君は私よりかわいい

一日一善

第1話



 共学の公立校に入って1ヶ月が経ち、私は孤立していた。


 既にクラスは複数のグループで固まり、比較的大人しそうな子達も同様に群れて歓談へと身を乗じている。

 中学生の時の思春期真っ只中の、いかにも目立ちたがり屋な男子もおらず、かといって消極的でもなく、高校の勉強を早々諦める子、ファッションに対して大量の熱を注ぐような女子もいる。

 総じて無害な人たちで、なかなか悪くはない環境だとは思う。だが、どうにもその輪の中に入ることが私には難しかった。

 

 まあ、私が興味のあるものといえば最近飼い始めた文鳥との接し方くらいで、接点のよくわからないクラスメイトとの会話に合わせられるような話題も知識もなく、それはそれでいいと思っているのだが。


 思い返せば一ヶ月前の、高校生活という新しく迫り来る青春の日々を思い浮かべながら入学式を迎えたあの頃の私は、もう見る影もないだろう。

 さらに言えば、入学試験はどうせ受かっているからと、合否の結果が書かれた掲示板を見らずに、ただそれに蝟集する人々の観察に勤しんでいたあの頃の私も。


 私は昔の自分に思いを馳せながら、あることに気づいた。


 無駄に余裕たっぷりで悪趣味な自分に。


 そうだ、私は捻くれ者なのだ。自意識過剰ではあるが、その言葉が私には牢として当てはまった。


 小学生時代の私はまだマシだった。だが、中学生にもなると私の周りは、異性を意識し始める野郎どもが一悶着を起こしたり、女子は女子で私に対して「彼氏いないんだぁ」とか言って散々煽ってきたり。発情期ですか、コノヤロー。某漫画の台詞が自ずと口から漏れるほど私はうんざりしていた。

 どうせ私は色気のない醜女ですよ、と認めるのも腹立たしかったので、卒業式で代表挨拶をする際に「素晴らしく賑やかなクラスで中学校生活を過ごすことができ、感慨深い思い出となりました、本当に有難うございました」と皮肉を込めて言ってやった。私が今の性格になったのも彼等彼女等あってのことだろう。


 結局、私は民度の高そうな偏差値の高い高校を受験して、平和で楽しい高校生活を夢見て入学したのだが、3年間も同級生と必要最低限の会話しかしていなかった私は、コミュニケーション能力という分野においてはミジンコと同レベルであった。


 言うに足らず、ぼっちとなった。



 そして現在、時に放課後、いつも通り図書館棟で勉強をしたついでに文鳥の本を借り、バスに乗った頃。


 なるほど、一旦距離を空けて放鳥すればいいのか。確かに、Jの真っ白な羽毛に頬を押し付けていたいがばかりに、私は構ってちゃんになりすぎたようだ。

 ちなみにJとは文鳥の名前だ。私が両親から命名権を勝ち取ってつけた素晴らしい名だ。世界でおそらく私だけのネーミングだろう。

 

 バスの中で早速本を開いて一人意味のないドヤ顔をしている最中、ふと目についたのは2席前に座っている女の子の艶やかな黒髪だった。

 綺麗だな、と思った。


 その時、バスが急停車して、本が私の手から宙へと放たれた。文鳥の本が飛んだ。なかなか言い表せないおかしさを感じ、付随して彼女の頭に本があたるかもしれないという焦燥にかけられて、あ、と私は少し甲高い声を発した。



 彼女との邂逅は本当に稀有で一度も忘れたことがない。きっと忘れることもないだろうけれど。




 ◻︎




 翌日、私は一人の女の子と向き合って、お昼ご飯を一緒に食べていた。


「どうしてあなたはそんなに間抜け……いえ、阿保な顔をしているの?」


「どうしてって言われても、これがデフォルトなんだけど。」


 失礼な人だな、これが本当にデフォルトなんだけど。

 昨日の出会いが幾分突飛なものだったので、クラスメイト同士だったのに交流のなかった彼女と面識を持って今に至る。


「あなたが私に投げつけてきた本、あれ確か鳥の本よね。」


「そうだけど、もしかして興味ある?貸すよ?」


 ついでにJも。あの毛並みの心地よさにぜひ虜になってもらいたい。あと、投げつけてないからね。


「いらないわ。それよりあなたは今日から、阿呆鳥にちなんでアホと名乗ってもらう

 わ。」


 いや、それこそなんでよ。阿呆鳥が可哀想じゃないか。しかも文鳥の本関係無いじゃないか。


「だって私、あなたあんたって呼ぶの疲れるし。」


「2文字に収めたからって、アホはないでしょ」


「呼ばれるだけマシだと思いなさい、アホのぼっち様?」


「様をつければいいってものじゃないと思うよ?しかも追加でディスられている  

 し。」


 そうです、事実無根です。誹謗中傷だ。大変遺憾であります。


「あなたがクラスで孤立しているのはわかってるわ。だからこそ言ったの。」


「悪女だ!」


 悪女だった。ほぼ初対面でこれだけ言えるなんて凄いなこの人。日本三大悪女の三人も吃驚だ。憎らしいけれど彼女は美人なのが厄介なのだ。


「ほら私って学級委員長じゃない?だから一応クラスメイトのことは大体把握……っ 

 て何よ、その今初めて聞きました、みたいな阿保面は。もしかして、1ヶ月も過ご

 してきて私の顔覚えてなかったの?私このポストで結構目立ってたと思うけど。」


「いやまあ、クラスメイトの顔は全部ジャガイモに変換されるので、、、」


「あなたの方がタチ悪いじゃない!」


 失敬な。私は孤立しているが孤独ではない。ただ孤高で、優美に、粛々とジャガイモに紛れて過ごしているのだ。そもそもジャガイモとは、南アメリカのアンデスから始まり、16世紀にはスペインが、


「はいっ、もうくだらない話はここまでっ。もうそろそろ昼休憩も終わりそうだから

 本題に入るわよ。」


「え、私のこともっとイジらなくていいの委員長?」


「被虐体質は流石に、引くわよ。で、その、本題は、その」


「何だい?」


「わた、、私と、」


 その時彼女が私に何を言わんとしているのかは、私には深く察することができたはずだった。なぜならそれは、長らく私と彼女が求めていたものであるはずだから。そして彼女とのくだらない会話が幾分心地よかったから。

 それゆえに、次の私の台詞はもう決まっていた。


「いいよ、友達になろっか。」


 友達、欲しかったからね。委員長もそうなんじゃない?



 キーンコーンカーンコーン


 昼休憩の終わりを知らせるチャイムの音が私たちを包み込むように、新鮮に。

 やがてくる未来を祝福するような感覚を私たちにもたらしてくれた。


 そして、私の髪を結っていた月の形をした髪飾りが煌めいた。


 見上げると、彼女の顔は嬉しそうで、どこか切なさを感じさせる表情をしていた。

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