十二宮シェアハウス

宵宮祀花

短篇蒐◆各話完結

瓶原水那子と四人の恋人たち

 瓶原水那子には、同性の恋人が四人いる。

 この国は未だ同性婚が認められてはいないし、一夫多妻制が導入されているということもない。地区ごとに同性婚を受け入れているところもあるが、当然婚約者の欄は一人分であり、四人と同時に結婚出来る手段はない。

 それでも水那子は四人の女性を同時に、平等に愛している。そして、四人の恋人もまた、水那子を共に愛している。更に四人の女性たちも互いに友人として、同じ人を愛する同志として、良き関係を保っている。

 今日は、五人で架空の欧州風観光都市をモチーフにしたテーマパークに来ており、水那子たちはキャラクターの耳を模したカチューシャをお揃いでつけて、パーク内を散策していた。


「に、似合いますか……?」


 何処か不慣れな様子で頭上に手を添え、頬を染めながら訊ねるのは、一宮幸子いちみやさちこ

 赤い着物を着た長い黒髪の和風美人で、頬に散った雀斑が特徴的だ。彼女は普段も着物姿で行動しており、洋服よりも着物の数のほうが多いという。テーマパークでも東京散策でもショッピングモールでの買い物でも、いつも何処でも着物を着ている。そしてたとえ和服に草履であっても、洋装にスニーカーという本気の出で立ちである他のメンバーに決して後れを取らない健脚の持ち主だ。

 それは彼女の華道家という職業によるところでもあり、生家の習慣でもあった。


「似合ってる似合ってる。超可愛いよ」


 言いながら幸子と肩を組みインカメラで自撮りをするのは、二堂秋穂にどうあきほ

 百七十五センチという長身と、元自衛隊員ゆえの体格の良さが目立つ女性だ。

 訓練中の事故で目を負傷しており、常にUVカットグラスを身につけている。淡いカフェモカブラウンに染めたショートヘアにアースカラーのカットソーとパーカーを合わせていて、下半身は七分丈のパンツとスニーカーという歩くための格好である。現役時代はつけられなかったからと退職してすぐに空けたピアスホールには、今日のために選んだテーマパークのマスコットを模したジュエリーが揺れている。


「ねえ、これめっちゃ美味しいんだけど!」


 いつの間にか軽食ワゴンで購入した中華まんを手にしているのは、三ツ家麗みつやうらら

 エッダおばさんの角煮まんと名付けられたそれは、どちらかというと中華街辺りで売っていそうな見た目をしている。

 生まれつきの弱視ゆえに、いつも大きな眼鏡をつけているのだが、今日は絶叫系のアトラクションに乗る予定があるため普段は使わないグラスチェーンをつけている。ハニーブラウンのセミロングヘアとオリーブのミリタリ風ジャケット、レトロな柄のショートキャミの下に黒のカットソーを合わせた格好で、下はカーゴパンツ。そして美脚効果と歩きやすさを考えたハイカット厚底スニーカーを履いている。

 グルメ系インフルエンサーとしてSNSアカウントを運営している麗は、この日も全力で食を楽しむつもりでいるため、ウエストゴムのパンツを穿いてきた。


「麗ちゃんのお眼鏡にかなったなら、わたしも買おうかしら~」


 麗の隣を歩きながらおっとり言うのは、四方城鼎よもしろかなえ

 彼女は絵本のような世界観の絵を描くイラストレーターとして活躍している。

 毛量の多い天然パーマの髪は、放っておくと立派な縦ロールが出来てしまうため、毎朝一時間近くかけてセットしているという。思春期の頃に髪質を揶揄されたことがあるため、水那子たちと出会うまで自身の髪が大嫌いだった。

 今日は縁にレースがついたスタンドカラーのフェイクレイヤードブラウスに、光に透かすと花柄が浮かび上がるスモーキーグリーンのロングスカートをあわせている。靴は一番履き慣れているパンプスで、クッション性のあるインソールを入れてきた。


「買うのはいいけど、あともう二時間でお昼なのよ?」


 角煮まんの香りに誘われつつある鼎を、水那子がやんわり制する。

 鼎が「そっかぁ」と言いつつも後ろ髪を引かれている様子を見て、麗がまだ囓っていないほうを千切って差し出した。目の前に突き出された美味しそうな香りに、鼎の目がきょとりと瞬く。


「一口あげる。あたしはまた買えばいいし」

「いいの? ありがと~」


 麗にお礼を言うと、鼎は差し出された角煮まんを頬張った。所謂「あーん」の形になったのを、麗は慣れた様子で見守っている。


「どうよ?」

「おいひ~れふ。ありがとぉ」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう」


 手のひらで口元を隠しながら満面の笑みで答える鼎に、麗が得意げに胸を張った。二人がそうしているあいだも、一行は目的のアトラクション目指してゆったりと歩を進めている。

 平日ということもあって然程混雑はしておらず、人気アトラクションも長時間並ぶことなくスムーズに乗れていた。

 いまから乗ろうとしているゴールドラッシュという名のトロッコ型コースターも、かれこれ四度目の乗車だ。お気に入りのおもちゃで遊び倒す子供のように何度も乗車しているが、案内のスタッフは毎回初めてのように笑顔で見送ってくれる。

 トロッコは一列二人の、三列で一車両となっている。五人ですと言えば写真撮影の写り込みを気遣って、他人を同じ車両に乗せないよう配慮してくれる。そんな配慮をありがたく受け取って、出口の写真販売カウンターで乗る度に一枚ずつ買っていく。当然買うのは自分と水那子のツーショットだ。落下の瞬間を取られるためお世辞にも写真写りがいいとはいえないが、これもまた思い出と此処へ来る度に買ってきた。

 写真アルバム用のアルバムが各自の部屋にあり、いまではそれなりの厚さになってきているのだそう。


「今日はこれで最後ね~」

「そろそろお昼だし、レストラン向かわない?」

「そうだね。そうしよっか」


 同じ方向へ向かう人の流れに乗って、レストランを目指す。

 このテーマパークは、ドイツエリア、フランスエリア、イタリアエリア、イギリスエリアの四つのエリアに分かれており、当然アトラクションにもレストランにも街の作りにもエリアごとの特色が現れている。

 現在地はイギリス風エリア。帆船を模した、セブンシーズという名の前後に大きく揺れる巨大なゴンドラや、魔女の家を模したゴーストハウスなどがある。

 向かっているレストランにもファンタジー風のコンセプトが随所に施されており、最早イギリスというよりは西洋風ファンタジー系RPGの世界となっている。料理のメニューにドラゴンステーキやスライムゼリーなどがあり、いつぞやイギリス出身のインフルエンサーが「確かにイギリスにはこういう料理があるよ。日本にドラゴンはいないから、イギリスの食べ物が不味いって言われるのはその辺が理由かもね!」と言ってバズっていたことがあった。

 レストランの外観もファンタジー映画に出てくる建物のようで、内装も勿論薄暗い照明と木製の家具が何ともそれらしい雰囲気を醸し出している。

 

「麗、幸子と席取っててくれる?」

「おっけーい。行こ、幸子」

「畏まりました。先に行ってお待ちしておりますね」


 二人に手を振り、水那子たちは注文カウンターの列に並んだ。

 待ち時間のうちに、待機組二人は公式サイトのレストランメニューを見て注文品を水那子に送信した。二人は季節限定メニューのハロウィンプレートを選んだようだ。パンプキンパイシチューにパンプキンプリンがついたカボチャ一色のワンプレートは少々お値段が張るものの、プリンのカップを持ち帰ることが出来る。

 秋穂はドラゴンステーキにヴァンパイアブラッドワインを、鼎は待機組二人と同じ季節限定のプレートを、水那子は魔女のミートパイに黒猫の白ワインを選んだ。

 注文カウンターで料理を注文して支払いを済ませ、奥にあるキッチンカウンターで料理を受け取ると、二人が待つ二階に上がった。だが、遠目に二人を見つけたとき、三人は異変に気付いた。

 二人には六人用の席を取っておいてもらっていたのだが、その空いているところに見知らぬ男が陣取っているのだ。しかも離れたところにまで聞こえてくるような声でナンパをしており、周りに牽制しつつ断れない空気を繕うとしているのが目に見えて鬱陶しい。付近の席にいる人たちも明らかに迷惑そうで、いつ苛立ちの矛先がナンパされている側に向くか知れたものではなかった。

 即座に周囲を見回して空いている六人用の席を確保するとまず料理をそこに置き、水那子は二人にメッセージを送った。もしスマホを見られなかったら、自分が迎えに行くつもりで。その間に鼎は階下へと降り、スタッフに迷惑行為をしている人がいる旨を伝えた。

 先に麗がメッセージに気付いて幸子を呼んだ。が、立ち上がろうとした麗の手首を男が掴んだ。それを麗が反射的に振り払うと、それまでヘラヘラ笑っていた男が突然態度を急変させる。


「ッざけんじゃねーぞ!」

「優しくしてりゃいい気になりやがって! 調子乗んなやブス!」


 場も弁えられない男が、フロア中に響き渡る声で怒鳴る。どうやら既に酒が入っているようで、一度切れた理性は容易く暴走し、歯止めが利かなくなっていた。


「あそこです、あの人!」


 其処へ男性スタッフを連れた鼎と、どうやら同じく通報してくれていたらしい別の女性と警備スタッフが駆けつけた。

 顔を真っ赤にして喚いている男とその連れの男を拘束した警備スタッフが、周囲に「お騒がせ致しました」と頭を下げながら退場していった。引きずられながら「俺はマイチューナーの※※だぞ! 晒されてもいいのか!」「お前ら全員一生後悔させてやるからな!」と叫んでいたため、周りで迷惑そうにしていた客が男の叫んだ名前で検索していた。


「ガチでちゅなじゃん。しかも底辺ゲーム配信者」


 出てきた画面を友人に見せながら、ダルそうに吐き捨てる。

 件の人物は動画配信サイトMyTunerでゲーム実況を生配信している男性で、二年間配信をしていながらチャンネル登録者数十三人のアカウントだった。しかも、配信中の雑談は自慢かマウントで、女性と思しきコメントが流れると即座にナンパを始めるため、SNSでも出会い厨として警戒されているようだった。


「ザコかよウケる。あ、でもそれガチ本人? 勝手に名乗ってるとかじゃなく?」

「ガチ本人。顔出ししてた。てか、嘘つくならもっと有名な奴名乗るっしょ。こんなカスザコ底辺名乗ったところでメリットなくね?」

「確かにー。でもまあ、今日から有名になれんじゃね?」

「炎上で一瞬だけな」


 客たちの言うとおり、今日の出来事が早速動画付きで出回っており、彼が警備室で拘束されている小一時間のうちに大炎上。彼のSNSアカウントだけでなく動画配信チャンネルまでもが荒らされる騒ぎとなっていた。

 そんなことなど露知らず、疲れた顔で三人に合流した二人は、秋穂と鼎に譲られてそれぞれ水那子の隣に着いた。


「災難だったわね」

「まさかパークでデート相手を現地調達する男がいるとか思わないじゃん」

「お疲れ。ごはん冷めちゃうから食べよ」

「だねー。もーお腹ペコペコだわ」


 頂きますと手を合わせて、それぞれ料理に手をつける。

 限定品のパンプキンパイシチューはほのかに甘く、具材も大きめに切られていて、ほっくりとした食感のカボチャがゴロゴロ入っていた。

 ドラゴンステーキはスパイスをたっぷりきかせた厚切り肉で、オニオンソースとの相性も抜群だった。赤ワインもステーキのために作られたかのようにお互いの風味を引き立てあっており、見た目以上にペロリといけそうである。

 ミートパイはトマトソースで味付けされており、トマトの甘みと酸味のバランスの向こうに挽肉のスパイスが香る、絶妙な味だった。此方も白ワインとの相性が良く、肉汁たっぷりのパイを食べたとは思えないほど爽やかな後味だ。


「美味しー」

「此処とイタリアエリアは何度もリピしちゃうよね」

「あっちのジェラートもヤバいもんねぇ」

「麗はこのあとフランスエリアのスイーツ食べるんでしょ?」

「勿論。今日は其処の限定品を記事にしたいんだよね」

「じゃあ食べ終わったら向かおっか」


 程良く高揚感を煽るBGMに背を押されながら、五人はレストランを出てフランスエリアを目指す。移動中も園内マップを見たりフォトスポットで記念撮影をしたり、パークのマスコットを囲んでスタッフに写真を撮ってもらったりと、全力で雰囲気を楽しんだ。

 そんな四人を、水那子はこの上なく幸福な気持ちで眺めていて。


「水那子も入ろ? ショコラ・ショあるよ」

「ふふ。そうね、頂こうかしら」


 昼食を終えたその足で別の飲食店に入るのも、たまにはいいかと思いながら四人のあとに続く。ホットチョコレートにホイップを添えたチョコレートドリンクは意外と食後の胃にも優しかった。


「食べたばっかだからゆったりめの乗りたいよねー」

「ゴンドラはどうかしら~?」

「え、海賊船めっちゃ揺れない?」

「そっちじゃないと思うよ。イタリアのほう」

「ああ、そっちか! びっくりした」


 マップを覗き込みながら話す四人を和やかな気持ちで眺める。この時間が水那子はなにより好きで、大切だった。


「今日はナイトパレードまでいるんだから、焦らなくてもいいのよ」


 次に揃うのはいつになるやら。

 だけどいまは、この時間を噛みしめていたいから。

 水那子は愛おしい気持ちを隠すことなく表情に、声音に溢れさせながら微笑んだ。


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