間章 悪役令息は悪戦苦闘する

8. 永遠の中学二年生だから仕方ないよね

 この世界に転生してから数か月が経った。

 最推しキャラであるプリメリアが義理の妹になるまで三年弱。悪役キャラから理想の兄キャラへジョブチェンジするために日々努力を続けている。


 フュージョンを失敗したような肥満体型もだいぶマシにはなった。両親が俺を重病だと勘違いするくらいに。会うたびに痩せているから、心配になったのだろう。

 でも、せっかく順調に痩せてきているのに、大量のお菓子を食べさせようとするのはやめて欲しい。


 だが、ここにきて大きな問題が発生していた。いや、薄々は気付いていたのだ。ただ必死に目を逸らそうとしていただけ。

 本当はわかってた、わかってたはずなのに……。


クラウトのステータスが低すぎるっ!!」


 そう、中ボスのくせに最弱。ゴブリンと張れる程度の強さしかないクラウトは圧倒的に戦闘のセンスが不足しているのだ……!


「経験を積めばもう少し動きが良くなるとは思いますが……」


 元奴隷の美人戦闘メイドにして、現在は俺の剣の師匠でもあるヘリオトロープが気を遣ってそう言ってくれる。ただ、濁した語尾と苦笑いを浮かべた顔が正直すぎる。

 普段は俺に厳しい彼女だからこそ、その優しさがみる。傷口に。


「いや、自分でもわかっている。俺には剣のセンスが全くない」


 そもそもクラウトは生まれてから一度も剣など振ってこなかったし、俺だって前世は平和な日本で生まれ育った元オタクでしかない。

 雑魚と雑魚が身魂合体しんこんがったいしたところで「ざぁこ、ざぁこ」と言われておしまいである。わからせるぞ、ゴルァ!


「剣以外……槍や弓などもお試しになりますか?」

「……いや、可能性がないとは言わないけどそんなに変わらないと思う」


 このゲーム世界、『剣と魔法と花冠はなかんむり』でのクラウトのステータスは知っているからな。剣でも槍でも棍棒でも大差はない。

 主人公ならともかく、中ボスに潜在能力など存在しないし、プレイヤーの需要もないのである。


 ただでさえ一つのことを覚えるために人の何倍も時間がかかる身だ。それなのに、今さら武器を変えたところでほぼ同じ絵面にしかならないだろう。

 リアルにCG差分などない以上、無駄な時間だ。

 …………ん、一つのことを覚える?


「そうだ、これなら可能性があるかも!」

「何か良い思い付きでも?」

妙案みょうあんというか、打開策は思い付いたかもしれない」


 問題は『アレ』がこの世界にあるかどうか……いや、ここがゲームの世界なら必ずあるはず!

 とりあえずセバスチャンに頼んで探してもらおう。


          ◇

 

 次の日。


「坊ちゃま、ご希望の品がこちらになります」


 目の前に長辺がいちメートルくらいの細長い木箱が置かれている。

 仕事のできる執事セバスチャンが、早速俺が頼んだブツを見つけてくれたらしい。

 さすがセバスチャン、さすセバである。でも、そろそろ「坊ちゃま」はやめて欲しい。


「ありがとうセバスチャン。昨日の今日で探してきてくれるとは思わなかったよ。ついでに坊ちゃま呼びをやめてくれると嬉しいんだけど」

「ご確認ください」


 スルーしやがった! その「坊ちゃま」に対する謎のこだわりは何なのか。


「それが昨日ご主人様の仰っていた打開策なのですか?」


 よほど気になったのだろう、ヘリオトロープが珍しく興味津々といった様子で聞いてくる。おのれセバスチャン、俺は絶対諦めないからな!

 まぁ俺も早く『アレ』を見たいし、確認するとしよう。


「あぁ、上手くいけば俺の戦闘スタイルを確立できるかもしれない。この――」


 木箱を開ける。そこに入っていたのは、つかからさやに至るまで漆黒にこしらえられた一振りの剣。

 全体にわずかな反りがあり、一般的な剣に比べてかなり細い。


 つまり、これは――――、


「――『刀』ならば!」


 そう異世界モノのお約束、刀である。日本人のみならず外国人、さらには異世界人までとりこにする最強の武器にして芸術品!

 絶対あると思ったんだよな~。『剣と魔法と花冠』でも普通に武器屋で売ってたし。

「中世ファンタジー世界に何で刀が売ってるの?」なんてツッコミは、ぜーんぶゴミ箱にすてちゃえ。


 はやる気持ちを押さえながら、ゆっくりと鞘から刀身を抜く。漆黒の鞘とは対照的な美しい銀色の刀身には、俺のニヤケ顔が映り込んでいる。おっと顔を引き締めねば。


 しかし刀を持つのは初めてだけど、思っていたよりもかなり軽いな。毎日剣で素振りをしているとはいえ、未だ非力な俺でも普通に持てている。

 俺の驚きを察したのか、セバスチャンが補足説明を入れてくる。


「そちらの『刀』という剣ですが、材質はミスリルとなります」


 ミスリル!! ファンタジー金属キタコレ!!

 ヤベェ、モノホンのミスリルの刀とか、俺の中の永遠の中学二年生に刺さり過ぎる。

 グッサグサやぞ! ゾックゾクするやろ!


「これが刀ですか。名前は聞いたことがありますが、初めて見ました。……しかし、この刀とやらを使ったところで」


 まぁヘリオトロープの言いたいことはわかる。剣の才能がない俺が、別の剣を使ったとしても大差がないと言いたいのだろう。

 基本的にその指摘は正しい。剣だろうが刀だろうが、ヘッポコ剣士見習いの俺では一つの技を覚えるのにも一苦労だろう。


 だからこその刀だ。多彩な技を覚えられないのであれば、ただ一つだけを突き詰めるしかない。

 そのために選んだのが刀であり、その技こそが――――


 『居合』だ。

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