十二宮シェアハウス

宵宮祀花

短篇蒐◆各話完結

心做し


 たとえば外出中、ふと足を止めたら目の前に人が降ってきたなんてとき。

 周りで悲鳴を上げる女の人たちみたいな反応が出来ないと、駆けつけてきた警官に疑われたり、目撃者に白い目で見られたりする。

 何故人が落ちたくらいで泣いて叫ぶのかが理解出来ない。どうしたって人は最後に死ぬように出来ているし、その選択を自分でしたことが哀しいと思うのは、その人の身近な人くらいのものじゃない?

 赤の他人がどうして其処まで胸を痛めるのかがわからなくて、陽和に聞いたことがある。陽和はいつも見せる笑顔を浮かべて、ぼくの頭を撫でた。


「どうしてもわからないことなら、わからなくていいんじゃないの? 大事なのは、自分が理解出来ないからって相手の感情を否定しないことだよ」


 そうして陽和はぼくの心を肯定して、思考を批判した。

 ぼくはずっと、理解出来ない感情の動きを、無意味で無駄なことだと思ってきた。それを陽和は、ぼくの話から見抜いたんだ。ぼくが直接「そんなことして何の意味があるの」なんて言うまでもなく、口調と声音から。


「それにしても碧乃ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいね。なんかあった?」

「ん……」


 ぼくは少し迷ってから、出先の駅前であったことを話した。

 ロータリーのすぐ外にある家電量販店は、全十階建てで九階と十階が立体駐車場になっている。ぼくはその日予約していたゲームを受け取りに行って、正面出入口じゃなく駅西口前の出入口から出た。正確には、出ようとした。

 いつもはもっと早くに来る虫の知らせがこのときは寸前で。思わず足を止めた。

 そしたら上からスーツ姿の男の人が降ってきて、目の前で亡くなった。直接触れて確かめたわけじゃないけど、たぶん即死だったと思う。手足どころか首まで折れて、辺りに血が飛び散ってて、色んな人の悲鳴とか叫ぶ声が飛び交ってて。

 そのうち、遠くから緊急車両のサイレンが近付いてきた。


「警察が来たら、周りで見てた人がぼくを指して言ったんだ。あの子が足を止めたら人が降ってきた、って」

「あれ、感知がちょっと遅かった感じ?」

「電気街はいつもそうだよ。騒々しくてアンテナ感度下がるんだ」

「なるほどねえ」


 それで。何処まで話したっけ。

 えっと、そうだった。ぼくを疑うようなことを言った人がいて。警察は寧ろ、錯乱してる人のほうを抑えに行ってた。ひとり大声で泣いて叫んで暴れてたから、早めに現場から遠ざけたかったんだと思う。そのついでみたいにぼくを呼んで、パトカーの中で話を聞かれた。

 出口の寸前で突然足を止めた理由を聞かれたから、買い忘れたものがあったような気がしただけって言った。そしたら若いお巡りさんが「そういうことあるよね」とか言ってたっけ。

 念のためとか言って鞄の中身とか見られたけど、本当に形だけの捜査だった。別に本気でぼくを疑ってたんじゃなくて。寧ろ知らない人にいきなり知らない人の自殺をなんかどうにかしたみたいに騒がれたぼくを、薄く同情してたまであった気がする。


「取調室まで連れて行かれるかと思ったけど、さすがに其処まで馬鹿じゃなかった」

「そりゃ、ねえ」


 頬杖をついて、陽和は笑う。赤い目が細められる。


「そんで、最期に目が合ったから憑いて来ちゃったんだ?」


 陽和の目は、ぼくの背後を見ている。

 ぼくに絡みつくような格好で負ぶさっている、首と四肢が折れ砕けた男の人を。


「そうだよ。やんなっちゃう」


 盛大に溜息を吐くぼくの頭に、陽和の手が乗せられる。

 砂羽姉は丁度出かけてるし、どうにか出来そうな人って他にいたかな。


「取り敢えず誰かどかせる人が来るまで、陽和が喋っててよ」

「えっ、おれぇ? まさかの対面ラジオパーソナリティ?」

「その無駄に眩しい陽の気で祓えるなら祓っちゃって」

「さすがに無理ー」


 へらりと笑って言い切られ、ぼくはまた溜息を追加した。

 別にいまのところ体調に影響を及ぼすような害はないからいいんだけど、それでも普通に鬱陶しいし邪魔。なんかずっとブツブツ言っててウザいし。ぼくはそんな霊感強くないし祓えるわけでもないから、本当に邪魔なだけ。


「おはよう、帰っていたのね」


 どうしようかな、って思ってたら、いままで寝てたらしい水那姉が、ランジェリー姿で降りてきた。

 そして、ぼくと陽和を二度見したかと思うと、


「すぐにお引き取り頂くわね」


 見たことないくらい厳しい顔になって、一瞬で背後の男の首を狩り取った。いや、正確には喉輪っていうのかな。そんな感じで、片手で首を掴んで地面に叩きつけた。ぼくもだけど陽和も、なにより男の霊本人(?)もなにが起きたかわからなかった。


「消えなさい」


 そう冷たく言うと、水那姉は男の首を握り潰し……えっ、握り潰した?


「水那姉……」

「嫌だわ、朝から汚いもの触っちゃった。手洗ってくるわねぇ」


 朝っていうかもうお昼過ぎだし、お化けに物理で対抗したし、水那姉っていつもは寝起きから暫くのあいだぽやっとしてたのにタイムラグなしで覚醒したし、間合いの詰め方が少年漫画だったしで、なにが何だか。

 手洗いから戻って来た水那姉は、いつものおっとり系セクシーなお姉さんに戻っていた。さっき作画がバトル系少年漫画になった気がしたけど、気のせいだったかも。


「……それで、お姉さんの可愛い子猫ちゃんはいったいどこであの穢らわしい汚物を引っかけられたのかしら?」

「え、と……」


 ぼくは陽和に話した内容をかいつまんで水那姉にも話した。といっても、電気街で飛び降りに遭遇したってだけだけど。


「碧乃ちゃんは、さっきの男の声は聞こえていたかしら?」

「へ? いや……なんかブツブツ言ってたのはわかったけど、内容までは……ぼく、其処まで霊感ないし」


 ぼくがそう言うと、水那姉はホッとした顔になってぼくを撫で回した。

 背後からシースルーの下着姿で抱きつかれているせいで、色々とほんのり温かい。


「それならいいのよ」


 ぎゅっと抱きしめて頬ずりしてくる水那姉。

 その姿はさっきの男と同じだけど、アイツみたいな不快感なんか微塵もない。寧ろ張り付いてた気持ち悪いのが、きれいな水で洗い流されていくような感じさえする。


「今日はおっぱい重いって言わないのねぇ」

「いまはいいよ。助けてもらったから」

「んふふ。それじゃあもう暫くこうしていようかしら」

「いいけど……聡一郎が帰ってくるまでにはせめて上着だけでも着てよ?」


 水那姉は「わかってるわ」と言ってぼくを子猫みたいに撫で回している。


 ぼくからは見えなかったけど、どうやら水那姉は陽和に目配せをしていたようで。

 着替えのついでに、陽和にさっきの男について話していたらしい。気になったけどわざわざぼくを外したってことは、ぼくには聞かれたくないんだろうし、盗み聞きはしないでおいた。


 * * *



「――――で、さっきのなんだったわけ?」

「身の程を弁えずにコンカフェで散々嬢に貢いで破産して、用済み縁切りされた男の末路って感じね。飛び降りるつもりはなかったけど足を踏み外したらしいの。そこはご愁傷様だけど、抑も女の子を呼び出して付き合わなきゃ飛び降りるなんて脅迫する男なんかろくなものじゃないわ」

「あー……うん、あの……おれもなんかわかっちゃったかも」

「まあ、だいたいお察しの通りよ」


 男はずっと、碧乃に囁いていた。

 一方的に想いを寄せていた何処かのコンカフェ嬢への、粘つく想いと恨みを。

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