃないですよ」
カリンカさん、フォローになってません。
「クラッドフィールド、まだか?」
「もう少々お待ちください」
「この匂い、たまりませんわぁ」
いくらしっかりと血抜きをしても倒したてだ。どうしても臭みがでてしまうので火もしっかりと通さないといけない。
「ワインを使います」
「「「 おおー 」」」
火が噴きあがると共にあがる歓声。ちょっと気持ちがいい。
アルコールが飛ぶと火も落ち着くので、お肉に香草とオリジナルの塩ダレをかけて軽く混ぜてからドーム上の蓋をかける。
「机の代わりになるものとかってないですかね?」
「「 ダンジョン舐めんな 」」
ですよねー。
一応用意しておいたシートを広げてそこにお嬢様方には座っていただく。
完成品をお皿に盛りつけてフォークも用意。カットしたパンも軽く火であぶって提供だ。
オーク一頭から取れた肉だ。かなりの量である。持ち帰る気もなかったので調理できる分は調理し、その場にいた騎士の方と後ろから追いついてきたチームの方にも振る舞ってそれでも残った分はダンジョンに吸収させる。
そんな恨みがましい目で見ないでください。持ち帰れる量にも限界があるんですから。
オークのところでダンジョン攻略の授業は終了。これってどこがダンジョン攻略だったの? という内容ではあったが、まあ学校の授業ならばこんなものだろう。
「ダンジョンだとは思えない内容だったな」
「まあ生徒に怪我人が出ないように、といったところでしょうね」
「ほーっほっほっほっ! それにしてもつまらない内容でしたわ! また一緒にダンジョンにいきませんか?」
「……そうだな!」
あっちも引率ありきの狩りでしたけど、いいんですかね?
ちなみにこういったレベルの研修を何度か挟んだうえで、ちゃんと戦えるかを確認したら普通にダンジョンアタックが行われるらしい。あまりにもふざけていたり、真面目に騎士たちの言うことを聞かない人間を減らすのが目的だそうだ。オレ達は大丈夫だったか?
ちなみに冒険者登録があり、7級以上になっているとそもそも授業も免除になるとか。ちょっとお嬢様にとってもらいたいとか思ってしまいました。
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