平穏に生きるためなら悪女でも利用します

@you-tamenaka

第1話:このままでは国家滅亡は免れません

 ヴァンドア王国国立エウ学園。

 各地から有力貴族の子息令嬢が集まって研鑽する場所でもある。

 あくまで表向きは、だが。

 貴族同士のいざこざは当たり前のようにあり、高位貴族に取り入ろうとする下位貴族や、気に入らない下位貴族をこき下ろす高位貴族など当たり前のように存在する。

 もちろん、ある程度はわきまえているからそれが表沙汰になることはないが。


「どうして、お父様はわたしをここに通わせようなんて思ったのかしら。子爵程度の家柄のわたしに関わろうなんて物好きがいるはずもないのに」


 入学して早一か月、フィナシェはこの学園に来たことを後悔していた。自分の意思で通っているのではなく、父親の強い勧めで通うことになったのだからなおさらだった。

 ランカート子爵家は、傍から見るとさして裕福なわけでもない。身分も低いから他の貴族とのコネを作るのも難しいだろう。

 社交界にはさして興味を示さない父親が、どうしてエウ学園に通わせることにしたのか。


「結婚相手を見つけろ、ってことなのかしらね」


 真っ先に思い当たるのはそれだったが、そもそも相手にされないのだから話にもならない。確かに家を継ぐのは弟になるから、フィナシェはどこかに嫁ぐ必要はある。

 だが、この学園の貴族が相手となると乗り気がしないのも事実だった。


「フィナシェ」


 声をかけられて、フィナシェはそちらに目をやった。


「今日も可愛いわねぇ」


 声をかけてきた少女は、フィナシェの頭をそっと撫でる。


「サニア、あなたも物好きね。わたしと関わっても得はないでしょうに」

「だって、あなたとても可愛いもの。それだけで十分よ」


 サニアはフィナシェの頭から手を離すと、満面の笑みを浮かべていた。

 どういうわけか、サニアはやたらとフィナシェのことを気にいっていた。何でも『小柄で可愛らしくて妹みたい』ということらしい。


「まあ、いいけど」


 他の貴族と違って裏表のないサニアは、フィナシェからしても心を許せる友人だった。サニアは伯爵家令嬢なので、本来ならフィナシェが敬意を払う必要があるのだが、サニア自身がそれを拒否していた。


「そう言えば、聞いたかしら。皇太子殿下の話」

「皇太子殿下? また何か……いいえ、聞いていないわ」


 フィナシェはまた何かやらかしたのか、と言いかけてどうにか取り繕う。

 コンテル皇太子とその婚約者が学園に通っているのは周知の事実だった。婚約者と一緒、というのは変な女が寄り付かないようにするためだろうか。

 フィナシェも二人の姿を見かけたことはあるが、そこまで仲睦まじいという印象はなかった。政略結婚なのだから、当然なのかもしれないが。

 

「何でも、婚約者のエリシア様以外の女性と懇意にしているとかいないとか」

「はぁ?」


 それを聞いて、フィナシェは思わず声を上げていた。


「まあ、驚くわよね。皇太子殿下がそんなことしてるって聞けば」


 そんなフィナシェを見て、サニアはさも当然というように言う。

 だが、フィナシェが声を上げてしまった理由は他にあった。

 フィナシェが見た限りでお世辞にもコンテル皇太子は、国王として相応しい人間には思えなかった。逆にエリシアの方は王妃として問題ない立ち振る舞いをしており、コンテルが国王になってもエリシアが支えていくのなら何とかなるだろう、と。

 もしコンテルとエリシアが婚約解消となれば、この国がガタガタになってしまいかねない。


 夜逃げの準備でもしておいた方がいいかしら。


 ふと、そんな考えがフィナシェの頭をよぎった。


「あら、噂をすれば、ね」


 サニアの視線を追うと、コンテルと見知らぬ少女が並んでいた。

 大人びた印象もあったエリシアと違って、緩めにふわふわしている髪に、少し大きめの瞳。

 そして、男なら構いたくなるような愛くるしい容姿をしていた。


 エリシア様と真逆のタイプ、ってところね。もしかしたら、エリシア様に小言を言われるのが嫌になったのかしら。


 フィナシェはその少女を遠目から見て、そんなことを思っていた。時折エリシアがコンテルに何か苦言を呈しているのを見かけたが、エリシアの方が正しいことを言っているように感じていた。

 だが、コンテルも皇太子という自負があるだろうから、苦言を言われ続けるのが嫌になったとしてもおかしくない。


「あらあら、どうしたのかしら」


 フィナシェが遠目から見ていたことに気付いたのか、少女はそんなことを口にしながら近付いてくる。


「いえ、とてもお美しい方だと思いまして。不快に思われたのでしたら、どうかお許し下さい」


 相手のことを良く知らないこともあって、問題にならないようにフィナシェは頭を下げた。


「それはどうも。でも、本当は皇太子殿下と一緒にいたから気になったのではなくて?」

「皇太子殿下?」


 少女にそう言われて、フィナシェはとぼけるように答えた。


「どうしたんだ、ユリーティア」


 二人が何を話しているのか気になったのか、コンテルまでこちらに近付いてきた。


「皇太子殿下」


 それを見て、フィナシェとサニアはすっと一礼する。


「あ、殿下。この方々ったら、わたくしと殿下が一緒にいることに驚かれたようですよ」


 ユリーティアは少し甘ったるい声を出すと、コンテルに腕を絡ませた。


「そうか」


 コンテルはそれを振りほどくこともなく、二人を一瞥する。


「その方は……いえ、わたしがこのようなことを言うのは無礼でした。お許しを」


 フィナシェは思わずどういう関係だ、と聞きそうになっていた。だが、子爵家の人間が皇太子に口出しすると後々面倒なことになりかねない。

 そう考えたこともあって、自分は一切関与しないというスタンスを取った。


「いいじゃないですか、殿下。もう本当のことをおっしゃても問題ないかと」

「それもそうだな。本当にお前は可愛い奴だ」


 甘い声で囁くように言うユリーティアに、コンテルも満更でもないというようだった。


「大体、あいつは一々細かくていかんよ。いずれ国王になるのなら、そのようなことでは困るだの。許婚だからと言って、大きい顔をされるのはな」


 そして、うんざりしたというように言う。


「わたくしなら、そのようなことはありませんわ。それこそ、殿下を献身的に支えて差し上げますもの」


 ユリーティアがそう言った時、フィナシェの背筋に悪寒が走った。


「本当に、お前は俺の欲しい言葉をくれるな」

「はい、殿下のために尽くすことがわたくしの喜びですので」


 二人は笑いながらそんな会話を続けていたが、フィナシェは気分が悪くなって、思わず口元を手で押さえてしまう。


「フィナシェ?」


 サニアがフィナシェの肩を支えるように掴んだ。


「ん? どうした」

「申し訳ありません、皇太子殿下。急に気分が悪くなってしまいまして」


 フィナシェはユリーティアの方を見ないようにして言う。


「皇太子殿下、申し訳ありませんがあたし達はこれで失礼致しますね」

「仕方ないな。ここで倒れられても困る」

「ご考慮、感謝します」


 サニアに支えられるようにして、フィナシェはその場からどうにか逃れることができた。


「落ち着いた?」

「ええ、ありがとう」


 どうにか座れる場所までたどり着いて、フィナシェは力なく座り込んだ。


「あなた、顔色が悪いわよ」

「大丈夫、とは言い切れないわね」


 心配するサニアに空元気で応じる余裕すらなかった。


「もしかしたら、風邪にでもかかったのかもしれないわ。だから、わたしと一緒にいるとあなたにうつってしまうかも」

「あなたにうつされるなら、あたしは問題ないわよ」

「サニア」


 軽口を叩くサニアを、フィナシェは強い口調で窘める。


「冗談だってば、そんなに怒らないでよ。でも、それだけあたしのことを心配してくれているってことかな」

「そう、ね。だから、今日は、もう、ね」

「わかった。あたしはもう行くわ。でも、無理はしないように、いいわね」


 サニアに言われて、フィナシェはゆっくりと頷いた。

 

 あの女、何一つ本心からの言葉じゃなかった。


 サニアの背中を見送りながら、フィナシェはユリーティアの言葉を反芻していた。


「献身的に支える」「殿下に尽くす」


 言葉だけを捕らえればいかにもなことを言っている。だが、それが全くの本心でないとなれば話は別だ。

 しかもユリーティアは、本心ではない言葉をさも本心であるかのように言ってのけていた。あれを嘘だと看過出来る人間はまずいないだろう。

 だから、フィナシェはユリーティアに対して恐怖を感じていた。まるで、人の皮を被った化物と対峙しているような気分だった。

 あの様子だと、コンテルはエリシアとの婚約を破棄して、ユリーティアに乗り換える可能性は否定できない。

 そして、ユリーティアがフィナシェの思うような人間だったとしたら。


 遠くない未来に、この国は滅亡する。


「夜逃げの準備を、本気でするべきかしら」


 所詮子爵家の令嬢に過ぎない自分に、できることなど限られている。どれだけ頑張っても国の滅亡が避けられないのなら、さっさと逃げだした方が良い。

 幸か不幸か、この学園には他国からの留学生も通っている。

 その留学生と交流できれば、夜逃げ先も確保できるだろう。


「エリシア様に、頑張ってもらうしかないのかしらね」


 フィナシェは椅子の背もたれに体を預けると、力なく呟いていた。

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